小鳥たちの食卓 5
ご覧いただき、ありがとうございます。
本職のかたわら、ぼちぼち書きためていた作品です。これから少しずつ、書き足していきます。
また、個人サイトFeel the Blue (http://feeltheblue.com/)には、作品の設定などを載せています。ご興味がございましたら、ご覧ください。
少しでも多くの皆様に楽しんでいただけると幸いです。
※少しずつ直しながら書き進めているので、言葉遣いや固有名詞が変わることがあります。
二人の間にひんやりとした空気が落ちた瞬間、それを払うように、明るい少年の声が響いた。
「おはようございます、ユウマ様」
ユウマが振り返ると、小柄な少年が立っていた。金髪の巻き毛が水光石の明かりをきらきらと反射させている。こぼれ落ちそうなほど大きな瞳は、ユウマと同じ青色であった。ハイデも顔を上げたが、少年の襟元の絹で織られたスカーフを見ると、さらに表情を険しくさせた。少年のスカーフはひまわりに似た明るい黄色で、上品な金糸の刺繍が施されている。その刺繍が少年の髪と同じく、水光石の光に艶やかに輝いていた。
「ユウマ様、隣の席いいですか?」
「ええ、どうぞ」
ユウマがにっこり笑って席を勧めると、少年は食事が乗った盆をユウマの隣に置き、いすに腰かけた。
「はじめまして、ユウマ様。僕はシュプレンテン公国から来た、エルウィン・ラグラジェです。どうぞ、よろしく」
少年はユウマに手を差し出した。
「はじめまして、エルウィン様。僕はマインセム王国のユウマ・キリルです」
「エルウィン様なんて…」
照れながらユウマの手を握り返すと、やわらかな花の香りがエルウィンの鼻をかすめた。
(あれ?この香り…)
エルウィンは握った手を止めて、朝のミサで感じた香りを思い出した。
「どうしました?」
「あ、いえ。なんでも」
エルウィンは手を離すと、ユウマと同じようにパンを小さく千切り、盆の上に持ってきた蜂蜜の小鉢に浸した。
「ユウマ様、ここの食事は口に合いますか?」
「はい、とてもおいしいです。エルウィン様はここの食事はお好きでか?」
「はい。最初は慣れなかったけど…今は毎日おいしく食べています。ここの食事は質素だけど、季節によって、スープの中身が変わるんです。今はこのハンプという葉物野菜が旬なんですよ」
エルウィンはスープをかき混ぜて、緑の野菜のすくい上げ見せた。
「そうですか。確かにおいしいですね、この野菜は」
ユウマがうれしそうに答えると、エルウィンは蜂蜜が入った小鉢を差し出した。
「ユウマ様、こちらもどうぞ」
「蜂蜜ですか?」
「はい。おととい、母上が送ってくれたんです。僕の実家の領地にある森で取れた蜂蜜なんです。こくがあっておいしいんですよ」
「へえ」
ユウマは差し出された小鉢にパンを浸し口に含んだ。エルウィンも蜂蜜に浸した自分のパンを口に入れた。
「うん、おいしいです。こんなにおいしい蜂蜜なんて初めてです。ハイデ、君もどう?」
ユウマはエルウィンから小鉢を受け取ると、ハイデに差し出した。
「私は…結構です」
ハイデは険しい表情のまま、手元のスープの皿に目を落とした。
「そう…」
ユウマは少しがっかりした顔で、小鉢をハイデの盆の前に置いた。
「僕、マインセム王国に行ったことがあります。スメッラの山の中の王城が美しくて感動しました。エルサンシスの花がちょうど満開で、まるで天国のような場所だと思いました」
「そうですね。王城の周りに咲く高山植物はどれも可憐で美しいです。僕は平民身分なので、王城は遠目からしか見たことがありませんが…、とても素晴らしい王城だと思います」
ユウマはにこっとエルウィンに笑った。エルウィンも笑顔を返した。
「ところで、ユウマ様は所属するクランをお決めになりましたか?」
「ちょうど、その話をハイデとしていたところなんです」
もう一度、ユウマがハイデを見ると、エルウィンはようやく、この食卓にいるもう一人の少女に気がついた。ハイデは黒い髪を短く切り、肌が白く清楚な印象があった。
「あ…。あいさつが遅れてごめん。はじめまして、僕はシュプレンテン公国のエルウィン。よろしく」
「エルウィン様、はじめまして。ハイデ・アーミッシュです」
エルウィンはユウマにしたのと同じように、ハイデにも手を差し出した。ハイデはしばらく戸惑った末、その手を小さく握り返した。
二人が手を離すと、ユウマがエルウィンにたずねた。
「エルウィン様、クランに入るにはどうしたらいいんでしょうか?」
「クランの入籍ですか?」
エルウィンは食事の手を止めた。
「クランに入るにはマキアフェーベ司祭に申し出るんです。マキアフェーベ司祭がクランの管理を行っていて、司祭の許可がないと、クランに入ることができないんです。この下にある書物管理の部屋にトポル夫人がいるので、入籍書をもらって、書いて、トポル夫人に出せば大丈夫です。あとは、司祭のお許しを得たら、手続きは終わりますよ」
「そうなんですか。でも、どういうクランがあるんでしょうか…。エルウィン様は、どちらのクランに入っているのですか?」
「僕は“白い羽根”です。ほら、あそこに…」
そう言うと、エルウィンは暖炉の前の“白い羽根”の席を指した。
「僕の仲間がいます。真ん中に座っているのが席長のカイネン・ハンスラーグ様です。そして、隣が次席長のミュスラウト・シルベル様。カイネン様はティルモ王国の侯爵家のご出身で、今、ご実家は大聖堂の建設のお手伝いをされているんです。ミュスラウト様はあのルブレア帝国のご出身で、お父上は帝国の外交官でいらっしゃいます。お二人とも、とても素晴らしい方なんですよ」
ユウマはエルウィンが指さした方を見た。銀髪の青年は物静かな印象でいかにも聡明に見えたが、真ん中の席の青年は我の強い話し方と、大きな身振りが遠目にも分かり、エルウィンが言ったような人物とはとても思えなかった。
「そうですか。エルウィン様は、とても格式の高いクランに入っていらっしゃるんですね」
ユウマの言葉に、エルウィンは少し上気した。
「僕は公国の公爵家の出身なんです。シュプレンテンは小さい国ですけどね」
「それは、素晴らしい家柄ですね」
ユウマの言葉の感触が良いと思ったエルウィンは、表情を改めて言った。
「ユウマ様、実は我が“白い羽根”のカイネン様がユウマ様をクランにお誘いしたいと考えているんです。“白い羽根”はアクルクスでは最も格式高いクランで、カイネン様やミュスラウト様のような、各国の貴族の学生が名を連ねています。“白い羽根”に入ったら、きっとユウマ様も有意義な学生生活を送ることができると思いますよ」
ユウマは少し驚いて、エルウィンを見た。
「でも…“白い羽根”は貴族のクランでしょう?平民の僕は入れないと思いますが」
「それは…」
言いかけて、エルウィンはユウマの襟元に何もないことに気づいた。
エルウィンはブロニスラウから、マインセム王国の出身を示すグレーのタイを持っていることを聞いていた。グレーのタイにはマインセムを象徴するエルサンシスの花の刺繍が施されているはずだったが、ユウマの襟元はボタンがきちんと締められているだけで、白く空いていた。
「ユウマ様、タイはどうされたんですか?」
「え、タイ?」
ハイデも顔を上げた。
「ああ、あれは…必要ないと思って」
その答えに、静かに二人の話を切いていたハイデも顔を上げてユウマを見た。
「僕はただの平民だし、そんな身分をあえてみんなに知らしめる必要はないんじゃないかと思って」
エルウィンは次の言葉を失った。
アクルクスにおいて、襟元のスカーフやタイは出自を明らかにする、なくてはならないものだった。ハイデのような身分の低い学生ですら、襟元を布であしらい出自の誇りを示す。
入学前にヘリッセ侯爵夫人から、一通りアクルクスの作法を教わっていたはずだが、この少年はそうしたことをさして気にしていない風だった。
エルウィンは気を取り直し、クランの話に戻った。
「ユウマ様。ユウマ様は銃騎士になることを天に約束された、高貴な方です。“白い羽根”に入る資格をお持ちです。身分の違いはあるけど、僕らはユウマ様を歓迎します」
「それはありがたいのですが…、“約束された者”である前に、ただの平民であることに変わりありません。僕には“白い羽根”は身分の違いのクランのように思われます。僕は平民のクランで十分です」
すげなくユウマが言うと、二人のやり取り聞いていたハイデが口を開いた。
「ユウマ様、“約束された者”は格の高いクランに入るものなんです」
驚いて、ユウマとエルウィンがハイデを振り返った。
「エルウィン様の言うとおり、“約束された者”は守護天使に認められた特別な方です。そのような方に格の低い平民のクランはふさわしくありません。高貴な者は高貴なクランに入るべきなんです」
張りつめた顔で言葉を続けるハイデを、ユウマがひたと見つめた。つめた。