高校生になれば女の子と友達になれるって本当ですか!?努力次第です!
「康介くーん!」
振り返ると、まず朝日が目に入る。手をかざして太陽を隠すと自分より30cmも小さい少年が手を振りながらこちらへ走ってくる。
「よっ、葵」
「おはよー。康介くん大きいからすぐわかったよ」
「葵も小さいからすぐわかった」
「もー、気にしてるんだから。康介くん180くらいあるでしょ。10cmくらいちょうだいよー」
「髪も入れれば190cmはあるんだなこれが」
頭の頂点のツンツンを指で尖らせて見せる。
「入学式もその髪できてたよね。怒られなかったの?」
「まあ、ヒーローの特権ってやつ?」
「職権乱用だよー」
校門には生徒指導の教諭が箒をもって立っていた。
「おはよう」
厳かに挨拶する教諭は生徒一人一人の身だしなみを確認しているようだ。
「おはようございます」
葵はズボンのチャックが開いていないか、シャツのボタンが止まっているかを確認してから、小さくお辞儀をした。
「おはよっすー」
「おい、宇」
「あい?」
「シャツしまえ」
「ういー」
言われて、目立つ後ろだけをズボンの中に入れて通り過ぎる。
教諭に声が届かない場所まで来て、葵が不服を申し立てた。
「おかしいおかしい!絶対おかしいよ!まず髪でしょ!それに学ランのボタンだって一つしかとめてないしズボンもこんなに下げてるのに!シャツだけなんておかしいよー!」
「特権だもん」
「えー。風紀がすごい乱れてるよー。みんな真似しちゃうよー」
言いながら葵はシャツの第一ボタンを外した。
「いいだろ別に。先輩にも似たようなよいるし、そういう学校なんじゃねー?」
「なんかすごい学校来ちゃったよー……」
教室は妙な雰囲気だった。入学初日特有の、話しかけるか話しかけないか微妙な距離感をそれぞれが持っていた。所々では楽しそうに話す者もいる。おそらく今日の放課後には複数のグループに分かれてお互いの人間性を探り合うのだろう。
二人もそんな駆け引きを少なからず行っていた。
「康介くんて中学でもそんなだったの?」
「物心ついたころには髪立ててたしな」
「えええ!?」
「嘘に決まってんじゃん」
「なんだびっくりしたー」
少しずつざわつき始めていた教室が、一人の男の登場で一瞬でしずまりかえった。
「自分の席に戻れー。ホームルーム始めるぞー」
葵が背筋を伸ばし、あごで前を指したのを見てようやく康介も前を向く。
「昨日はご苦労様でした。私が1B担任の塩谷です。よろしく」
体育教諭らしい彼は体格がよく腕っぷしも強そうだ。
「早速だが自己紹介してもらう。じゃあ簡単に名前と一言だけ。えー、1番の大木から」
大木から自己紹介を始める。出席番号5番の康介の番はすぐに回ってきた。
「どーも、宇康介です。ヒーローやってます。超能力者は俺のところへ来なさい。以上」
とでも言ってやろう思ったが、入学早々イタイ子と思われるのも面倒なので無難に済ませた。
「そ、薗田葵です、川鵜東中から来ました、よろしくお願いします!」
自己紹介程度でなにを緊張しているのか、頭を下げた時に頭を机にぶつけていた。
教室が小さな笑に包まれる。
机高いなあ……などと小さく漏らしたのを康介も笑いながら見ていた。
男子が一通り自己紹介を終えると次は女子だ。健全な男子たちはかわいい女子を探している。
「浦江遥綺です。ボクも薗田君と同じ川鵜東中です。よろしくー」
女子の1番、短い茶髪の少女は浦江遥綺と名乗った。いろいろと引っかかる自己紹介に康介は後ろを向く。
「(あいつ知ってるのか?)」
「(同じ中学だったから。あんまり話したことないけど)」
「(女だよな……)」
「(んー、結構ボーイッシュな人だよ)」
「(今時自分のこと僕なんて言う女が……)」
「こらー、人の自己紹介はちゃんと聞けー」
「ういー」
女子も自己紹介を終え、再び塩谷が話出す。
「この後対面式があるので、速やかに体育館へ行くよーに」
生徒たちが慌ただしく動き始めると、机や椅子が滑る音で教室が満たされた。
ようやく解放されたように康介が話を再開する。
「浦江遥綺って、名前まで男みたいだな」
「男の子として育てられたとか?」
葵はカバンから体育館履きを取り出す。
「ねー、ボクの話?」
いつの間にか康介の机にてをついていた。
「(全部聞かれてたよー!康介くん、謝った方がいいんじゃ……)」
「ああ、そうだよ。あんた、玉ついてんのか?」
「(うわあああああ康介が一番デリケートそうな所に十分に泥の染み込んだ靴で土足で踏み込むような真似してるうううう)」
葵も、女子から白い目で見られながら高校生活を過ごすのはごめんだ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!僕と康介くんのご無礼をお許しください!」
条件反射的に立ち上がり高い机に額を擦り付ける。
「ふふっ、よく勘違いされるけど、ついてないんだ。そんなに謝らなくていいよ。ボクもそんなに気にしてないから」
「え?」
「それより薗田クン、もう友達出来たんだ」
「あ、はい……」
「いいなー!ボクこんなだからなかなか友達出来なくって。よかったらボクも混ぜて」
「別に構わねーよ」
「よかったー!仲良し三人組、結成ー!」
二人の手を取る。
「ほら二人もやって」
葵は困りながら、康介は気だるそうにお互いの手をとる。
それをみると嬉しそうにころころと笑った。
「なんか、めんどくせーやつだぜ」
「まあまあ。浦江さんいい子っぽいし」
「遥綺とお呼び!」
そんな顛末で、昼休みも三人で過ごすことになった。
「葵くん一緒に食べよー」
このセリフ、普通の女の子がお弁当を持ってくれば薗田葵の高校生活もバラ色だったろうに、この浦江遥綺が財布とコーラの缶を持って言ったのでは、到底そんなふうにはならない。
「あ、遥綺……くん、購買?」
「そうだよ。葵クンは?」
「僕はお弁当。康介くんが購買にいったよ」
「えっ、もう早く言ってよー!」
コーラの缶を葵の机に置いて、教室を飛び出した。
「康介クン!」
購買の列に並び携帯をいじっている康介の肩を叩く。
「ん、お前よ……。ちゃんと並べよな」
「いいじゃん、お金出すから一緒に買ってよ」
手を合わせてウインクする。こんな時だけ色気を使おうとしているのだろうが、浦江遥綺には色というものがほとんどない。
「はあ。わーったよ。ほら金出せよ」
「おっ、カツアゲかー?」
ニヤリと笑って脇腹をつつく。
「ふっざっけんなよ!」
「じょーだんじょーだん。はい。甘いパンがいいな」
黒い長財布から200円取り出す。
「はいはい。買っとくから。教室戻れって」
「せっかくだし僕も一緒に待つ」
「だからそれじゃあ順番抜かしてんのと同じじゃねーかって」
「へぇ、以外とルールには厳しいんだ」
「そうじゃねーよ。後ろ見てみろよ。みんなお前のこと睨んでるじゃん」
「うわっ」
「普通こういうのは隠れてやんの。ほら帰った帰った」
「じゃあ列から離れて待ってる」
「はぁ、勝手にしろ」
まずはカップ麺とシュークリーム、それから適当に甘いパンを選んで買い、両手に抱えて教室へ向かうと、廊下の曲がり角で遥綺が待っていた。
「おー、チョコクロワッサンとは……いいセンスだ!このシュークリームはおごり?」
パン二つを受け取り、ついでにシュークリームをとりあげる。
「ちげーよバカ!俺んだ」
「なんだー。シュークリームなんて以外とかわいいね」
「しょっぱい物だけじゃ栄養バランスが偏るだろ」
「……それは違うと思うけど。あ、葵クンおまたせー」
弁当に手もつけず一人で席に座っていた。
「おかえりー。食べよっか」
「あーわり、お湯いれてくる」
「先食べちゃうからねー」
康介の机をかってに向かい合わせて座っていた遥綺がパンにかじりついた。
「……あいつ、変な事聞いたの根に持ってんのか?」
事件が起きたのは三人が昼食にありついている時だった。
「でも本当に危ないよね。特に朝の電車は人も多いし」
「あはは、ボクのこと触る人なんていないよー」
「わかんねーぞー。そりゃ確かに変態でもなきゃ……」
『宇康介、応答しろ』
「あ?ああ、応答する」
「康介くん、どうかしたの?」
管制から通信は康介以外には聞こえない。葵が不審そうに顔を覗き込む。
「ちょっとな。仕事か?」
『そうだ。手強い相手だが手早く済ませろ』
「わかった。もっと詳しく教えてくれ」
「なんの話ー?一人で喋っててこわいよー」
「あっ、あのね遥綺くん。康介くんは実はヒーローで、多分それで何かあったんじゃないかな」
「えっ!?ヒーローなの!?」
「うん。すごい強いよ」
『座標はそこからすぐ近くだ。目標は銀行強盗の3G二名。内一人の能力は判明している。物を飛翔させる能力、通称「ランチャー」と呼ばれる物だ。物理的な攻撃が民間人及ばないよう注意しろ。尚現時点では人身被害は出ていない』
「了解、すぐに向かう。わり、ここ降りた所の大江戸銀行まで行かなきゃいけなくなった。ちょっと行ってくる。遥綺、シュークリーム食っていいぞ」
「悪者退治でしょ?ボクも行くー!」
「バカ、シュークリームでも食ってろ!」
そう言って康介は教室を後にした。
「ずるいよねー?午後はサボりなんてさー」
シュークリームにかじりつきながら康介の出て行った方を見る。
「で、でも康介くん命がけで戦ってるんだよ」
「いいなーボクもヒーローなりたいな」
さらに一口頬張りカスタードクリームを口の端につけて見せる。
「ヒーローって大変な仕事だと思うよ」
「ふーん。大変ねー」
残りを押し込むと、口についたクリームをぺろりと舐めとり立ち上がった。
「じゃ、行ってくるねー」
遥綺はさも当然のように扉へ向かう。
「ちょっ、どこ行くの!?」
「康介クンのとこに決まってるじゃん」
「だめだよ!シュークリーム食べたんだから大人しくしてようよ。怪我するよー!」
「もう食べ終わっちゃったもーん。僕だって強いから大丈夫!」
「意味わかんないよ!あっ、待ってよー!」
廊下を駆け出す遥綺を仕方なく追いかける。
「銀行に到着したぜ」
『こちらではランチャーの能力を既に感知している。もう一人も恐らく中だろう。銀行職員には抵抗しないよう指示している。奴らが出てきたところを仕留めろ』
「了解」
銀行内の様子はよく見えない。平日の昼過ぎとあって一般客はいないようだ。この中で今凶悪犯罪が行われている。
『目標が出口に向かったそうだ!待機しろ!』
通信の直後、いかにもなサングラスとマスクの男がガラスの扉の前に姿を現した。
「一人じゃねーか」
『もう一人何処かに隠れているはずだ。能力がわからない以上気は抜くな』
「で?もうやっていいのか?」
『いやまて。目標は何で逃げるつもりなんだ?近くに車は止まっていないか?』
通りや駐車場には不審な車両は見当たらない。
「いや?まさか歩いて逃げるんじゃないだろうな」
『分からん。とにかく注意しろ』
「注意しろったってよ……。は!?」
『どうした』
「銀行の前に車が……ずっと止まってたのか?気づかなかった!乗り込んだ!」
『タイヤを潰すなりしてそいつを止めろ!ったく、だから注意しろと言ったのだ!』
「さっきは確かに無かったんだぜ!」
『いいから早くしろ!』
とはいえ、車に乗られようとヒーローから逃げられはしない。
一瞬で動き出した車両の前に立ちはだかり、片手で発進を妨害する。
「おっす。ヒーローっす」
助手席に座っているさっきのサングラスの男がポケットからパチンコ玉を取り出した。
「ヒーロー?はっ、ご苦労なこって」
全く動じる様子もなくパチンコ玉を放つ。弾丸に等しい速度で発射された鋼玉はフロントガラスを貫通し康介に襲いかかる。
康介の目には、音より早い鋼の弾丸の動きがしっかりと捉えられていた。しっかりと捉えた上で、必要がないのでよけることもしなかった。
腹に二発、胸に一発。フロントガラスに空いた穴と同じように康介の服に三つの弾痕がのこる。
そして康介の足元には、変形したパチンコ玉が三つ。
「わり。俺新型なんだ。それよりよ。そんなのが人に当たったらどうすんだ?ただじゃ済まねえと思うぜ」
右の拳でヒビの入ったフロントガラスを砕く。
「ククッ、新型のヒーローさんは皮が分厚いこって。でも、これならどっすかい」
『今のは奴にとっては子供騙しだ。本気を出せば貴様の強化ボディでも危険だ。一撃でも喰らわないようにしろ』
男は車から降り、ジャンパーにかかったガラスの破片を払うと、さっきとは逆のポケットから鋭く尖った物を取り出した。
「ライフル弾、こいつをさっきより早く飛ばせば分厚い皮も貫けるんじゃないすかね?」
言うより早く、カートリッジをまとったままの本物の弾丸が康介の肩をかすめる。
強化ボディの装甲が削られた。
「へえ、おっさん色々もってんだな。今のは効くかもしれねーぜ」
こちらも、言うより速く。
「ドタマ狙って当てられればよ!」
一気に間合いを詰め、
られない。
「なっ!?」
何かが康介の足引っ掛けた。
速く動こうとした分の勢いが地面に伝わる。
「いってぇ!誰だよ邪魔しやがって!」
後ろを見ても、人影はない。
「じゃ、遠慮なくドタマ、ぶち抜かせてもらいやす」
顔を戻すと、奴が0まで距離を詰めていた。
鼻先に突きつけられるライフル弾。
「そんなに近づいていいのか?」
「いけやせんぜ兄さん。往生際が悪いな」
評価してくれ!