【 It begins and begins 】
【 It begins and begins 】
音を切り裂いて存在しているような静けさの中、荒い息だけが木霊していた。
それは、まだ未発達の少年のもの。彼は必死に何かから逃げようと足を前へ前へと進めている。
その後ろを、紫色の風が目に見えぬ速さで飛んでいく。飛ぶという言葉には語弊があるが、足場を作る時間を極力短くし、短時間で長距離を跳んでいるため、言葉に間違いはないだろうと思える。
飛んでいるのは、一人の男だった。
紫色の服に身を包み、手には小さなチェーンがあった。
「No,03。識別、解除」
その言葉でチェーンは形状を変えて身の丈ほどの鎌へと姿を変える。
鎌の重さで若干動きが鈍るが、夜間での活動のために作り上げられた肉体は、直ぐに少年を射程圏内に収める。そして、筋力が増幅された肩で鎌を振り、投げた。足を取られた少年は、その場に倒れこむ。
足が切られなかったのは幸いと言うべきか不幸と言うべきか。しかし極度の打撲で動けなくなってしまった少年の頭を掴むことなど、彼にとっては造作もないことだった。
「No,03、個体9-888901確認しました。処理に入ります」
『了解。気をつけなよ。もう五人もやられてる』
聞こえてきたのは、少年とも少女ともつかない声。明らかに年下の物だと分かってはいたが、それでも彼が異議を唱えることはなかった。
「了解」
一言だけ言って、再び少年に目を向ける。同時に、それはやってきた。暗闇から伸びてくるように腐食した腕が彼の体に絡みつき、顔へ、体へ、ずぶずぶと埋まる。
「――――――!」
『03? どうした?』
いきなり、途絶えた男の声に、通信の向こうに居る子供が焦れたような声を出す。しかし一向に返事はない。
リミットは三分。それまでに返答がなければ応援が必要だ。子供は正確すぎる体内時計で時間を計り始めた。
「申し訳ありません、アヤセ隊長。取り逃がしました」
2分52秒3659秒後、男からの返答があった。
それは想像するに最悪な結果ではあったが、なるほど、無事ならばそれでいいだろうと結論付け、唯一の生還者である彼から訊かなければいけないことを頭の中で計算し始めた。
『分かった。じゃぁ、そのまま本部に行け。現状と相手の能力、二つを合わせて報告して来い』
「了解」
短い返事とともに通信が切られる。
『彼』は立ち上がりその場を後にした。男の脳内を読み取り、本部の正確な位置を割り出して、男の能力を使い走り出す。
その場には、誰も残っていなかった。
It begins and begins
【始まり、始まり】