薗田葵は昨日からいた
「ねえ、あれ康介クンじゃん!おーむぐっ」
手を振り呼びかけんと大きく開いた遥綺の口を、咄嗟に葵の右手が塞ぐ。
「やばいよ!多分やばい状態だよ!やっぱり僕たちは邪魔なんだよ!」
右手をどけて、30mほど先に止まっている車の脇に倒れこんだ康介に聞こえないように小さな声で言う。
「え?なんで?っていうかあのおじさん誰?康介クンの知り合いかな」
「敵じゃんどう見ても!見るからに銀行強盗のおじさんと知り合いなわけないよ!そして康介君はピンチなんだよきっと!」
「ふーん、あのおじさんやっつければいいの?」
「そうだけど、僕たちにできることなんて……」
不意に、遥綺が言葉を発した。
「だってさツクモさん!一発バシッとお願いしまーす!」
「遥綺……ちゃん?」
財布についていたくまのキーホルダーを外し、車に向かって大遠投。
軽いキーホルダーは回転しながら、車に届くことなく落下した。
「ちょっと!くまなんか投げたって効かないよ!っていうか届いてないし!」
「ふふーん、見ててご覧」
自信満々に腕を組み、歩道に転がったくまをみつめる。
手のひらサイズのそれは短い足でよちよちと走り始めた。不器用なそれは時々ダイナミックに転がりながらもすぐに車の下にの隙間に忍び込む。
「なにあれ……ロボット?」
「いいから見て」
視界から消えたくまの方向と遥綺の顔を交互に見る葵にあごで促す。
「いけやせんぜ兄さん。往生際が悪いな」
「その一発で俺を倒せると思ってんのか?」
「兄さん気づいてんでしょ?こっちは一人じゃねえんでさ。この車に気づかなかったのも、さっき何かに
つまづいたのも、アンタの不注意ってわけでもなさそうでっせ?」
男の喋り方は方言とも訛りともつかない奇妙なものだ。
「……うぉらっ!」
男に最も近い、右足で蹴りを入れる。が、咄嗟に飛びのき躱し、右足にライフル弾を打ち込む。
「ぐぁっ!」
皮膚に当たる防護皮材を貫通し、それに覆われていた装甲に深く突き刺さる。
『鎮痛効果を発動した!痛みを抑える!無駄な事はするな!固有武装を有効に使え!』
「おぉっといけねえな!威勢がいいのは今だけでやんすぜー?カクソデが来る前に、終いにしやしょ」
マスク越しでも分かるにやりとした笑いをふくめて、ライフル弾を握り直す。次に男が発した言葉は、不自然なものだった。
「ねぇ、追いつめられてどんな気分?」
突然脈絡の無い質問をし、ライフル弾を捨てた。
男の理解を超えた行動に、康介は動けずにいる。
「お前、何考えてんだ?」
「だから追いつめられてどんな気分だって聞いてんのよ。こ・う・ちゃ・ん?」
口調が明らかにおかしくなっているが、康介には気づく余裕がなかった。ついでに言えば声も若干気持ちの悪いおかまボイスだが、もちろん気づく余裕がなかった。
『……貴様の本名は民間向けのヒーロー大百科でも公開されていない。そいつは、知り合いか?』
「知るか。誰だテメーは」
「ふふっ、ツクモガミって言うのよ。ツクモってよんでね」
語尾にハートマークでも付きそうな喋り方。ねっとりと誘惑するようなおっさんの囁き。
「ふざけんな……!ってかほんと誰だよ!」
『待て!そいつ、3G能力で人格が乗っ取られたようだ……。もう一人が何かしたのかもしれない、警戒しろ!』
ようやく状況を理解したのは管制だった。
「遥綺ー!作戦成功よー!」
男は腰を上げマスクとサングラスを外すと、満面の笑みと共に両手の指先を頭上で合わせ円を作る。
「は?……るき?」
少し遠く、康介の影になっていた男が立ち上がり円を作るのを葵たちは見ていた。こちらに何か言っているようだ。
「あ、おっけーだって!行こう!」
腕を引き強引に走り出す。葵は転びそうになりながらなんとかついて行く。
「だっ!近づいたらダメだよー!」
近づいてくる、さっきまで一緒にいた二人。康介は何が起こったのかしばらく理解できそうにはない。管制はもう一人の3Gの存在を危惧し推測し予知して助言する。
『2人組が近づいてきた!仲間を呼んだか?どちらかが3Gの可能性がある!待てよ……こいつ、前回の民間人だ!』
「ああ、あいつら、知り合いだけど……」
『何!?民間人か!?危険だ!近づかないように言え!ただし目の前の男の挙動には十分注意しろ!』
「……なんだよお前ら、どうしたんだ?」
「ごめん康介くん、遥綺ちゃんがどうしてもって……」
申し訳なさそうな葵とは対照的に、遥綺はえへへっ!と、鼻の下に人差し指を当てながらネタばらし。
「この敵はボクのツクモさんが宿ってるからもう大丈夫だよ!」
「待て、誰なんだそのツクモさんてのは」
『宇!男が動き出した!』
「もぉ〜。飲み込みが悪いのねぇ?アタシは遥綺の3G能力よ。仲良くしましょ?」
馴れ馴れしく康介の逞しい首に腕を通し、反対の手の人差し指で首筋をなぞる。
「遥綺が……3G?」
「えっへん!」
『宇、状況を説明してくれないか……』
管制の顔を見たことはないが、頭が痛そうに手を当てている様が目に浮かぶ。
「知り合いの3Gが助けてくれたみてえだ」
『そういうことか。ならそいつと協力してもう一人も始末しろ』
「ああ、忘れてた……影薄いな」
「よっしゃ遥綺!もうひとりだ!やるぞ!」
「うん!それでもう一人って、どこにいるの?」
辺りにそれらしい人影はない。
「分からん。お前の能力で探したりできないのか?」
「無理だよー。ツクモさんは人に乗り移るだけだし……。乗り移った3Gならその能力は使えるけど……」
「車の中確認してみる。能力がわからねー相手だから少し離れてろ」
「うん。でも車ってどれ?」
「この車……あ!?車は!?」
さっきまであったはずの車が消えていた。
「いないねえ」
「逃げれてんじゃねーか!見てなかったのかよ!畜生、管制!車は何処に行った!」
『寝言を言うな。目の前にあるだろう』
さっきから何度も確認していた目の前をもう一度確認すると、虚空から現れたように車が停車していた。
「は?なっ……なんだよあるじゃねーか。なんで気付かなかったんだ?」
「もしかしてさ、そういう能力なんじゃない?」
『一人目の先の発言からもそう取れる。対象を目に見えなくする能力か……』
「そんなやつどうやって倒すんだよ」
『対象に効果を発揮する3G能力の多くは対象に触れる必要がある。その車が消えていたならその車に触れている可能性がある。早く車内を探せ』
「はいはい。ってまた車が消えたぞ!」
「あるよ!そこ走ってる!僕ずっと見てたから!」
言われると、車道を加速してゆく車が視界に現れる。
「ナイス!そいつの右ポケットに弾がはいってたはずだ!能力で発射できる!」
「だってさツクモさん!タイヤ狙って!」
「オッケーよん」
ゆらりと男が立ち上がり、右ポケットからライフル弾を取り出す。
「うふっ、ステキなタ・マ」
セクシーに弾丸を握る右手を望遠鏡のように目先に保持し、放つ。
音速を超えて飛翔する弾丸がタイヤ直下のアスファルトを削った。
「これ難しいわね……」
「くそ、もう一回やれ!俺は追いかける」
どんどん遠ざかって行く車に康介はたまらず走り出した。
「ツクモさん落ち着いて、きっとできるよ」
「ありがとう。今度こそ当てるわよー……うおらぁぁあ!」
図太い雄叫びとともにタイヤが破裂し、コントロールを失った車がガードレールをえぐり停止した。
「やったー!」
少女はスカートを揺らしながら、男と両手を重ね音を鳴らす。
「もらったぁー!」
すでに車両の直後にはりついていた康介が止まった車に飛びつきトランクを開ける。運転席には誰もいない。が、それが能力によるものであることは分かっていた。
一人でに動くハンドル。座席に手を伸ばすと柔らかい何かに触れた。
「きゃっ!?どこ触ってんだ変態クソヒーロー!」
「うわっ、わりい」
即座に視界に現れたのは長い髪を茶色に染めた、所謂チャラい女。なぜか犯罪者に謝りながら胸を鷲掴みにした右手を咄嗟に離すと、再び姿が消えた。
「もう逃げらんねーよ、諦めろ」
諭すように、見えない場所に恐らくある肩を掴む。
即座に現れたのは、葵だった。
「康介くん、僕のこと忘れてたでしょ……」
「葵!?お前なにしてんだこんなところで」
ドアが開き、閉じる。ご機嫌斜めに康介を見る葵が開けたわけではない。
「やべっ!逃げやがった!」
『奴の能力、単に目に見えなくなるわけではないらしい』
不意に落ち着いた口調で語り出した。
「どういうことだ?」
『存在感を消す能力といったところか。だからお前はその民間人の事を今まで忘れていた。思い出してみろ、見えなかった車も私の一言で見ることができた。それは意識を集中したからだ。わずかな存在感を感じ取ることができれば奴を見ることが出来るはずだ』
「そんなこと言ってもよ、見つかるわけ……」
ないと思った瞬間、対向車線を走っていたタクシーが急ブレーキを踏んだ。
「危ないじゃないすか!気をつけてくださーい!」
目を見開き、窓を開けて怒鳴りつけているタクシー運転手の視線の先を凝視する。うっすらと、道路で腰を抜かした女の人影ががあらわれた。
「そこかぁっ!」
両脇に手を回し、反対の歩道まで運ぶ。負傷した右足は痛みこそ無いが若干重い。
「車運転してたら前方注意だよな。ほら、逮捕だぜ」
「……くそっ」
『運が良かったな。手錠を転送する。ターゲット二人を拘束して職務を完了しろ』
脇を通した右手に手錠が二つ握られる。
両腕に手錠をはめると、女は落胆した。
「康介くん、僕のこと忘れてたよね。僕たち友達じゃなかったんだ……」
「あー、それは、コイツの能力のせいで……」
「なんちゃって、分かってるよ。お疲れ様」
淀みない笑顔で労った。
「おつかれー!捕まえたんだね」
「なんとかな。ナイスだったぜツクモさん」
「お礼ならこの子にしなさいよ。野暮な男ね」
「ああ、遥綺、ありがとな」
「えへへ」
頭の後ろを掻いて嬉しそうにスカートの裾を握る。
『よし。回収車がもうすぐ到着する。もう一人も拘束しろ』
「で、その男もお縄頂戴しなきゃなんねーんだが。ツクモさん解いてくれ」
「ちょっと、失礼ね!乙女心をなんだとおもってるのよ!」
男は口元をてで多い抗議した。
「ごめんこれ三時間くらいこのままなんだ」
「そ、そうなのか……?どうしたらいい」
『申し訳ないが拘束するしかない』
管制に申し訳などという言葉があるとは以外だ。仕方ないので男に手錠をはめた。
「あぁん、そういうプレイ!?いやぁん興奮するわぁ〜」
鼻息を荒げる男を到着した車の窓無し後部座席に乗せる。
「ちょっとなによこれ!?どういうつもりよ!どこに連れて行くの!?ハード過ぎるのはNGよ〜!」
ドアを閉じ、車を見送った。
「遥綺ちゃん、あれ大丈夫なの……?」
葵は不安そうに小さく手を振る。
「うん、時間が来ると勝手に戻ってくるから大丈夫だと思うけど……」
遥綺もぽかんと口を開けている。
「そうなんだ、よかった……のかな。あ、康介くん!右足!どうしたの!?」
正面からしゃがみこんで、穴の空いた右足に手を当てる。
「撃たれた。別に痛かねーから後で治してもらう」
「すぐに治るんだ。良かった」
「午後の授業はサボりだなー。どっかで遊ぶか」
三人は学校の反対へ、特に目的もなく歩き出した。
「それにしても遥綺ちゃんが3Gだったなんてね」
「まーねぇー。ヒーローと3Gがいるクラスなんてすごいね」
「ヒーローは珍しいけどよ、3Gなんて今時結構いるぜ。一クラス40人だから、同じクラスに2〜3人は居るって計算だ」
頭の後ろで両手を組む康介を見上げながら驚いた葵が声を上げる。
「じゃあ知らないだけで遥綺ちゃんの他にももう一人いるかもしれないの!?」
「ボクみたいな正義の3Gばっかりだといいのにねー」
「3Gは一般人に比べると犯罪率が何倍も高い。力があればなんでもできると思っちまうんだな」
ヒーロー試験のために一応勉強したうろ覚えの知識を披露する。
「そっか。僕が3Gだったら……」
「身長が伸びる能力だといいな」
「その能力ボクも欲しい!」
康介の葵イジリに遥綺がのっかった。
「二人してからかわないでよ!」
ぽかぽかと2人を叩く葵をなだめながら康介がつぶやいた。
「カラオケでも行くか」