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Black Box Crossing 空中庭園編  作者: 雪見 コロン
8/11

春の影 1

ご覧いただき、ありがとうございます。

本職のかたわら、ぼちぼち書きためていた作品です。これから少しずつ、書き足していきます。

 また、個人サイトFeel the Blue (http://feeltheblue.com/)には、作品の設定などを載せています。ご興味がございましたら、ご覧ください。

少しでも多くの皆様に楽しんでいただけると幸いです。

※少しずつ直しながら書き進めているので、言葉遣いや固有名詞が変わることがあります。

アクルクスの朝はあわただしく過ぎる。

 朝食が終わると学生たちは足早に食堂を出て、授業の支度を始めた。本を持って教室に行く者、あわてて課題を寄宿舎まで取りに走る者。廊下は学舎に散らばる学生で、再びにぎやかになった。

 その歓声やざわめきが、食堂から中庭を隔てた場所にあるユウマの部屋にも聞こえてきた。ユウマは机の前のいすに座り、窓から降り注ぐ春の光を頬に感じながら、物思いにふけっていた。

 部屋には寄宿生活に必要な物が入った鞄が、いくつも床に置かれていた。机には本と筆記用具がきれいに並べて置かれ、小さなクローゼットには替えのシャツが数枚かかっていた。古いベッドは新しい持ち主のためにきれいに磨き上げられ、清潔な寝具が整えられている。

 ユウマは机の上に置いてあった、紙の束を手に取った。そこには学校生活の一日の予定、授業の内容、そして規則が細かく書かれていた。

 ユウマはその表紙をめくり、文字をたどっていったが、心は朝の食堂で会った少女を追っていた。

 紙をめくるとクランの説明が書いてあるページが現れた。


 “学生は全員、所定のクランに所属すること。所属後は、学業や寄宿生活で、常に所属するクランの学生同士、助け合うこと”


(クランの学生同士で助け合う…)

 ユウマは朝の食堂に思いをめぐらせた。

 今朝、案内の男の教師の連れられて食堂に行くと、入り口の片隅にいた少女が目に入った。

 礼拝堂から食堂に行く道すがら、男の教師はユウマに「学生はクランの仲間同士でいつも行動するんだ」と言った。

 アクルクス神学校は平民を受け入れて間もなく、食堂の平民の席には空きが目立っていた。平民の学生は暖炉の火が届かない場所で、寒さを紛らわすように三、四人でかたまり、遠慮がちに話しをしながら朝食をとっていた。奥の席には、貴族の学生が席をつめて座り、笑い声を上げたり、近くにいる学生をからかったりしている。

 その食堂で、少女は一人で座っていた。周りは不自然に席が空いている。

 その様子が気にかかったユウマは、男の教師に食事が終わった後たずねることを約束すると、朝食を盆に取り、少女の元に向かったのだった。

 少女はハイデと名乗ったが、それ以上自分のことを話さそうせず、頑なに打ち解けなかった。

 エルウィンが持ってきた蜂蜜も食べず、ユウマが“小夜鳴き鳥”に入りたいと申し出るとこれを断り、代わりに格式の高いクランに入るようにと言った。そして、顔をゆがませて立ち去ってしまったのである。

 ユウマはハイデの後を追ったが、廊下で見た背中は丸く、だれもよせつけまいとしていた。

 机に置いてある時計の秒針が刻々と時を刻んでいた。

 ユウマは机に肘をつくと、ぼんやりと窓の外で春の日差しが木々に降り注いでいる様子を眺めた。

 そうして、ユウマの頭からハイデの後ろ姿が離れずにいると、冷たい寂しさがすうっと胸に広がるのを感じた。

(どうして一人だったんだろう…?)

 世界が少しずつユウマから離れていった。

 窓の外に見える風景が色褪せていく。

 学舎から聞こえる声が遠くなっていき、音が消えた。

 胸に広がった冷たさが全身に染み渡り、頬を温めていた春の日差しの気配がなくなった。

 孤独の闇がハイデの後ろ姿を覆い、それを思うユウマも覆っていった。

 二人で底のない暗闇にひっそり、沈み込んでいくようだった。

 その時、ふいに懐かしい思い出が心に浮かんだ。

(これは…あの思い出…)

 暗闇の中で、だれかが灯火をかざしていた。

 顔は見えないが、確かに自分に向かって微笑みかけている。

(あの人だ…)

 とても懐かしい、温かな微笑みだった。

 その人が手を開いくと、灯火は手の中に移り静かに光りきらめいた。

 手がゆっくりと差し出され、ユウマの冷えた心に優しく温めた。

 ユウマは目を閉じて、その温もりに身をゆだねていると、その人がユウマの耳元で何かをささやいた。

 ユウマは肘に預けていた体をはっと起こした。その途端、心の中にいた、その人の影がすっと消えた。

 気がつくと、自分とハイデを覆っていた闇が振り払われていた。

 春の温かい日差しを頬を再び温め始め、耳には学舎のざわめきが戻って来ていた。

 目を開けると、窓の外に光に透き通る若葉の色が鮮やかに見えた。

 ユウマは、しばらく机に置いてある紙の束を見つめていたが、弾かれたように立ち上がると、毛織りのマントを持って部屋を出て行った。

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