rest 2―幼馴染―
純白のカーテンを荒々しく開けたのは、カチューシャをつけた女子生徒だった。走ってきたのか、額や夏服で露出が多い肌にはかなりの汗があり、呼吸がかなり荒い。
「おまたせ! ハァっ……熱い……疲れた」
彼女が来る予定であった幼馴染――秋中 ヒヨリで、屈託の無い爽やかな笑顔で俺は何とも言えない安心感を感じる。
早朝からろくでも無い者共に会ったからだろう、日常味のあるそれは磨り減った精神を確かに回復させた。
「おい・・・大丈夫か? めちゃくちゃ汗かいてっぞ?」
「平気、平気。……遅刻そうそう倒れた京君にはいわれたくないよ」
さっぱりした短髪に、女子だというのにシャツブラウスの第二ボタンを平然と開けるおおざっぱな奴で、よく俺の周りの奴は運動部に所属していると誤解するのだが、余り体力が無い。この学校には体育祭なるイベントが毎年行われるだが、その際徒競走でいつもコイツは最下位しか取ったためしがないくらいだ。
「京。お前は本当に羨ましい奴だぜ……」
「なんか言ったか?」
隣にいる志郎はさぞかし不機嫌な顔をしてその場から立ち上がる。
「なにもいってねーよボーケ。ふっ……三人揃ったんだしさっさと帰ろうぜ!」
「あっ! 志郎っちいたんだ! すっかり忘れてたぜィ」
「…………今頃? …・………それは酷いだろっ」
「ごめんっごめん」
ばーか。
保健室には溢れんばかりの斜陽。それと友人達の他愛もない、いつでもあるような交流が目の前にあった。いつもならば、当たり前過ぎて何にも感じはしないだろう。が、今のこの瞬間は―心が洗われる様な気分だった。
「ほら、行くぞ。京」
何の迷いも無く、志郎はその手を差し伸べる。
「ああ」
ベットと毛布の隙間から突如現れた少女。それと極悪極まりない厨房の姉。
それは確かに俺を昏倒させるまではしたが、見えないものを見せてくれたような気がする。
……まあこれから家に帰ればまた昏倒させるようなあいつ等が待っているんだ……どこかで肯定的な気分に浸らなければやってはられない。ははは。
「はあ」
なにはともあれ、俺は深い深いため息ついた。
****
「じゃあな。幼馴染を大切にしろよ」
「……どこまでお前は幼馴染みに執着するんだよ? いい加減殴るぞ?」
「殴るがいいさ……。幼馴染みを渡せばな」
校門付近で俺と志郎は何とも馬鹿げた会話をしていた。こいつ・・・ギャルゲーかエロゲーしまくってるな絶対。
周りは部活動が終了し、爽やかな疲労感を漂わせている学生たち通っては消え、通ってはまた消える。帰宅部である志郎と俺は比較的早い時間に帰るので、志郎は分からないが、俺には少なからず違和感があった。
「じゃあなぁ、志郎っち♪」
「今なら抽選で俺の妹か俺の幼馴染に―」
「その汚物にかまうな、ヒヨリ。じゃ先に」
これ以上会話していると埒が明かないので、ヒヨリの腕を強引にもって、志郎から逃げるようにして走る。志郎と俺の住まいは、丁字の道と繋がる校門を基準にして逆側に位置している。いつもならば遊び関連で、俺か志郎の家に集合するために一緒に下校するが、さすがに今日の騒動があったので、今日は互いに断った。
「痛いって言えばいいのに。ずっと我慢だろ?右腕……」
校門が見えなくなって、ちらほらと住宅街が見えた頃だろうか。不意にヒヨリはそんな事を言い出した。
「何で知ってるんだ?」
確かに右腕には違和感があり、先ほどヒヨリの腕をつかんだ時に眉をひそめるって程ではないが、痛みがあった。打撲か、それも大げさに骨折でもしてるのか、怪我の真相は定かではないが、今朝昏倒したときにできたものだろう。
ただ彼女が気がつくような痛みを表現する仕草をした覚えはないし、そのことに気付くとは思わなかった。
「気付かないの?」
・・・・は? 気が付く? 一体何を?
「右腕ずっと掴んだままだよ?」
「………あ」
痛みのある俺の右腕、夏服から出ているそれはヒヨリの細くて白い腕を握っていた。
「あああああっ!!! すまんワザとじゃないんだ!」
痛みが原因か?それとも今朝のあれで?・・・急いで握った腕を振り解く。身体中がどんどんと火照り、胸あたりがチクチクと痛む。
何でそんな大げさなのかってか?
――俺とヒヨリの関係は幼馴染の腐れ縁だけであって、別に恋人同士とかではないのだ。随分と幼い頃には普通に腕組んでたりしていたが、過去と今は違う。恋愛だって言葉を聞くだけで、一回もしたことはない(今朝全裸の少女を抱きしめていたが・・・)。異性で年頃で近くにいて――もしもこのシチュエーションで何も感じない奴がいたら、俺はそいつをGODと呼ぶよ。
「そんなに大げさにしなくても、……みんなこっち見てる」
「くっ、マジですまん」
たまたま通りかかった散歩途中の叔父さんやら買い物帰りの主婦さん達らしい人たちがこちらに白い目を向けて通り過ぎていく。全裸少女や厨二姉の時に感じた羞恥ではなく、リアルな羞恥心が――不思議と心地よいのは気のせいか。
「別にそのままでも良かったのにな……」
「え?」
「なんでもない!」
なに今更怒ってんだ? ……っ痛っ! 右腕に全力で平手打ちするなって!
頬を真っ赤に染めてヒヨリは、周りの視線のなんて気にせず八つ当たりを開始していた。その時の彼女の表情をなんと表現すればいいのだろうか。怒っている様にも見えたし、恥ずかしそうにも見えたし――ただひとついえることは安堵感ある表情をしていた。……きっと自分も同じ様な表情を浮かべてる……のだろうか?
「わあった。わあったから……。その手を止めろ」
そろそろ止めないと、警察が来そうである。
「やだ!」
お前は何歳児だ……。ほらあ、大学生っぽい人が痛々しい目でこっち見てるって! おい……あれってカメラじゃないか?
「コンビニに行こうぜ。部活帰りだ、アイスの一本ぐらい奢ってやるよ!」
歩いてすぐの場所に青色の塗装が目立つコンビニがある。学校からかなり近いので良く部活帰りの生徒が出入りしていて、たった今、同じ校の制服を着た女子グループが店からぞろぞろと出てきた。
「よっしゃぁ♪ さっ行こう行こう♪ たしか期間限定のハー○ンダ○ツのCMが最近やっててね・・・」
ふう……何とか止めたか……。正直こんな事で止めてくれるとは微塵も思ってなかったけど……。
「ハー○ンダ○ツ!? ハー○ンダ○ツだと!? ちょい待てィィィィい!?」
すんごく楽しそうにコンビニに入るな、この野郎っ。状況はいとも簡単に解消したが、俺の変わりに財布に危機が訪れようとしていた。
ハー○ンダ○ツなんてものは結構前に買って(確かチョコとバニラを一つずつ)食べてみたことがあるもの、値段の割にはかなり普通だったぞ。……夏だったら涼がとれるガリとか安いやつでいいだろ! ……まあヒヨリは女子だしな・・・二百前後ぐらいはたいした事ないか。いつもがんばって部活してるんだし。財布の中ほぼ空なんてなんて今更いえないし。
「はやく! はやく!」
「そう急かすなって……アイスは足はやして逃げねーんだから。……ふう」
自動ドアが開くと、程よい汗をかいた身体には爽快な冷風が出迎えてくれた。
右側からぐるりと逆時計回りに、良く見るが使わないATM、新聞が置いてあるコーナー、日々変わるカウンタ、丁度前方には夏には必要ない暖かい飲み物売り場、中央にはいろいろな菓子、左奥には冷たい飲み物コーナー、九十度左には置くからさまざまな雑誌があり、近くには巨大な冷凍庫があり、念願のアイスどもがわんさかいた。
「おい、ハー○ンダ○ツは向こうだぞ?」
いたって普通なコンビニの中、ヒヨリはまるで公園で遊ぶ幼児のように、隣にある冷凍庫の中を漁っていた。確かそん中にはガリや安物のアイスしかないはずで、ハー○ンダ○ツは奥の冷たい飲み物コーナーと一緒に地味にあったはず。
「やっぱ。ガリ君でいいや……どうした?そんな顔して?二つじゃだめか?」
「いや別にいいが……お前ハー○ンダ○ツが欲しいんじゃないのか?」
冷凍庫にあるアイスの中で最安値で君臨するガリ君。四本買ってもハー○ンダ○ツよりも安いし、別に金がない言っても、五百円はあるのでどの道アンパイだが……。
「”京君の財布”とかけまして、”最近一緒に帰ってくれない幼馴染”と解く」
「……は?」
何を言い出すのかとおもえば……。しかもなんでそんな赤くなってんだよ?
親友を絞殺しかけたり、突然昏倒したりしたからだろうか? 嗚呼っ!あれもこれもすべては憎きあいつ等のせいだろう。そうに違いない。自分だけではなく、ヒヨリも可笑しくなってしまったら――彼女には申し訳ないし、全裸と厨房を金属バットでたたかない自信がない。
「……」
「おい?」
「……」
頬を綺麗な紅葉色に染め、亀のように押し黙るヒヨリ。アイスを持った手を後ろで組み、上目遣いでこちらを覗くのはお世辞なしで可愛いのだがヒヨリよ。今後ろにいる定員さんがブリザードな眼差しで見ているのは気のせいなのだろうか。
「分かった言えばいいんだろ! その心はなんだ? 早く言え!」
「”からっきしない”昔から京君ってゲームとか買うために貯金して財布は殆ど空なんだよな」
――。
空調が壊れたのだろうか。今窓の向こう側を通ったトラックが店を横切った瞬間か、彼女が瞬きをした瞬間か――その彼女の表情が確かに寂しげで、体が痛むほど冷たく、頭が焼けるほど熱くなった。
中学校の時の俺はまだ夢を持っていた。というのも野球部に卒業する三年間の間所属し、熱い汗を流していた。
何の理由かは知らないが、どうせ運動した方が良いとか、 ”男はスポーツをするべき” とか健全な理由からだろう――幼稚園の頃から嫌々ながらに始めた野球。練習は持久走等の有酸素系のものばかりで、監督である父親は小学生高学年が息を切らすほどのメニューを何の躊躇いもなく幼稚園生である俺に押し付けた。最近は追われる様に、ただ他意も無くゲーム三昧な日々を過ごしているが、そのせいか持久走などの徒競走で好成績を取っている。
小学校に上がったときには、体力にかなり自信があったし、野球チーム内での親友は増えたし、今まできつかった練習も苦に思はなければ自然と野球が好きになっていた。授業で野球をやる日にはよく精を出した事を、薄れた記憶の中でもくっきりと覚えている。
勿論、野球での成績が優秀だった事は自分が一番知っていた。小学校卒業後、直々に野球で有名な中学校から推薦の知らせがやってきて――俺は迷いなく入学を希望した。学校は遠く電車通勤でいける場所で無論、今まで知り合った親友や幼馴染とも殆ど顔を合わせる機会は殆どなく、遊んでいる暇もなかった。
帰宅部の現在、部活動で忙しいヒヨリとは時間をつくろうにも、引退が迫っているので時間をつくろうにもつくれない。無論今日彼女とであったのも久しぶりである。
女心とかに鈍感極まりない俺でも、彼女にある一抹の感情は理解できる。それに彼女はあからさまに不快を行動に表さないやつなのだ。
「ちょっと待ってろ」
冷凍庫の右手。大量の雑誌が窓側にある通路を通過するとキンキンに冷えているだろう飲み物と、ガリが売っている所よりも比較的高い箱入りのアイスなどがある。無論ハー○ンダ○ツもあり、ヒヨリが示した期間限定発売らしきものも売られていた。
トビラ式の冷凍庫の取っ手を引くと、爽快で白い冷気が腰から脚までをつたう。俺は無心の境地で高級感あるパッケージに身を包んだ目的のアイスを掴み、扉を閉めてそのままレジに向かった。
「京君? ……これって」
突然の俺の言葉で待っていたヒヨリがあわててこちらまで駆けつけた次の瞬間、呆然とした表情でレジのカウンターを注視していた。
「まあなんだ。あれだあれ。……ふっ言っただろ? 奢ってやるって」
洒落た伊達男ならここで甘い言葉でも一発かまして女をおとすんだろうが、俺は凡庸な高校生だからな。もう少しドラマチックな発言でもしようかなあと思ったものの、とっさに出てきた言葉が余りにありふれたものだったから止める事にした。
「別にいいんだぞ……そんな気い使わなくてもよ」
ヒヨリが言葉を発したときには背をこちらに向けてしまって、表情を確認する事はできなかったが、
「ありがと」
拡声器を使っても囁きにしかならない様な声だったが、俺は充分満足できた。
「お客様。大変申しにくい事なんですが、彼女が持っている商品は会計なされないんですか?」
レジに置いた諸々の会計を済ませた会計が大変嫌々そうな顔して冷静にそういった。顔立ちや体格からして大学生だろうか、当然の如く俺たちの行動を監視していたに違いないのだが――なんだかすごく申し訳ないし、穴があったら潜りたい。
「お前の持ってるガリはどうする?」
「へっ? これか? あっあたしが払うよ!」
「別に――」
「あたしが払う!」
レジのほうを向いたと思ったらあわわあわわと財布から五千円札を繰り出したヒヨリ(おいおい……)。会計は嫌々そうな表情をいっそう濃くして五千円札を受け取り黙々と作業を開始した。
高%
次の話で空白の少女が出てきます。
今更ですが小早川 志郎の関西弁は付け焼刃ですら習ってないので”これ絶対標準語だろ”とか”明らかに可笑しいだろWWW”な事になってしまうかもしれませんが、どうか堪忍を。