第39話
39.
その日は金曜日だった。週末の午後9時過ぎ。店はにわかに込みあって来た。カウンター席もカップルや一人客で埋まってきた。
「場所を変えよう。ここじゃあ、人目もある」
私は頷いて高木さんに従い店を出た。高木さんは近くのホテルへ入って行った。私をロビーで待たせると高木さんは一人でフロントへ行き、ルームキーを受け取って戻って来た。
「行こうか。今はここが俺の仮住まいなんだ」
「はい」
私は素直に頷いた。
「ずいぶん簡単について来るんだな。そういうつもりがあるのかい?」
「もちろんですよ。お誘いしたのは私の方ですから。だから、ちゃんと最後までお話を伺わせていただきます」
「お話をねえ…。ホテルの部屋までついて来てそれだけで済むと思っているの?」
「はい。高木さんはそういうことをする人じゃありませんんから」
「どうしてそう言い切れる?」
「だって、さっき美由紀さんのことを話しながら泣いていたでしょう?高木さんの中には美由紀さんしか居ないはずですから」
私がそう言うと、高木さんは笑った。そして、私の横に立って左腕を差し出した。私は高木さんの腕を取り、一緒にエレベーターに乗った。
思った通り、高木さんは部屋の中で私に指一本触れなかった。話が終わると、最後に高木さんは言った。
「安西にも悪かったと謝っておいてくれ」
「それは出来ません。高木さんから直接お二人に謝って下さい」
「いや、俺はもう二人に合わせる顔がないから」
「私が機会を設けますから。だから、是非そうして下さい。約束してくれますか?」
「参ったなあ…。安西がどうして君を好きになったのか解かったような気がするよ」
私は高木さんが貴志さん、真柴さんと仲直りをする機会を設ける約束をして高木山と別れた。
後になって知ったのだけれど、私と高木さんがホテルでエレベーターに乗るところを偶然、山本さんに見られていたらしい。山本さんがどうしてあのホテルに居たのかは知らないけれど、そのおかげで貴志さんは私のことを疑っていたかもしれない。でも、最終的には信じてくれたのだから、そのことはもうどうでもいい。




