colors--赤
雨だというのに、赤いレザージャケットを着た男が狭い路地を、こちらに向かって歩いてくる。あれでは、下の白いシャツが血染めのように真っ赤になってしまうのに、男は気にする様子もない。何を着ているのかわかっていないのではないかと疑いたくなるほど、男は無関心に見えた。男は首筋から鎖骨のあたりまで肌が真っ青で全く血の気がなかった。横を通り過ぎていったジャケットの間から覗くシャツは、案の定、血が水で溶いた水彩絵の具のようにうっすらと滲んでいて、肌の色とひどく不釣り合いだった。
「しばらく止みそうにないな」
背面に向かって誰かが語り掛けていた。振り向いた時には誰もいなかった。男はすぐそこの角を曲がってしまったのだろうか。それとも私が長い間呆然と立ち尽くしていたのだろうか。彼の声は空耳だったのだろうか。そもそも彼はいなかったのだろうか。
ふらふらと路地裏を歩いているうちに、どの角を曲がったのか、どの方角から来たのかもわからなくなっていた。携帯端末も、防水仕様の時計も壊れていて役に立たず、時刻と方角とを知らせる太陽もでていない。
遠くで煙が上がっていた。何かが燃えている。それも一か所ではない。突然、音もなく目の前の建物の硝子の壁が割れ、体に、地面に降り積もった。私は硝子になってしまうのだろうか。硝子が私になってしまうのだろか。そして、アスファルトの地面に山を築いた欠片は、熱で溶けて不自然なほど滑らかな曲線を描き出していくのだろうか。
考え終わらないうちに、古びたスクーターバイクが数台通り抜けていった。彼らはデモに紛れて略奪を働いて手にした戦利品――パーカー、パソコン、スニーカー、腕時計、砂時計、砂鉄――を手に勝ち誇ったような顔を見せた。何なら私も略奪していきそうだった。
「お前は何も盗んでないのか」
バイクの一群は鉄の匂いのする霧を辺りに残して、湿った坂を、音を立て、飛沫を上げて上っていった。
「いや、盗んだよ。気付いていないだけで。あんたたちが気付かないなら、他は誰も気づかないだろうね」
スクーターの輝くマフラーを見ながら、つぶやいた。
濃霧でついには進めなくなった。先ほどまで坂を上っていたはずなのに、いつの間にか大きな窪地の真ん中にいた。雨が窪地を満たしていった。あっという間に膝下まで押し寄せた液体は赤かった。
部屋中が赤い液体に満たされるまでそう長くはかからなかった。彼女の不注意が原因で、その液体は配水管を逆流し、そこそこ高い皿を飲み込んでいった。皿を救出しようと突き出した手も、手を覆っていたそこそこ高いシャツも赤くなった。別に赤く染まったわけじゃない。元々赤かったんだ。ただ白だとか青だとか吠えていただけで。
このように赤くなった物体群をセキグンという。




