小鳥たちの食卓 6
ご覧いただき、ありがとうございます。
本職のかたわら、ぼちぼち書きためていた作品です。これから少しずつ、書き足していきます。
また、個人サイトFeel the Blue (http://feeltheblue.com/)には、作品の設定などを載せています。ご興味がございましたら、ご覧ください。
少しでも多くの皆様に楽しんでいただけると幸いです。
※少しずつ直しながら書き進めているので、言葉遣いや固有名詞が変わることがあります。
「私のクランはユウマ様に相応しくありません。ユウマ様はこの学校に入る前から、銃騎士になることを約束された…、そう、“約束された者”の中でも特別な人なんです。だから…そういう人にふさわしい、…格式の高いクランに入るべきなんです」
ハイデは今にも泣き出しそうな顔をしていた。二人は何も言わずハイデを見つめていた。
「ねえ、ハイデ。僕は確かに“約束された者”だけど、平民であることに変わりないよ」
ユウマは優しくハイデを見つめて続けた。
「“小夜鳴き鳥”って名前、本当に気に入ったよ。僕は君のクランに入ってみたいんだ。ね?」
そう言うと、ユウマは右手をハイデの左手にそっと重ねた。
ハイデの手にしっとりと熱を帯びた感触が伝わった。その瞬間、ハイデはびくっとして、反射的にユウマの手を払いのけた。その手が蜂蜜の入った小鉢当たり、小鉢がカタンと音を立ててひっくり返った。とろりとした光った黄色い蜂蜜が、食卓に広がった。
胸に鈍い不安を感じた。それと同時に、頬が紅潮し耳まで赤くなった。ハイデは二人の顔を見ることができず、座ったまますくんでしまった。
エルウィンが気を取りして、食卓を拭いて回っていた給仕の女を呼んだ。
「こっちの食卓も拭いてよ」
しかし、給仕の女はエルウィンを振り返ると訝しげな顔をして、動かなかった。白いふきんを手にして、
明らかに貴族とわかる少年と、タイもしていない平民の少年を戸惑って見比べていた。
「ねえ、拭いてって言ってるだろ?」
エルウィンがいらだたしげに言うと、ようやく給仕の女がやってきて、二人を見ながらのろのろと食卓にこぼれた蜂蜜を片づけ始めた。すると、ハイデは朝食を半分残したまま席を立ち、何も言わず食堂から出て行ってしまった。
「ハイデ!」
ユウマも席を立ち、ハイデを追った。食堂の入り口まで行くと、廊下の向こうにハイデの後ろ姿が見えた。しかし、その悲しげな姿を見て、ユウマはこれ以上、後を追ってはならないような気がした。
ユウマは肩を落としてエルウィンが残っている食卓に戻った。給仕の女が壷の水を食卓にたらし、木に染み込んだ蜂蜜を拭き取っている。ユウマは言葉もなくいすに座り込み、ぼんやりとその様子を眺めていた。
エルウィンも思いがけないことのなりゆきに言葉もなく、消沈したユウマの横顔を見た。伏せられた瞳に長いまつ毛がかかり、水光石のやわらかな光がはかなげな線を浮かび上がらせていた。その横顔にエルウィンはきゅうっと胸が締めつけられるのを感じた。
「エルウィン様、僕、先に行きます」
エルウィンが言葉をつむげないでいると、ユウマも朝食を半ばにして席を立った。マントを手にして去るユウマを、エルウィンは黙って見送ることしかできなかった。
(よりによって、ハイデに声をかけるとはな…)
食堂を行き交う学生の間から、三人の様子を眺めていたディランが、心の中で独り言ちた。
「あの坊や、失敗したようですね」
リオスが言った。
「後でカイネン様が荒れ狂いますよ」
そう言うと、リオスは“白い羽根”の食卓の方を見た。カイネンが一人食卓に残されたエルウィンを見ながら、ミュスラウトに耳打ちをしている。カイネンがエルウィンを怒鳴り散らす姿が目に浮かんだ。
小さく首を振って、リオスが視線を自分の皿に戻そうとしたとき、サランが食堂の入り口をじっと見ているのに気がついた。
「サラン、どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません」
リオスの声にはっと気がついて、サランは食卓に向き直った。リオスは探るようにサランを見つめたが、すぐに食事に戻った。
「朝の講義からカイネンの大きな声なんて聞きたくないわ」
眉をひそめて、ロスヴェータが忌々しそうに言うと、シルヴァンが口元軽く言った。
「それは大丈夫。振られた後も、カイネン様はロスヴェータ様にベタぼれ。二度とロスヴェータ様に見苦しいところ見せまいと必死ですよ」
「うるさいぞ、シルヴァン!」
セシルがシルヴァンをにらみつけ足を踏んだ。
痛みに顔をしかめるシルヴァンをよそに、キュリアがリオスにたずねた。
「リオス様、あのユウマという少年は本当に“墜天の果実”の首級を上げられると思いますか?」
キュリアからの珍しい質問に、リオスはすぐに言葉が出なかった。
「それは…」
「そうでなくちゃ困りますよ」
セシルの仕打ちにめげず、シルヴァンが再び口をすべらせた。
「そのための“教皇の切り札”なんですから。“墜天の果実”を落とせない“切り札”に、なんの意味があるんですか?」
シルヴァンは邪魔が入れさせまいと、話し続けた。
「これから教皇庁とアクルクスは全力を挙げてあいつを銃騎士に育て上げる。なんの身分もない平民をね。そこまでやってあいつが“墜天の果実”を落とせなければ、教皇庁の努力は無駄になる。天におわします我らの主と教皇聖下に、申し訳が立ちませんよ」
「それは我々、“約束された者”も同じだ」
シルヴァンが一通り言い終わると、ディランが静かに口を開いた。
「銃騎士の最終目標は“墜天の果実”を落とし、墜天使が地の底から現れるのを止めること。天の御使いが我々にお与えになった、何よりも大切な使命だ」
“蒼天”の一同の注目がディランに集まった。
「墜天使が現れて二百年。未だに奴らは村や町を襲い、疫病を広め、罪のない人々を苦しめている。この長い戦いに終止符を打つためには、“墜天の果実”を落とし、その首級を上げることが絶対不可欠だ。我々“蒼天”の者はここに入学し、そして天の御使いから銃騎士になることを“約束された”。天の御使いが我々に“墜天の果実”を落とすよう命じられたのだ」
ディランは“白い羽根”をちらりと見て、続けた。
「我々の目的は教皇庁の政ではない。立派な銃騎士になり、一日でも早く人々を地の底から来る災厄から解放することが使命だ。主の平和をもたらすために我々がいることを忘れるな」
「はい」
“蒼天”の一同が口々に答えた。ディランは満足げな顔でうなずいた。
「それでは諸君、朝食はここまでだ。皆、一時限目の講義の支度をしろ。今日はピトレー大司教猊下が講義をご覧にいらっしゃる。“蒼天”の品格を落とさないよう、入念に準備しろ」
ディランが言うと、“蒼天”の学生は一斉に席を立ち、講義の支度をするために部屋に戻った。