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第57話

57.


 もう一週間も菜奈緒に会っていない。初めに病院で会った時は菜奈緒のことが判らなかった。あの人と二人で帰って行った菜奈緒の悲しそうな顔が思い浮かんだ。

「ごめんね。お母さん、菜奈緒のことを忘れてしまったの。こんなお母さんを許してはくれないよね…」

「病気だったんでしょう?仕方ないよ。でも、もう治ったんでしょう?」

「うん。もう治ったわ。二度とこんなことがないように、これからはずっと菜奈緒のそばに居るわ」

「無理しなくてもいいよ。PTAとかもあるでしょう?頑張っているお母さんは私の自慢だもの」

 菜奈緒はこんな私を自慢だと言ってくれた。私はこの子のためにもいい母親にならなくてはならない。あの人とのことは我慢しよう…。いや、今回のことであの人は私のために出来る限りのことをしてくれた。私たちはとっくの昔に醒めてしまっているのだと思っていたけれど、そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。

「今日は久しぶりにお母さんがご飯を作ってあげる。何がいいかしら?」

「ハンバーグ!また一緒に作りたい」

「いいわよ。一緒に作りましょう」

 私は携帯電話で貴志さんに電話を掛けた。

『迎えに行こうか?』

「ううん、私、ここに残るわ。やっぱり菜奈緒を放ってはおけないから。ごめんなさい…。私本当は…」

『いいよ。じゃあ、ご主人にはそのようにお伝えするね』

 貴志さんはそう言って電話を切った。私はずっと前から記憶が戻っていたことを告白しようとしたのだけれど、貴志さんは私のそれを言わせないように気遣ってくれた。私はもう一度電話を掛けた。

「あの…。お願いしたいことがあるんですけど…」

 山本さんは快く私の頼みを聞き入れてくれた。


 主人が帰って来た。

「いいのかい?このまま記憶が無いふりをして彼と一緒に居ることもできただろう?」

「最初はそうするつもりだったの。でも、菜奈緒は放っておけない。あなたのことも誤解していたわ」

「僕のことはいいよ。しかし、彼は誠実でいい人だな。君のことを心から愛している。その気になったらいつでも彼のところへ行けばいい。菜奈緒は僕がちゃんと面倒をみるから」

 思いがけない主人の言葉に私の目からは涙があふれてきた。




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