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旅立ちの朝に

 旅の始まりは、それまで過ごした場所との別れの時でもある。


 しかし哀愁とか湿った感情は全く湧いてこないなあ。


 んなもんとは無縁の日々だったし、仕方ねえけど。

 夜明け前の村の入口。

 旅支度のふたつの人影を見かけて、声を掛けてみた。


「そっちも行くのか?」


「リウト?なんでこんな時間に外から?」


「加護の力は人目につかない時間と場所を選んで鍛えることにしてる。リボック、お前さんも気を付けろよ?」


「ふん!最後の最後まで嫌味なヤツだな君は!馴れ馴れしく名を呼ぶな!」


「大声出すなよ。村の人達はまだ寝てるし、夜番の騎士さん達に見咎められんのも面白くはないだろ?」


「う、ぐ、ぎ」


 勇者様とクロエさん。

 この二人も今日発つことにしたらしい。


「クロエさん。コレのお守り大変だろうけど、頑張ってな。引き留めて悪かった」


「ううん。ちょっと寂しかったから、見送ってくれてありがとう。あと、次に会った時にはもっと馴れ馴れしくクロエって呼び捨てにしてくれると嬉しいかな」


「あー、うん。努力してみよう」


「ふふ。じゃあね、リウト。リボック様、参りましょう?」


「あ、ああ」


「ちょいとお待ち」


 複雑そうな顔の勇者様の手を引いてクロエさんが踏み出そうとしたその時、村の中から駆け出してきた人影。


「!?ドリーおばさん?」


 宿の女将ドリーさんが、少し弾ませた息を整えながら、なにか包みを放り投げた。反射的にそれを受け取っちまうクロエさん。


「弁当だ。今日の昼に食べな。あと」


 女将さんがもうひとつ包みを放る。じゃらりと金属の擦れる音のするそれが、弁当を抱えた腕の中に収まった。


「そいつは村のみんなからの餞別だ。路銀の足しにでもしな」


 口をぱくぱくさせながら腕の中の二つの包みと女将さんの顔を交互に見てるクロエさんが面白い。


「どうし、て」


「家のことを昨日隣のノコに頼んでったろ?仏頂面で昨日のうちに村のみんなに伝えて回ってたよアイツ。村長が音頭取って集めて、で、朝に強いあたしが渡しに来てやった。そんだけのことさ」


「あ、あ」


 ぼろぼろと涙が溢れ出す。


「この馬鹿娘が。でかいなりして小さな子供みたいな夢に取りつかれて。精々足掻くがいいさ」


 ぷいと背を向け立ち去ろうとする女将さんの足が数歩で止まる。


「みんなあんたを許したわけじゃない。だけど、夢追っかけんのにちょこっと疲れちまったとか、その男に愛想が尽きたとか、そん時はいつでも帰っておいで、馬鹿娘」


 背を向けたままそう言って、今度こそ村の中へ帰っていった。


「…」


 クロエさんはその背中に、村に、深々と頭を下げ続けている。


「ほんと、いい村だ、ここは」


「ふん!しみったれた無粋な村だ」


 やれやれ、だ。風情がないねえ、お前さんは。


 涙を拭いながら顔を上げたクロエさんは、笑顔で勇者様の手を取り直す。


「今度こそ行くわ。じゃあ、また」


「ああ」


「おい貴様、次に会うときはこの間のようにはいかないからな!僕だって…」


「はーいはい頑張りましょうね。さっさと行きますよリボック様」


「ぬあ!?ちょ、待ってくれないかクロエ、まだ」


 なにか言ってる勇者様をずりずり引きずりつつ、手を振るクロエさんに俺も手を振り返した。


 二人が背を向けたのを見計らって、側の樹の陰からふらりと相棒が出てくる。


「ううううう。本当に終わったんだなあ、俺とクロエ」


 泣いてやがるよコイツ。


「よかったのか?隠れてて」


「割りきって見送ってやれる自信が無かったんだよ」


「そか。ま、お前がそれでいいなら」


 こっちもやれやれ、だな。


 相棒がこの件から立ち直るのは、まだまだ先の話になりそうだ。


 ややあって。


 日も昇り、馬の嘶きがそこかしこで聞こえる村の入口。


 整然と並ぶソアル王女御一行の旅団の中に、俺と相棒に三人娘も控えてる。


 最後に礼をとのことで、王女と村長が少し話をしてるようだ。


「リウトにもの申す」


「なにかな?コルテ君」


「これはなに?」


 あからさまに不満顔のコルテが、俺が手ずから着せてやった特製のチョッキをぽむぽむと叩いている。


「なにって、たっぷり砂入りのチョッキだが?」


「なぜ?」


「鍛練のために決まってんだろ?」


「ううううう。重いですう、暑いですう」


 すでに泣きが入ってるエメリカさんからも抗議の声が。


「なにを言ってるんだコルテもエメリカも。よく考えられた適度な負荷、動きを阻害せず、いざという時に容易く着脱可能な造り。素晴らしいものではないか!うむ、これはいい!実にいい!」


 喜んでくれてなによりだマテスさん。ちょっと喜びすぎな気がしないでもないが。


「…体力馬鹿」


「なんだとう!?」


「私とコルテはマテスほどがさ、が、頑丈じゃないんですよお」


「今、先になんと言おうとしたエメリカ!」


「…」


 喧嘩すんなよ騒がしい。


「いいかな諸君。ここ数日のあれやこれやは単なる下拵え。あまりに問題が多すぎて、それを解消してただけなんだ。わかるか?」


「「「…」」」


「これでようやく鍛練が始められる。これはその第一歩。マテスさんの言う通り適度な負荷をかけて歩き、足腰を鍛え、体力をつける。ちなみにエメリカさんとコルテの砂チョッキは騎士さん達が身につけてる鎧の半分くらいの重さだ。それが辛いとか言ってるようじゃお話にならないからそのつもりで」


「ふぐう」


「むむ」


 理解してくれたようでなにより。


「あの、リウト殿?」


「ん?」


「私の砂チョッキは…」


「ああ。マテスさんはよく鍛えてあるからさ、騎士さん達の鎧より少し重くしてある。あの鎧、諦めてないだろ?」


「ふふ。お見通しですか」


「まあね。ただ、鎧に関しては俺に考えてることがある。だから今は焦らないこと。地道に力をつけていこう」


「は。お心遣い感謝いたします」


 久しぶりに俺もやろう。基礎は大事だからな。


「え?リウトさんもやるんですか?」


「うん。いや懐かしいなこの重み」


「砂チョッキか。おれもやろうかな」


「そう言うかもと思って用意しといた」


「さすがリウト」


 相棒にも砂チョッキを渡す。


「聞くのが怖いけど、気になるから聞く」


 おう。どうしたコルテ。


「二人のチョッキの重さは?」


「これ?騎士さん達の鎧の三倍くらいかな」


「「「…」」」


「おいおいリウト、まずいだろそれ。軽すぎる。フマ師匠に怒られるぞ」


「「「「「!?」」」」」


「久しぶりなんだ、これは慣らしだよ。心配すんなアディ。とりあえず五倍までは用意してある」


「なんだそういうことか。ならいい」


「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」


 ん?あれ?


 三人も周りの騎士さん達も、なんでそんな呆けた顔してんの?


「あ、わかってると思うけど、慣れてきたら少しずつ重くしてくからなー」


「うむむむ。その高みまで私も必ずや」


「不安です。ものすご~く不安ですう」


「殺されるかも」


 はは。三者三様の反応だな。


「強くなりたいんだろ?まず、俺達が出来るのは、俺達が師匠から教えてもらった鍛え方をそのまま伝えることからだ」


「まあ、そういうことになるね。やるもやらないも、みんな次第だよ?」


 朗らかに笑いながらそう言う俺達を、マテスさんはきらきらした目で、エメリカさんは泣きそうな目で、コルテは虚ろな目で、それぞれ見てる。


「よおおおーし!小隊ごとに点呼報告!」


 お。いよいよか。


 辺りに響き渡るスミスさんの大音声。


 それを機に相棒が振り返り、生まれ育った村をじっと見詰めている。


「名残惜しいか?」


「いや、また帰ってくるさ」


「そか。しかしさすがお前を送り出した村。地も人も最高だ」


「はは、なんだそれ。でも、そうだな。この村は俺の誇りだ」


「なんだか知らねえが今回の滞在中は騒がしかったからなあ。今度遊びに来る時はもっとのんびりしたいもんだ」


「全く同感」


 二人で顔を見合わせ苦笑い。


「さ、俺達も配置につこう」


「ああ」


 俺と相棒は予定通り王女の馬車の脇に愛馬を牽いていく。三人娘は交渉の結果俺達の従卒扱いということで、マテスさんとコルテが俺の後ろ、エメリカさんは相棒の後ろだ。


「隊列整えーい!騎士隊騎乗せよ!」


 はてさて、これからどうなるのかねえ?


「出っぱあああああつ!」


 さあ、新たな旅の始まりだ。

 人の物を奪って己の糧にするってか。


 当然、んなことしてる奴にゃ背負わなきゃいけねえ業ってのがあるわけで。


 次回「盗賊団対自由騎士①」


 なら、覚悟は出来てるよな?


※2016年5月18日公開予定

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