いきなり修羅場
物語の始まりってなあ、いつも唐突なものだったりするが…。
はてさて、こいつはどうしたもんかねえ?
濡れた唇と唇が離れて、糸を引く唾液が、月明かりに照らされて艶めかしく光る。
えー。
村はずれの小さな丘の上。たった今目の前で、美男美女ががっちりしっかり抱き合いつつ、それはそれはもうあっつ~い口づけを交わしていらしたわけですけども。
で。
ちと問題なのは、だ。
その美男美女の片割れ、美女の方なんだけど、さ。
俺の真横で愕然とした表情で固まってる相棒を見るに、どうもその美女こそが、相棒から常々脳みそ腐りそうなほど話を聞かされていた“将来を固く誓いあった最愛の恋人”らしいんだなあ。
俺と相棒は、丘を越えた先にある相棒と美女の家を目指していた。その途上での、まさかの出来事。
あれか?ひょっとして今これ、男女の修羅場的なそれなわけ?うわあ。
「クロ、エ?」
お。
相棒の声で、二人がようやくこちらに気が付いたようだ。
「…ア、ディ?」
「ふん?なんだ君達は。他人の会瀬を邪魔するとは、随分と無粋な輩だな」
あー、女の人、目茶苦茶ばつの悪そうな顔してんな。
男の方は、不機嫌さを隠しもしないで実に不遜な態度。
「どう、して、クロエ?」
「…」
「ん?クロエ、ひょっとして、お知り合い?」
「…ええ。以前にも、お話し致しましたでしょう?幼馴染みの…。隣の方は、どなたなのか存じ上げませんが」
「んん?ああ!あれか!こんなに素敵な君を、五年間もほったらかしにしてた酷い男!へえ?そうか、君が」
待て待て待て、人聞きの悪いこと言ってんじゃねーよ。
俺と相棒のアディが、ついこの間まで在籍していた大陸最大の教育機関《至雄院》は、一度入ったら、履修した課程をきっちりがっつり終わらせるか、すっきりさっぱり諦めて除籍するか、どちらかでないと在地の《モド王国》王都クトルの外へは出られない規則になってんだよ。
「《至雄院》に行ってたんだって?大変だよねえ、才能の無い人達ってのは」
クロエさんの肩に手え回して抱き寄せてにやにやにやにや。挑発か?喧嘩売ってんのか?お前。
「何年もの間、あんなちんけな所でせせこましく学ばなきゃ、たかだか騎士風情にもなれないってんだから、ねえ?」
「…!」
あ、やべ。相棒のヤツ、剣の柄に手え掛けてやがる。
大方、自分のことより《至雄院》を馬鹿にされたのが許せねえんだろうけどな。ど阿呆が、お前の剣はそんなに軽いもんじゃねえはずだろがよ。
「は!やろうってのかい?この僕と!《至雄院》上がりのぼんくら騎士ごときが《女神に選ばれし勇者》のこの僕と!」
ほお?
なるほど。アイツの装備品なんかから微かに漏れだしてる神気は、そういうことだったのか。
ご同類と会うのは初めてじゃあないが、こんな演出はいらないぞ、デバガメガミ共め。
「アディ、止せ」
相棒の剣の柄頭を抑え…っておいこら勇者様!コイツ普通に抜き放ちやがったよ!
「なん、だと?」
ふいー。
間一髪、勇者様の剣を止めるのに成功。
んで、とりあえず。
「アディ、深呼吸だ。ゆっくり、深呼吸」
「おい貴様!僕の剣を離せ!」
まずは相棒だ。
「お前がこの日をどんなに楽しみにしてたか。それは、よくわかってる。どうにもとんだケチがついちまったみたいだな、俺も残念だよ。だがな、難しいだろうが、先ずは落ち着け。フマ師匠の教えを思い出せ。こんな時は、とにかく深呼吸だ」
やるせなさ、哀しみ、悔しさ、憤り。そんなもので濁っていた相棒の目に、少しずつ光が戻ってきた。
半眼になって姿勢を正し、深く長く吸って、深く長く吐き出す。それを繰り返す。何度も、何度も。
「おい!離せ!離せよ!聞こえないのか!」
…よし。
最後にとびきり深~く長~く息を吐き出して、ようやく顔を上げた相棒は、どうやら平静さを取り戻してくれたようだ。ま、さすがに悲壮感までは拭えてやしないけどな。
「…すまないな、リウト」
「いいさ。俺も同じ立場だったら…あー、うん、お前よりぶち切れてるかもしれん」
「くそ!離せえ!」
あー、もう。勇者様は喧しいなあ。
「貴っ様あ!」
あ。
おいおいおい。なんかすげえ量の魔力を練り上げ始めたぞコイツ。馬鹿なのか?その量だと、すぐ側の恋しい人まで巻き込んじまうよ?
「ったく」
振り返りざまに、軽~く魔力を籠めた指弾を二発。
鳩尾への一撃で肉体の動きを止め、魔力転換の要である臍の下への一撃で、発動直前だった《雷球》の魔力を霧散させる。
「か、は!?」
「ほいっと」
今、勇者様の体内では、急に行き場を失った魔素が暴れまわってるはずだ。で、ずっと掴んでいた勇者様の剣の鍔元を半回転、柄も利用して手首を捻り上げ、お望み通り放してやった。
「ぎい!?」
立て続けの激痛に剣をぽとり。勇者様はびくんびくん痙攣し、悶絶しながら崩れ落ちて、さらにごろごろとのたうち回ってる。
はっはー。うん、ちょっとすっきりしたぞ。
「リボック様!?」
勇者様に駆け寄るクロエさん。おたおたしてますな。ま、いろいろ頑張ってくれ。
「さて、アディ。かなり夜も更けちまったことだし、後々ケリつけるにしてもさ、ちょいと時間置こうや」
「時間を、か。ああ、そう、だな」
「さっきの道すがら教えてくれた宿屋、酒場もやってんだろ?今晩は俺が奢る」
「お前が奢る?こりゃ、明日の天気が心配だ」
「ぬかしてろ。明日も快晴だってーの」
ほろ苦さのある笑顔で軽口たたいた相棒は、夜空を仰ぎ見て、そのまま少し固まった。何かを必死に堪えるかのように。
「…」
「…」
「…行こう、リウト」
「おう」
俺達は来た道を戻ろうと踵を返す。
「待、て」
…はあ。大人しく寝てりゃいいものを。
「貴、様、こんな、ことをして、ただで、すむ、と…僕は、女神様の」
クロエさんに抱き起こされ、憎々しげにこちらを睨む勇者様に一瞥をくれてやる。
「の、割には、隙だらけだし、力の制御も随分と甘くないか?お前さんに加護を与えてる女神、今頃嘆いてんじゃないのか」
「な、に?」
「《神託の渡り人》」
「!?」
「なんだろうな、デバガメガミ共が仕込みでもしてんのか?妙な縁で、これまでにも二人、会うことがあったぞ」
「まさ、か」
「ああ、ちなみに。さっきお前さんにしてやったアレな。あの程度なら、女神の加護の力をわざわざ使うまでもねえぞ?散々《至雄院》出の俺達を虚仮にしてくれたが、あそこで闘い方を学び修めた連中なら誰でも出来る。当然、アディもだ」
「…」
「お前さんが何を目的にしてようが大して興味もないが、ま、そのまんまだとマズいんじゃないのか。や、わかんねえけど、さ」
「…っ」
「んじゃ、またな」
少し先に行ってしまった相棒の後を追い、さっさと立ち去ることにする。
数瞬後、勇者様の絶叫が辺りに響き渡った。
可愛い女の子!しかも三人も!
いいよねえ、うん。
ただし、他の男のお手付きでなけりゃ、な?
次回「勇者様のお連れさん達」
※2016年5月2日公開予定