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下校におけるファステスト・ラップ

「いぎっ、いっ……てえな。てめえ……」


脇腹を抑えながら崩れ落ちた。


「終わりか?これで」


坊主頭、メガネ、チビの三人が倒れた路地裏に、宇康介だけが立ち尽くしていた。


『今回の職務は完了だ。報酬として固有武装No4 マットレスの使用が許可された。汎用クッションだ。意外と使い所があると好評で……』


「このハゲは?死ぬのか?」


苦しそうに肩を上下させる坊主頭のそばにしゃがみ、地に落ちたナイフを拾い上げてそばに置く。シャツに血の滲んだ脇腹の弾痕は致命傷ではないようだがこのまま放置すれば長くは持たないはずだ。


『安心しろ。ヒトの進化した3Gは生命力も人並みではない。心臓を貫いてもしばらくは死なないだろう。現場に関してはこちらの処理班が向かっている。帰っていいぞ』


「はいはい」


とはいえこんなところに被害者2人を寝かせておくのも気が引けたので、彼らを起こすことにする。


「おーい、終わったぞ」


「すぅ……。すぅ……。」


小さな少年は小さな寝息を立てて眠っている。


対してメガネは口を開けたまま白目を向いている。仰向けになった腹が上下に動いているところを見るに、無事だったようだ。


『能力により操作された人間は軽い昏睡になることが確認されている。起こしたら大通りへ避難させるといい』


「別に命令されたからやるわけじゃねーけどよ。ほら起きろっての、こんなところで寝てたら財布もってかれるぞー。おーい酔っ払いども」


両手で二人の体をゆする。先に目を覚ましたのはメガネだった。


「うぅん……は?ここは……俺は?」


飛び起きたメガネは周りを見回して現状を把握しようとしている。


「絵に描いたような反応してんじゃねーぞ。一々説明しなきゃなんねーのか?」


『操作された間の記憶はない。おっと、そうだ。被害にあった人間には後で警察署に届け出て欲しい。任意だがその旨話しておいてくれ』


「はいはい。じゃあ説明するけどよ。あんたは3Gに操られてカツアゲさせられてたんだよ。で、今ヒーローたる俺様が華麗に事件を解決してやったから。気が向いたら警察にこの話をしてくれ」


「そんな、じゃあ俺は、俺は捕まるの!?」


「さあ。どうなんだ?」


『大丈夫だ。そいつも被害者にあたる。今後の研究のためにデータを取りたいだけだ』


「捕まりゃしねーとさ。さ、行きな」


「そうか、よかった……。ありがとう」


康介は少し照れくさそうに黙って手を上げる。

それを見て荷物をまとめるとそそくさと大通りの方向へ走って行った。


「にしてもこのちびっ子はよく寝てるな。こいつ、吟枚高だよな……?」


つるつるのほっぺをつねってみる。


「むぅ」


「だめだこりゃ……」


『暇なら安全なところへ運んでやれ。もう通信は切るぞ』


「おう。またなんかあったら頼む」


耳の奥にプツリとマイクの切れる音が響く。


回復体位で眠りこける少年の腕を方に回して背負う。小柄な体はリュックサックを背負っているような感覚だ。


坊主頭に背を向けて少年を起こさないようにゆっくり歩いていたが、少し歩いたところで目が覚めたようだ。


「……ん。ん?あれ?だ、誰ですか?」


見た目に似合った少女のような高い声が耳元で言う。


「通りすがりのヒーローさ」


ヒーロー試験合格してからずっと考えていたセリフを、できるだけ渋く言い聞かせて見た。


「ヒーロー……?じゃあさっきの人が……3Gで……」


「あー、まあ、そういうこと」


温めていたセリフになんの反応もなかったことに少し落ち込み、事件に関して説明するのも面倒なのでその通りということにした。


「あの、僕歩けます」


「そうか?じゃあ」


しゃがんで少年を降ろす。少年はすぐに背後から目の前に回り、顔を覗き込んだ。


「あっ、宇……康介くんだよね、僕同じクラスになった薗田葵だよ。後ろの席だった」


「……ん?あー、ああ思い出した」


当然覚えてないが、なんだか悪いので覚えていたことにする。


「覚えててくれたんだ。宇くん、ヒーローなの?」


康介が歩き出そうとすると、葵も向き直し歩き始めた。


「まあな。まだ新人だけどよ」


「へぇ〜。同級生なのに偉いね。僕絶対できないよ。怖いもん」


並んで歩くと二人の歩幅の差が歴然となる。忙しく小走り気味に歩く葵に気づいた康介は、歩調を遅める。


「強化されてるからな。怖いってことはあんまり無い」


「そっかー。ヒーローになると力持ちになれるの?」


葵は康介の顔を見上げながら歩く。前を見ないと今にも何かにつまづきそうだ。


「そういうこと。で、薗田君はこんなとこでなにしてたんだ?」


「葵でいいよ。僕は川鵜町から通学するからこの辺詳しくなくて、ちょっと探索っていうか……。康介くんはどこに住んでるの?」


川鵜町は吟枚市の東部に位置する。

G16ブロックに分類されるので康介の管轄でもある。


「この辺に住んでるんだ。なんなら案内してやるよ」


「え、ほんと?ありがとう!」


「おーし、任せな」


そう言うと嬉しそうについてきた。


裏路地から店の立ち並ぶ商店街に出る。


「吟枚商店街だ。しょぼい町だけどここは頑張ってるよな。あっちからクリーニング屋、古本屋、金物屋、その隣は薬局だったんだけど結構前に潰れた。あれが駄菓子屋、文房具屋。あの喫茶店は新しくできたんだ。まだあんまり馴染んでないけどな」


「やっぱり詳しいね!方向音痴だから助かるなー」


手を合わせて喜んでいる。


「そりゃな。この辺は商店街くらいしか無いし、すぐ慣れるだろ。にしてもどうやってあんな細い道に迷い込むんだ?」


「んー、わかんない。いつのまにかあんなところにいたから」


てへへ、と照れ笑いをして見せた。


商店街は小規模なもので、すぐに通りはさみしくなっていく。しばらく歩くと林が見えてきた。


「ここが吟枚神社。奥に行くとラーメン屋あって、そこが結構うまいんだ」


「そうなんだ。康介くんはもうお昼食べた?」


「いや、まだ」


「じゃあ行こうよラーメン!」


「そうだな。丁度いいか」


坂を登りバイパス沿いに出ると、歩道は細く所々にゴミが散乱している。


大型トラックが通り過ぎる度、二人の学ランが風に揺れる。


「ほら、見えてきた」


赤いネオンの看板が見える。


「バイパス沿いなんだ。トラックの運転手さんとか多そうだね」


ラーメン屋らしいスープの薫りが立ち込める。


ドアを開けるとカランコロンと鐘が鳴った。カウンターの席に並んでかける。


「いらっしゃい。ご注文は?」


割烹着のおばちゃんがお冷をだす。


「康介くんのおすすめにする」


通学カバンを足元に置きながら言う。


「じゃあ味噌チャーシュー餃子セット二つ」


「味噌チャーシューB二つー!」


おばちゃんが厨房に向かって叫んだ。


「少々お待ちください」


そういって厨房に消えて行く。


「康介くん、川鵜来たことある?」


葵はお冷のグラスを両手で包んでいる。


「時々行く」


吟枚市吟枚町は川鵜町にくらべるとかなり田舎だ。コンビニも1つしかないので商店街で手に入らないものは基本的に川鵜町まで行かなければならない。


「ただあんまり詳しくはないな」


「そーなんだ。じゃあ今度川鵜案内してあげるね」


「色々あるし楽しいかもな。お願いするよ」


「うん!」



それから出て来た味噌チャーシュー餃子セットを平らげ、会計を済ませて店を出る。時間は16時に近づいていた。


「遅めのお昼になったね」


「食わねーと夜まではもたないもんなー」


二人は坂を下って行く。


「ねえねえ、僕たちってニンニク臭いかな?」


「餃子も食ったし、結構するんじゃないか?」


「康介くん、ちょっとかがんで」


「ん?」


葵の顔の高さくらいまで顔を下げる。


「はぁー。どう?」


「さあ、俺もニンニクだし分かんねーや。はー」


「ほんとだ。わかんないや」


「まあ気にすることもないだろ。歯みがけば」


「そうかな?ニンニクは消えないと思う。あ、お茶飲むと消えるらしいよ。テレビでやってた」


「マジで?どっかで買ってくか」


他愛の無い会話。康介にとっては記憶の限り初めての体験だ。小学生時代も中学生時代も友達がいなかった彼はこんな風に同級生と話しながら歩くことに少なからず憧れを抱いていた。


商店街に戻ると、自販機を見つけた。


「お茶あるぞ」


「あっ、小銭ない!さっき使っちゃったから」


「俺が買うから。一本でいいよな?」


「えっ?あー、そうだね。ありがと」


150円、ペットボトルのお茶を買う。


「先飲むか?」


「いいよ康介くん先飲んで」


「おう」


お茶を口に含むと渋みがなんとなく臭いを消して行くような気がした。


「もう一回はーってやってみろよ」


もう一度頭を下げて葵に息を吹きかけさせる。


「はぁ〜」


「んー、わかんね」


「少しづつ効いて行くんじゃないかな」


「ふーん。ほら、飲めよ。イッキだよイッキ」


半分ほど残ったペットボトルを渡す。


「えー、全部は飲めないかな。お腹壊しそう」


と言いながら三口ほどお茶を飲む。ペットボトルの中はあまり減っていない。


「どうだ効いてるか?」


「うーん。はーってやって」


「俺がやるのか?……はー」


「ほんとだわかんないね」


二人して自分の臭いがわからないまま、駅まで向かうことにした。



線路沿いの道を二人で歩く。


「そういや何分の電車なんだ?」


「わかんない」


「おいおい、時刻表とか調べろよ。携帯あるだろ?」


「充電きれちゃったから……」


「しょーがねえな。ちょっとまてよ」


立ち止まり、学ランの胸ポケット、両方のポケット、ズボンのポケット、尻のポケットに手を入れて行く。


「……あー、忘れたわ」


「大丈夫。少しくらい待てるから」


「まあそしたら俺も……」


話している途中で、はるか遠くから電車の音が微かに聞こえた。


「おい、電車きてねえか?聞こえるぞ」


「え?聞こえないよ」


「あ、俺耳いいんだ。耳も強化されてっから。ほら見てみろよ」


葵がフェンスに張り付く。


「来てないよ。気のせいだよきっと」


「確かに聞こえたんだけどな……」


康介もフェンス越しに線路を眺める。


昼間だが煌々と輝くライトの光が遠くに見える。


「やっぱ来てんじゃねーか!一本逃したら1時間以上待つことになるぞ!」


「え?見えないけど」


「目もいいんだよ!とにかく急ぐぞ!ほら、負ぶってやるから」


「そんな、悪いよ!」


「葵が走ってたんじゃ絶対間に合わねーって!俺が走れば駅に着いてから一服しても間に合うぜ」


「ぼ、ぼくだって走るのは自身あるよ!」


走りに自身があっても、ここから1000mはある駅まで電車より早くたどり着くことは出来ない。どうしてこんな時に意地をはっているんだ、と理解に苦しんでいると、いつの間にか電車が二人の横を通り過ぎた。


「あっ……」


「ほら、あいつに追いつくぞ」


それだけ言って、葵を抱き上げた。


「えぇっ!?無理だよ!だって電車だよ!」


「いいから腕、首に回しとけ。あんなノロマすぐにケツ見せてやるよ。だって俺は、ヒーローなんだぜ?」


駆け出す。

ヘリコプターのブレードのように加速するピッチ。

ストロークは既に人間のそれを超えている。

数秒後、走り出してからわずか100mで電車と並んだ。





「おじいちゃん、あれ何?」


電車内で、少女が老人に尋ねる。


「ほっほっほ。きっとあれはこの町の……」




「ヒーローじゃよ」





「ゎ、ゎぁ……っ!」


吹き付ける突風に悲鳴がかき消され、恐怖で溢れた涙も吹き飛ばされた。


「おっしゃ、ちんたらはしってんじゃねーぞー!」


肩越しに電車を見ると、運転手も口を開けてこちらを見ている。


「康介くん、前!前ーっ!」


「ん?」


道は曲がり角になり、正面には民家が立っている。


「おらあああああ!」


左足にありったけの力を込めて、地を蹴る。


ふわりと浮き上がり、並んだ三軒の民家を一気に飛び越えた。


「ぃゃぁ~」


超高速での急上昇と急降下はジェットコースターと変わらない。


「もう駅だぜ!いえああああああああ」


対して康介は爽快感に絶叫していた。


駅に一気に近づく。


「止まって、止まってー!」


康介も流石に止まろうとしたが、あれだけのスピード、止まるのにも相応の距離が必要だ。


「うおおおおおおおおお止まれええええええ」


このまま駅に突っ込むか?と諦めかけたその時、康介の脳裏には管制の一言が蘇っていた。


(『報酬として固有武装No4 マットレスの使用が許可された。汎用クッションだ。意外と使い所があると好評で……』)


「固有武装転送!No2、」


葵の頭にフルフェイスヘルメットが転送される。そして


「No4、×10!」


目の前に突如現れた白い厚手のマットレスに、背中から突っ込む。


欲張って×10なんて言って見たものの、転送されたのは一つだったらしい。

葵を抱きかかえたままマットレスで地を滑る。すぐに破れ、中から大量の綿や無数のコイルが飛び出した。

駐車場50mを滑り速度を落としながら、マットレスが『ずむっ』と音を立てて駅の階段にぶつかり停止した。


「ふーっ助かった。葵、大丈夫か?」


「はぁ、はぁ、怖かった……」


「そ、そうか?悪かったな」


「けど、ちょっとだけ楽しかったよ」


「おっしゃ、またやるか?」


「もうやだ!」


電車到着までは後二分ほど。

康介は削れて厚さが半分ほどになったマットレスから降り、仰向けになって心臓を抑えている葵の手を取る。


「立てるか?」


「うん、ありがと。たわっ!?」


葵は、腰が抜けていた。


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