第36話
36.
高木さんは貴志さんを睨み付けて強い口調で言った。
「だったら、こんなところに連れて来るなよ!」
かなり酔っているようにも見えたけれど、どことなく悲しそうな表情にも見えた。そして、私と目が合った途端に高木さんは私の肩に手を回し、顔を近付けてきた。
「青山さんだって、たまには違う男と遊びたいんでしょう?だからついて来たんだよね?」
ドキッとした。家庭があるのに私は貴志さんを愛してしまった。そして、貴志さんと関係を持ってしまった。主人や子供たちに対して後ろめたい気持ちはある。そんな私の気持ちを高木さんに見透かされているようで怖くなった。高木さんはキスをしようとするようにますます顔を近付けてくる。私はそれをさけるように体をのけぞらせた。見かねた真柴さんが助け舟を出してくれた。私は貴志さんにかばって欲しかったのだけれど、彼の友人たちに気を使って私は大丈夫だからと頭を下げた。すると、貴志さんが高木さんの腕を掴んで高木さんを椅子から立たせた。
「いい加減にしろよ。酒に酔って女性に絡むなんてお前らしくないぞ」
「お前らしくないだと?お前に俺の何が解かるんだ!」
高木さんはそう言うと席を離れた。そのまま出口へ向かうとドアの前で貴志さんに向かって毒づいた。
「安西、調子に乗るなよ。お前が不倫しているのなんかお見通しだ。菜穂子ちゃんに言いつけてやるからな」
菜穂子さんの名前が出て来て私はドキッとした。けれど、貴志さんは顔色一つ変えずに高木さんを黙って見送った。その事よりも、店を出て行った高木さんが私はなぜか気になって仕方なかった。
高木が出て行ってからしばらく沈黙が続いた。
「あの人、何か嫌なことでもあったのかしら…。」
「どうして?」
「だって、とても悲しそうな目をしていたから…」
私は気になったことを素直に言葉にした。貴志さんは真柴さんに確認している。けれど、思い当たる節はないようだ。奥さんに不倫でもされているのかとも思ったのだけれど、高木さんはまだ独身だというし…。そこに山本さんがちゃちゃを入れる。
「じゃあ、きっと彼女に振られたのね」
そして、また山本さんも悲しげな表情でグラスを口にした。




