闇属性の持ち主
「アリシアお嬢様は特別なお方ですわ!」
「闇属性とはなんと珍しい!」
「稀少な闇属性をお持ちとは素晴らしい!」
光属性と闇属性はそれを持ち合わせていること自体が珍しいせいか、わたしが闇属性の持ち主だとわかると、みんながわたしを褒め称えてくれる。
これがわたし、サイファー伯爵令嬢アリシア・ルキ・フグス・フォカレ、10歳にかけられる言葉。
可愛いとは聞いたことがない。
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「とても凄いですわ、アリシア様! あなた様の年齢でここまで魔法を使いこなせる者は滅多におりません!」
魔法を教えてくれる先生(マルチーズによく似ていて可愛らしい)が褒めてくれたので、わたしは最近に気になっていることを訊くことにした。
「ドロシー先生。自分の持つ属性の魔法は効果も高いんですよね?」
自分の持つ属性以外の魔法も使える。では、自分の属性が何に影響するかというと、魔法の効果に限定されているのだ。
ただ、光属性や闇属性だけは違う属性の人間が使うとまったくと言ってもいいほど役に立たない。だから、他の属性で似た効果の出る魔法を使用したほうが効率が良いと、ドロシー先生に教えてもらった。
「ええ。そうです」
「ドロシー先生。わたしは闇属性なので闇魔法を教えて下さいませんか?」
「・・・!」
ドロシー先生の足が椅子に引っ掛かってガッと音がする。椅子はフカフカの絨毯の上に倒れたので音はない。
「あ、あの、アリシア様・・・」
キッチリと纏められたドロシー先生の金色の髪が何本か顔にかかっている。その顔に何故か汗が浮かんでいた。
「ドロシー先生?」
「あ、アリシア様。まだ習ったことのない属性の魔法に興味を持たれるのは素晴らしいことですが、闇魔法は・・・」
「闇魔法は?」
「闇魔法は使えないんです」
聞き間違いかしら?
「使えない?」
使えないはずはない。
他の属性の魔法が使えるのだから。
「はい。呪いをかけたり、人を操ったりする危険な魔法ばかりなので、使用も教授も禁止されております」
「え???」
「それに光属性の魔法でしか魔物は倒せないように魔物は闇属性なのです。それでも強いて使う者は邪悪な魔法使いしかおりません」
「・・・!」
わたしは驚きのあまり声を失った。
この世界には魔物があふれていて光属性以外では魔物を容易く倒せない。だから、多くの者が効果が低くても光魔法を求める。
邪悪な魔法使いは文字通り、人に害を成す魔法使いだが、それが魔物の一種と見られているとは思ってもみなかった。
わたし以外の数少ない闇属性の持ち主はみんな、邪悪な魔法使いなのかしら?
そうなら、闇属性少ないと言われている理由もわかる。
自分の属性以外の魔法も使えるのだから闇属性であることを隠している人だって多いだろう。
わたしは特別なんかじゃなかった。
口の中が苦くなり、視線が足元に落ちる。自分のピンク色の可愛らしい室内履きの布靴が目に入る。
室内履きの靴は使用人が履いている靴とは違う、光沢のある素材で作られている。
使用人とわたしが違うように、わたしを褒めてくれた人々とわたしの身分も違う。わたしを褒めてくれたのは伯爵未満の人々。伯爵令嬢であるわたしへのお世辞にすぎない。
わたしは褒められて図に乗っていただけだった。
闇属性の持ち主が本当に少ないのかどうかも調べず、物事を鵜呑みにしているわたしは愚か者だ。
視界がぼやけてくる。
目が熱い。
ドロシー先生がわたしを褒めてくれるのも伯爵令嬢だからだろう。もしかしたら雇っているから。ドロシー先生の妹だったら褒めてもらえるどころか叱られるようなレベルかもしれない。
比べる相手がいないからって思い上がりすぎていた。
「申し訳ございません。アリシア様にはショックの大きなことでございましたね。闇属性だからといって邪悪な魔法使いになるとは限りません。闇魔法を教えることは禁じられておりますから、邪悪な魔法使いに弟子入りしないかぎりは邪悪な魔法使いなることもできないということです」
「・・・」
慌ててドロシー先生はわたしに慰めの言葉をかけるとポケットからハンカチを取り出す。
「失礼します、アリシア様」
わたしに一言断ってドロシー先生はハンカチでわたしの顔を拭う。目のあたりを軽く叩くように押さえている。
どうやら、わたしは泣いていたらしい。
「・・・」
魔物と同じ闇属性を持つわたしは魔物なの?
その疑問は口から出なかった。出なかったけど、私の中に居座った。