序章
Black Box Crossing 序章
その日、僕らは戦場にいた。
辺り一面に血の海が広がり、黒い死体が浮かんでいた。
空はいつも濁った灰色をしていて、もう何日も青い空を見ていなかった。
ルネはよく着いてきた。
小さな体に大きなライフルをしょって、弱音の一つも言わずに僕の後ろに着いてきた。銃騎士の制服は、泥と血にまみれてひどく汚れ、あちらこちらが破けていた。きれいな栗色の巻き毛は、ほこりにまみれて、こわばっていた。
一ヶ月くらい前まで、僕らはこの戦場よりもずっと北にある、イセルリッジという美しい街にいた。そこでの生活はとても素晴らしかった。
僕たちが銃騎士だと知ると、田舎育ちの低い身分であるにも関わらず、みんな笑顔で家に迎え入れ、おいしいごちそうでもてなした。貴族や教会の司教ですら、僕らの前では膝を折った。
街にいる間僕たちは、夜になると銃を手に取り、闇の狭間から現れる墜天使を狩っていた。
毎晩、毎晩、そういう夜が続いた。
朝になって宿に戻ると、温かいご飯が用意されていた。僕たちはそれを食べると、日が落ちるまで清潔なベッドで眠った。そして、夕方になると起き出して、狩りの支度を始めるのだ。
あまり太陽を見ることができないのが寂しかったけど、お腹を空かせてかまどを漁る貧しい村の生活とは比べものにならないくらい、満ち足りた毎日だった。そいういう毎日が、ずっと続くと思っていた。
ところが、ある日、偉い貴族の男がやってきて、「これからお前たちが本当の役目を果たす場所に連れて行く」と言って、僕らを小さな飛行船に押し込めた。
そうして来たのが、この戦場だった。
僕たちは一挺のライフルと、背負い袋一杯の弾薬を持たされて、戦場に放り込まれた。
ライフルを握って地に伏していると、赤く染まった地平線から黒い墜天使の群が僕たちめがけて押し寄せてきた。
僕たちは墜天使の群と戦った。
何日も、何日も。
数え切れない弾を撃ち、弾が無くなると剣でなぎ払った。
戦場には屋根のついてる建物は一つもなかった。
僕らは美しく輝く守護天使に守られて、食べることも、眠ることさえなく、墜天使と戦い続けていた。
何日たったかわからなくなったある日、ルネが言った。
「私たち、いつまでここで戦うの?」
僕にもわからなかった。
どんなに追い払っても、どんなに撃ち殺しても、墜天使は地平線の向こう側から、あとからあとからわき出てきた。
ルネはよく着いてきていた。
仲間の死体から弾をかき集め、しっかり僕の後ろ着いてきた。黒く汚れた顔に、緑の大きな目だけが、くっきりと浮かび上がっていた。
ある日、ルネは言った。
「私、家に帰りたい」
僕もそう思った。
その瞬間、ルネの守護天使が墜天使にかみ殺され、ルネも爪で引き裂かれた。悲鳴が聞こえた。
僕は後ろを振り返った。
ルネの体が地面に転がっていた。
僕がルネを助け起こそうとした。
でも、黒い服を着た男たちがやってきて、ルネをどこかに連れ去ってしまった。
僕がルネを追いかけて走り出すと、貴族の男が立ちはだかって、道を塞いだ。
「お前は、ここで戦うために銃騎士になったのだ」
そう言うと、貴族の男は僕を地面にはり倒した。
僕は腰に着けていた小銃を手に取ると、その男を撃ち殺し、戦場から走り去った。
神様、お許しください。
僕は神様を大切に思っています。
でも、同じくらいルネも大切だったのです。
妹のように可愛い、小さなルネ。
僕が必ず見つけだしてあげる。
そして、一緒に故郷に帰ろう。
森の奥の、あの小さな村に一緒に帰ろう。