第29話
29.
食事をしながら私は話の続きを始めた。
「菜穂子さんはとても優しいの。だから、辛いの」
「優しくしてくれているのならいいじゃないか」
「だって、私が貴志さんを取っちゃったから…」
「大丈夫だよ。菜穂子にはばれていないから」
そりゃあそうでしょう。でも、私にとってはそういうことではないんです。いつかは私、貴志さんと一緒になりたいのだから…。でも、今はまだ菜穂子さんとは別れられないみたい。貴志さんはいつになったら踏ん切りをつけてくれるのかしら…。私は思い切って言ってみた。
「でも、いつかは言わなくちゃならないんですよ。だって、貴志さんは私と一緒になるんですから」
「そりゃ、そうだけど…」
今の返事は私と一緒になることを望んでいるのだと思ってもいいのかしら!でも、貴志さんはそれからしばらく何かを考えているようだった。やっぱり菜穂子さんのことを考えているのよね…。いいわ。私が一瞬だけでも菜穂子さんのことを忘れさせてあげる。今はこうやって少しずつでも貴志さんの気持ちを惹きつけることしかできないもの。
「この後、しますか?」
「優里はするのが好きだね」
「するのが好きなのではないですよ。貴志さんの温かさに触れるのが好きなんです」
貴志さんの表情がほころぶ。でも、貴志さんの返事は私が期待したものとは違っていた。
「うーん、よく解からないけれど、今日はゴメン。会社で色々あってちょっと疲れてるんだ。優里のおかげでだいぶ楽になったけどね」
「そうですか…。そうですね。いつも黙って付き合っていただいて、私の方こそ感謝してます。今夜はゆっくり休んでくださいネ」
仕方がないわ。でも、こんな時にこそ、貴志さんのそばにいてあげたいのに。それが出来ない今の自分の立場がもどかしくて仕方がない。
店を出て信号待ちをしていると、貴志さんはいきなりタクシーを止めた。そして、私の方を見て言ってくれたのだ。
「行こう」
貴志さんがこういう時に私と一緒に居ることを選んでくれたのはとても嬉しい。今日は一生懸命に貴志さんに奉仕してあげるわ…。




