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【  Nightmare like ringing in the ears  】

同じく【  Nightmare like ringing in the ears  】の続きです。二話構成になっています。ちょっと…長いです。

 ‡


 秋房攸貴は、異邦人という言葉がとても似合ってしまう身でありながらつい最近までごく普通の男子高校生だった少年だ。

 大学受験をAOで突破し、学科も決まり、その先の生活を夢見て同じ学年の男子と将来のことなんて微塵も考えずに遊ぶような、どこにでもいる矛盾にあふれた少年だった。

 しかし、つい最近その日常は崩れた。意味の分からない女性に飛ばされた土地は5000年後の未来。場所は聞いたこともない『サラマンドラ王国』なる戦争国家。しかも死にたくなかったらこの世界の未知の生物と戦え、とまで言われる始末。18年分の歳月しか重ねて来なかった攸貴には、あまりにも重い現実だ。

 この世界には、人外の生物『アスクリア』と言うモノが存在している。それを打ち倒すことができる能力を持っているのが『異能者ガルム』と呼ばれる能力持ち。『異能者』の能力には『アスクリア』を破壊するのに適した力が付随しているらしい。

 『異能者』は大きく分けて三つのタイプになる。

 まず、『身体増幅型』自身の体の一部を強化する能力。

 次に、『知覚型』自分の脳を強化し、集中や情報収集などにかりだされる能力。

 最後に、『遠隔操作型』自分の目で見た物体の分子、もしくは原子を操ることのできる能力。

まるでゲームの様な力だが、秋房攸貴もその『異能者』にカウントされる人物らしい。らしい、というのは確証がないことを表す。

 アスクリアとの戦いに特化したこの世界の科学者ですら、彼の能力を判断できないのだ。そして残念なことに、秋房攸貴本人ですらその能力を存分に使うことはできない。

 彼の能力はある場所でのみ絶対的な力を発する。しかしそれはあまりにも限定的だ。能力の使用は、『南街幹』という一人の人間と一部素肌を重ねることで発揮される。

 ……なにも、イヤらしいコトを言っているわけではない。要するに、手を握ったり眼つぶししたり髪をひっつかんだり首を絞めたりすればいいのだ。例にあげた一部では攸貴本人の身体機能に問題が出るため実行はできないため、普段使うのは手を握る、という一般的な方法ではあるが。

 過去の例をあげて、外部の力に影響されて力を発揮する異能者は多数存在したが、外部の『異能者』の力を借りて力を発揮する異能者は今まで発見されたことがなかった。その上、他の能力者にみられる力の『根源』というものが秋房攸貴から見られない。

 こんな珍しい検体は今までいなかった。そのため、彼は内外部から狙われることとなり、しかもそれを狙っているのは王族も含まれているというのだから野放しになどできない。

 そこで、南街幹とともに行動でき、任務と言う大義名分を得られる一つの部隊に彼は放りこまれた。

 サラマンドラ王国、禁忌の部隊『第零大部隊』に。


 ‡


 能力を使うごとに、何かが頭の中で明確な形になってくる。記憶の隅に居る、南街幹に似た少女が、記憶の中で人間になっていく。しかし、彼には能力を自由に使えない。使う術がない。南街幹が使わせない。

「……俺って、一体何なのかなぁ」

 ため息は、ステンドグラスの天井が美しい錬武場に虚しく響く。

 ステンドグラスにはこの国の国教の唯一神でもある『蒼姫様』なる異能者が描かれている。なんでも、全ての異能者祖先であり、アスクリアに脅かされる人類を救ったにも関わらず、救った人類によって月に封印されてしまった悲劇の人なんだそうな。

 そしてさらに言うなれば、現在この世界に蔓延っているアスクリアは、蒼姫と同じ自分たちを駆逐する能力を持つ現異能者を憎んでいるからだそうだ。

 ――あたしは、『蒼姫』よ

 以前、憎しみの色に目を染めながら自分にそう言った幹のコトを思い出す。この世界で『蒼姫』を名乗って良いのは法律で宗教の唯一神である『蒼姫様』だけだと決まっているらしい。それを、何故彼女が名乗っていたのか。攸貴には分からない。しかも、彼女が名乗ったのは『二つ名』というもので、国に仕える異能者全てに皇帝が与える限りあるものだ。それは、彼女が勝手に名乗ったわけではないことを指し示す。

 この国には『蒼の一族』と呼ばれる『蒼姫』の子孫と呼ばれる最高位の貴族が存在するが、彼らの頂点に立つ人物でさえ、『蒼姫』の名を名乗ることは許されない。

 分からないことはもう一つある。この国には『全てを庇護下に置く存在』という意味を持った『大部隊バシリスク』という部隊が存在する。一から四まで存在するこの部隊はありとあらゆる特権が許される異能者のみで構成される部隊であるが、秋房攸貴が所属する『第零大部隊』は大部隊でありながら大部隊にあらず。『存在すらも許されぬ存在』という意味を孕んでいる。第一から第四までの大部隊は産まれたての赤ん坊だって知っているが、第零大部隊を知っているのは限られたごくわずかの貴族と、それの半分くらいの上層部だけだ。

 南街幹は、その第零大部隊の隊長。

 禁忌の部隊の隊長でありながら、『蒼姫』の二つ名を賜る南街幹。彼女は一体何なのか。彼女とともにこれからを過ごす身でありながら、あまりにも自分は無知だ。

「南街は聞いても教えてくんねーし……どうしたもんか……」

 別に彼女のことを深く知りたいとは思わない。自分の立場は自分がよく知っているからだ。わがままは言わない。

 だけれど、だけれどもほぼすべてのプロフィールを知らないと言うのはあまりにも不人情過ぎやしないだろうか。

 まぁどうせ、今に始まったことでもないし仕方ないかと、冷たい床に寝転がる。どうにもならないことに思考を裂くのはあまりにも不毛だ。

「それにしても南街のやつ……おっせぇな……」

 ぼそりと呟くと、短い空気の音がしてドアが開いたのがわかった。

「お、噂をすれば影ってやつか……て、え?」

 さっさと鍛錬しようぜ。と攸貴がせっつかせようとドアを振り向けば、そこに居たのは青い髪の男女おとこおんなではなく、暗い紫色の隊服でほぼ全身を覆っている大男だった。

「……誰だ、貴様は」

「ええと……」

「黒の服……またか。しかし、大部隊ではないな。名を名乗れ」

 まずい。と、攸貴の背中に冷たい汗が流れる。第零大部隊は普段『大部隊統括軍団長護衛隊』としての顔を使った時のみ表舞台に出ることが許される。

 しかし、大体にして第零大部隊のメンバー自体が他の部隊に知れ渡っていない。正しくその存在を理解しているのは各大部隊隊長と幹部。そして護衛官の存在を知っているのは幹部直属部下まで。

 目の前の男性が平隊員であるならば、自分の存在を知っているわけがない。

 それでいて命の危険なんてないだろうと人は思うだろうが、残念なことにその可能性が捨てきれないのが悲しいところだ。

 各大部隊には、その隊に応じたカラーというものが存在している。第一は白。第二は赤。第三は緑。第四は紫。貴族は水色。『蒼の一族』と皇族は美しい青色。今攸貴が着ている服は黒。この大部隊と皇族と貴族しかいない要塞の中で、彼の服装は異端であった。

 しかも今は閣下護衛を表すマークがついた軍服は脱いでいて、自分を証明する身分証が一つも存在しない。

 そんな不確定要素が大部隊御用達――しかも、『蒼姫』のステンドグラスがあしらわれた一等上等な場所――に居るとなれば、即刻切り捨てでも文句は言えない。いや、文句はあるのだが。

 目の前の男性は紫の隊服。階級を表す飾りが見えないところをみると、平隊員だろう。

 平隊員程度の技ならば避けられる自信があるが、幹のように攻撃はできない。それに避けたら一般人でないことがばれる。説明が面倒になる。いや、面倒になっても避けなければいけないのだが、避けたら仲間を呼ばれる。いっそ小隊全てを呼んでくれたら小隊長も来てくれるだろうから、自分を分かってくれるだろうが上司に知らせず部下だけで片付けたいと思うのが部下と言う物だ。そういう見栄を大事にする生き物だ。

 もう後は第四の隊長である屍の教育に期待しよう。彼が護衛隊の存在を知っている可能性にかけるしかない。

「あー……あの、俺は、いや、私はですね、決して、決して怪しい者ではなく……閣下……なんだっけ。えっと、南街隊長が管理をする……」

「南……街?」

 男の眉が、ピクリと動いた。

「そう! 南街隊長ですよ! だから、決して怪しいわけではなくてですね!」

 南街幹の存在を知っているとなれば、護衛隊のことも知っているかもしれない。さすが屍隊長。大部隊一の淑女と言われるだけある。彼女の婚約者の高柳聖が統括する第二大部隊隊員だったら確実に殺されていた。あとで菓子折りでも贈ろう。

「みツ……け、タぁ……」

「……!」

 声が変わった。

 男はフードの下で精悍な顔つきがニタリと表情を変えて攸貴を見る。その瞳は、この世界に来てから攸貴が見慣れてしまったものだった。

 人外の害獣。アスクリア。おそらく任務先で寄生されたのだろうが、権門でチェックされるはずなのに、この男は目の前に居る。

 一体どんなイレギュラーだと、攸貴は舌打ちをした。右手首に腕輪があることを確認する。

 同時に、男の腕に巨大な鎌が出る。正式な戦闘大部隊隊員に配布される第一大部隊化学班特製の武器だ。それの有能さと正しく使った時の凶悪さは、その身を持って知っている。

 鎌が大ぶりで振られる。その際出た衝撃派が拡散して乱れる。不規則な刃になった衝撃は、刃となって襲いかかってくる。

 ――狙いが定まってない……撹乱か

 全てを寸でのところで避け、冷静に分析する。大鎌での戦闘は最初に攪乱をさせ、敵が衝撃派の群れから逃れたところを決定的な打撃で決着をつける場合が多い。

 また、戦闘が長引いた場合は相手がリーチの問題上距離を取りたがるので懐に入って急所でも蹴りあげればいい。長物は一点動きの場所を決めて攻撃することが多いから、大体体術や例外の対処はおざなりなのだ。

 動きの方向は、攻撃の群れから逃れる横ではなく、縦。放射状に延びる攻撃はその原点に近づくにつれて避けることが難しくなるが、ある程度近づいてしまうと方向転換が難しい武器であるため、避けることを躊躇しなければそれで良い。

 ある程度近づけば、予想通り攻撃をこちらに集中させる。踏み込んだ左足を勢いよく右に方向転換させ、元陸上部短距離選手の健脚を生かし、大股で男の懐に飛び込む。

 この間、一切の恐怖がなかったかと言えば確実に否だ。元男子高校生。現代っ子。チキンの代名詞のような人間が怖くないわけがない。しかもつい先日まで喧嘩とすら無縁だったのだ。

 だからこそ、秋房攸貴は生き残れていると言うのだが。

 この世界に来て、南街幹と行動を共にすることを余儀なくされてからというもの、攸貴が徹底的におぼえこまされたのは『恐怖を忘れない』ということだ。ある程度戦闘に慣れてしまうと、大体の者が気を緩める。そして、それは死につながることであるが、同時に戦闘員として急速に成長する一手である。

 だが、秋房攸貴にはそんな時間は与えられない。当然だ。四六時中命を狙われている人間に、そんな実験的なことはさせられない。実習訓練中に殺されることも、研究材料として幽閉されることも考えられるのだ。

 短期間で生きる力を見につける。

 それが秋房攸貴に課せられた使命だった。

 そのために大部隊本部が考えた対策は、巨大な武器を操ることでも、大火力の重火器を持ち歩くことでも、体術を身につけることでもない。

 『全ての攻撃を避け切ること』

 秋房攸貴が短期間で身につけられたのは、たったこれだけのことだった。いついかなるどんな時でも、全ての攻撃を避け切れれば攻撃をすることはない。体の強化手術も、最低限の腕力と脚力だけに施された。

 そしてその『避ける』という最弱のコマンドは、時として最大の『凶器』へと変貌する。

 秋房攸貴は懐に飛び込んだ。小隊員の狼狽が見て取れる。そして、手首につけている腕輪を彼の眼前にかざした。

「っ!」

「よっし、やったか!」

 明るい室内では分かりにくいが、腕輪からは瞳の網膜を焼く光が放出されていた。これは、第一大部隊隊長アヤセ・R・セイルが考案した、敵を攪乱する武器だ。秋房攸貴が唯一もつ武器だと言える。

 避けるだけでは現実的に考えて無理がある。適度に相手を混乱させる道具が必要だと言う意見から作られた物だ。しかしながら、大半の任務の相手である高位のアスクリアになれば、その回復能力によってこの程度の傷は簡単に癒されてしまう。本当に些細な混乱しか期待できない。

だが、相手はアスクリアが寄生しているとはいえ、人間だ。瞳を焼かれると言うのは正直堪えるだろう。

「うう……ぐぅううっ」

「はやく、南街に連絡しねーと……!」

 このアスクリアの回復能力がどれほどなのかということは想像できない。この世界に来てから想像ほど恐ろしいものはないと秋房攸貴は痛感していた。だから想像しない。

 男には微塵も悪いと思っていない。何せこっちも死ぬ寸前だったのだ。

 アスクリアから五メートルほど離れ、入口に立ちながら端末をいじる。すぐに【南街幹】の名前を選んで電話をかけた。

「……あれ?」

 コール音がしばらく続くと、すぐに切れてしまう。何度もかけるが結果は同じだった。

 南街幹には、秋房攸貴を守る義務がある。必ず飛んでくると自負している。だというのに、敷地内でどうして電話が通じないのか。攸貴の番号はたとえ電源が切れていても幹の携帯に届く仕組みになっていると言うのに。

そういえば、自分に災厄が降り注いでいるのに南街幹や他の大部隊隊員が来ないのは初めてだと、攸貴は気付いた。

 そして、強烈な違和感を覚える。秋房攸貴は要擁護対象だ。彼にはプライベートが存在しないほど粒子型遠隔カメラが張り付いており、アヤセ・R・セイル、もしくは第一大部隊の目が届く範囲でそれが無くなることは絶対にない。

 しかもここは《大部隊が存在するための施設》だ。アヤセの目が届かないわけがない。では、どういうことか。秋房攸貴はすぐに結論を出した。それはおそらく、想像しうる限り最悪の結論だ。

 勢いよく第四大部隊隊員の方を見る。そこには、目を焼かれた隊員が寝転がっていた。その傷跡が回復する様子はない。

「マジかよ……!」

 急いで入口を出る。否、出ようとする。その行為は、止められた。

 自分の腰ほどに感じる強烈な力。嫌な予感しかしなかった。

「ナン、がい……に、あう、の」

 振り向いた先には、小さな子供がいた。十二歳くらいだろうか。子供がいることは疑問だが、すぐにその疑問は解消された。

 所々腐食している体は人外を示す。そして、その決定打はやはり瞳だった。

 腰のあたりに腐食した手が伸ばされると同時に、それが自分の体内に入ってくる感覚を、秋房攸貴は絶望することもできずに感じていた。

Nightmare like ringing in the ears

【それは耳鳴りに似た悪夢】


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