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Black Box Crossing 空中庭園編  作者: 雪見 コロン
11/11

春の影 4

ご覧いただき、ありがとうございます。

本職のかたわら、ぼちぼち書きためていた作品です。これから少しずつ、書き足していきます。

 また、個人サイトFeel the Blue (http://feeltheblue.com/)には、作品の設定などを載せています。ご興味がございましたら、ご覧ください。

少しでも多くの皆様に楽しんでいただけると幸いです。

※少しずつ直しながら書き進めているので、言葉遣いや固有名詞が変わることがあります。

 トポル夫人に紙を渡すと、ユウマは軽やかな足取りで大講堂に向かった。廊下はすっかり人気がなくなり、ユウマの足音だけが響いた。

 長い廊下を歩いて大講堂に向かう階段に行き着こうとしたそのとき、目の前にあった廊下の扉が勢いよく開き、一人の少年が出てきた。手にはいくつもの厚い本を抱えている。ユウマは少年の前で足を止めた。しかし、少年はユウマをちらりとも見ずに毛織りのマントをひるがえすと、大講堂に向かう階段に走って行った。

 少年が走り去って、彼が出てきた扉を見ると細く開いている。そっと扉に近づいてみると、細く開いた隙間から空気が流れてきて、その中にさわやかな緑と水の匂いを感じた。

 ユウマが扉の中をのぞくと、長い階段があるだけで、緑と水の匂いを思わせるものは何一つなかった。ユウマはさっき見た案内図を思い浮かべ、このあたりに階段があることが記されているのを思い出したが、その先がどこに続いているのかはわからなかった。

(確かに、緑と水の匂いがする…)

 不思議に思って扉の中に入ると、階段は思いのほか幅広く作られており、土埃もなくきれいに手入れがされていた。空気は廊下よりひんやりとしている。ユウマは毛織りのマントを羽織ると、匂いをたどって階段を上り始めた。

 階段には踊り場がいくつもあり、壁にはランプが一つずつかかっていて、中には水光石の燃えさしが残っていた。階段を上っていくと、少しずつ緑と水の匂いが濃くなっていった。

 階段は果てしなく上に続いているように思われた。ユウマは何度も踊り場で折れ曲がり、上へ上へと登り続けた。そうしてどれくらい登り続けたかわからなくなった頃、ついに階段が切れて、大きな窓がある踊り場に行き着いた。

 踊り場は広く、大きな二つの窓から入る日差しで明るかった。窓の間には扉がある。壁際にはソファやカウチ、低いテーブルが置かれて、暖炉もしつらえられていた。テーブルの上には飲み残した紅茶のカップと、開いた本が伏せて置いてあり、本を手に取って見ると、聖地に関する歴史書だった。

 ユウマは本をテーブルに戻すと、窓の間の扉に近づき、取っ手に手をかけた。取っ手を押すと、扉が小さくきしんで開き、外に出た。

 突然まぶしい春の光がユウマの目をくらませた。ユウマは額に手をかざし、目をしばたたかせた。

 しばらく経ち目が光に慣れると、目の前に大きな庭が広がり、心地よい緑と水の匂いがユウマを包んだ。

 庭を見渡すと大きな木がいくつもあり、天いっぱいに枝を広げていた。足下には芝生がきれいに敷き詰められていて、踏み固められた茶色い地面が、庭のあちらこちらにあるベンチにつながっていた。その側には花壇があり、草花が春の日差しを受けて輝いている。横を見ると、寄宿舎から見えた高い鐘楼が目の前にあった。

(こんなところに庭が…)

 ユウマは庭に足を踏み入れた。

 庭はユウマの胸の丈ほどの石壁に囲まれていた。石壁に寄って外をのぞきこむと、眼下にポーセリアの街が広がった。

 街の中を流れるシルー川が春の光を反射して輝いている。煉瓦の屋根の固まりがいくつも見え、その煙突から煙がいくつも上がっていた。街に入る大きな道には人や馬車が行き交かう粒のような小さな影が見える。

 ユウマが街を眺めていると、ちゃぷちゃぷと小川のせせらぎのような音が聞こえてきた。音の方を見ると大きな木の側に幅の広い側溝がいくつもあり、透明な水が流れていた。

 庭は春の日差しをいっぱいに浴びて輝いていた。大きく空気を吸い込むと、階下の抑えられた空気から解放された気分がして、自然に笑みがこぼれた。

 ユウマは一本の大きな木の下に歩いていった。木には小鳥の巣箱がかけられていて、そこに白と黒で塗り分けられた小鳥がさえずりながら、せわしなく飛び交っている。

 ユウマはそこに腰を下ろし、マントを脱いで体の上にかけ、ゆっくり背中を地面にあずけた。目の上には新緑が光に透き通って見え、合間から青い空がのぞいて見える。

 そうしていると、自然にハイデのことが心に浮かんだ。

(後でハイデと会ったら、一緒に来よう)

 そのとき、鐘楼から軽やかな鐘の音が聞こえてきた。ユウマはその音を聞きながら、穏やかな春の日差しの中で目を閉じた。


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