【 Deeper than ultramarine blue 】
【 Deeper than ultramarine blue 】
南街の話しによれば、ギリナという場所は随分と遠くの田舎にあるらしかった。農村ばかりがあり、観光客は皆無。今の時期は太陽が憎らしいほどに暑く照りつけ、緑ばかりが村を占拠している。大して珍しくもない田舎だそうだ。
その、どこにでもある田舎が今【ミディアン】によって占拠されているらしい。自分達はその地獄に行くために黒い車に詰め込まれている。軍隊用に配布される豪奢な車などではなく、日本で言うところのミニというサイズだ。
そこに大人が四人も詰め込まれているのだから堪らない。
運転席には第零大部隊幹部、ルーディ・クレータがヘッドフォンをつけて座り込み、助手席に個室を作るような格好でルヴィア・レイセン・マシェルアが座り込んでいる。その手には携帯ゲーム機が握られていて、しきりに指が動かされていた。ゲーム機から伸びるコードは耳につけられており、イヤホンであることがわかる。
必然的に、後ろの席は幹と攸貴になるが、先ほどから二人の間に会話はない。攸貴は窓の淵に肘をかけながら外を眺め、幹は先ほどから通信端末を使って現地に居る【ワイバーン】達と連絡を取っているからだ。明かりの無い車内で白い紙に次々と指示命令を書いていく。
「……はぁ? 話が違うじゃないのよ、ちょっと左右木出しなさい」
幹の声音が変わったのを攸貴は感じ取った。なにか問題でも起きたのだろうか。
「だから、その配置だと無理があるって言ってんでしょ。そこはあんたらに任せてあたしたちは奥に行くって……は? 奥に行けない? 何その冗談」
イライラと幹が貧乏ゆすりを始める。その様子を感じてか、前の席に居る二人がイヤホンとヘッドフォンから出る音量を操作したのがわかった。
「だぁから、あたしらが奥に行くって言ってんでしょ! 奥に行けないってどういうことよ、ちゃんとそっちで指示だしてろって言ったじゃない! なんでわっかんないのかなぁ、ねぇ?」
手に持たれたボールペンが折れた。せっかく幹がストレス発散に壊さないようにとアヤセが強度を調整してくれたと言うのにもったいない。
「だから、なんで奥に行けないの! 【ミディアン】に遠隔操作型なんているわけ……は? ちょっとなにそれ。聞いてないわよ」
途端に、幹の声が大人しくなる。これは異変だった。
「……ええ、ええ。分かったわ。それじゃぁ、先にルヴィアと黄優を向かわせる。先行隊の安全確保を最優先して。じゃぁ、幸運を祈るわ」
プチ。
回線が途切れた。いつの間にかイヤホンを外していたルヴィアが、幹を振り向く。
「さて、どうしたんですか? なにかただ事じゃない上に僕、走らされるような気がするんですけど」
「その通りよルヴィア。先に黄優と一緒に現地に行ってちょうだい」
緑髪の美人はその言葉に眉をひそめた。彼女が反論する前に、幹は窓を開ける。
「黄優! ちょっと降りてきて!」
「はイよォ」
幹の一声で、空中を飛んでいた黄色い人物が車の高さに合わせて並走し始めた。2mを超える長身を誇る第零大部隊幹部星屑黄優が、黄色いゴーグルの下でにこりと笑った。独特の訛りのある声が、窓を開けた車内に響く。
「なンカさッきカら車ノ中で楽シイこト言ッてタねェ、どウしタの」
「ルーチサンスの村で、成体アスクリアが五体見つかったそうよ」
幹の言葉に、全員が戦慄した。
「向こうは【ミディアン】用の装備しかしていってなかったらしくて、現在苦戦中。先行隊が足止めをしているから、合流地点より先には入れていないらしいわ」
「つまリ、助けレばいインだネ?」
「そうよ。ついでに、この事態はあたし達も想定外だったから、先にルヴィアと黄優、あんた達二人で様子を見てきて欲しいの。頼めるわね」
「了解です、隊長」
「わカッたヨぉ」
幹の言葉に頷き、黄優はそのまま速度をあげて低空飛行のまま車を追い抜き、ルヴィアはゲームのセーブをし終わると車から飛び出して走り出した。
「……分かったわね、ルーディ。予定変更よ」
「はっはぁ! なるほどなるほど刺激的だねぇ、そういうの嫌いじゃないぜ南街隊長!」
銀髪に金色のメッシュを入れている、薄緑色の眼鏡をかけたルーディがハイテンションに言葉を返す。黄優もそうだが、この部隊にはあまりにも気軽に金色をファッションに取り入れている人が多すぎると攸貴は思った。
この国では、金色は異端だ。金髪なんて即刻処刑でもおかしくないレベルだ。しかし、この部隊はそれを許される。まったく意味がわからなかった。
「飛ばすぜぇ、しっかりつかまってろよ!」
「木偶、掴まっちゃだめよ。多分取っ手には全部振動感知式の爆弾ついてるから」
「大丈夫、知ってる」
「ノリが悪いねぇ! ちょぉっとやけどするだけだってのに! でもその慎重な性格もひっくるめて愛してるぜ殺し合おうぜ隊長さんよ!」
「お断りするわルーディ第零大部隊幹部」
「そんな業務的な所も憎めないなんてあんたは最高だね!」
やたらと高いテンションに辟易した様子の幹は、自分の両腰に刀が差さっていることを確認した。そして、激しく揺れる車内で自分の体のいたるところにある武器を確認する。
それが終わった後、通信端末をいじってアヤセに今回の事件を報告しようとする。しかし、通信端末の画面を見たその瞬間に、そのことが夢に終わったと分かった。
【ミディアン】退治がアスクリアの討伐任務に変わり、しかももう一件面倒なことがあるとなると、これは相当長引くなと幹は覚悟をし、本当に面倒なことだと半ば自棄になって端末をしまった。
端末画面には「通信不可、緊急信号」の文字が流れ続けていた。
豪快な爆発音とともに、黒い車体が限界速度を超えて荒野を走っていく。
日が、沈もうとしていた。