Connect
「何日、待ったかな。あんたが大物だとうれしいね」
女はレイジを見下ろして悦に入っていた。
その態度にレイジは反感を抱いた。他人を下に見る態度が不快でたまらない。こんな女に手玉に取られたことが悔しい。だが、罠にかかったのは自分だ。アライアンスのメンバーでありながら、店長たちに情けない姿をさらしてしまった。
「なんと、このところネットワークの調子が悪かったのは、あんたのせいか!」
ようやく事態を飲み込めてきた店長が、怒りで顔を赤くした。詰め寄る店長の頭上で、照明が破裂した。店長は逃げ腰になる。
「コンソールは壊したはずだ」
負けは認める。だが、コンソールがないのにもかかわらず、攻撃を仕掛けられた理由がわからない。
「そのサングラス、いい値段だったのにさ」
女の言葉を聞き流し、レイジはコンソールに防御プログラムを展開した。ささやかな抵抗を試みる。
データは盗まれ続けていたが、プログラムはうまく起動した。処理の重いツールなだけに、完全に防御態勢が確立するまで時間がかかる。途中のプロセスで、どれだけデータコピーを邪魔できるかが肝だ。
「弁償してやるから、名前と住所と連絡先を教えてくれよ」
プログラムを気取られないようにするため、レイジは軽口を叩いて注意を引いた。
「ナンパでもするつもりかい? 彼女がいるってのに、お盛んな猿だね」
顔を赤くしたレイジは女を睨み付けた。
「恐い顔するじゃないのさ」
「悪いか」
真面目に受け答えてしまう自分に、レイジは舌打ちした。これでは女のペースだ。
「お前のコンソールは、サングラスじゃないのか?」
「あんた、もしかして眼鏡タイプしか見たことないの?」
「なんだと」
女の瞳。その中に円があった。
「うちの組織は、コンタクトタイプを開発しているのさ。まだ試作品だけど」
「何者なんだ」
コンタクトがモニタになっているのだろうか。本当だとしたら、相当な技術だ。レイジは噂も耳にしたことがなかった。
「ローグアライアンス。ベタで悪いけど、悪の組織よ」
女は煙草に火をつけて、煙を吹きかけた。レイジの視界が白くなる。警告は表示されたままだ。
防御プログラムが侵入状況を映し出した。データコピーは専用ツールを使われていた。最適化されたプログラムで、性能が極めて高い。防御プログラムは間に合いそうもなかった。
「そんな組織、聞いたことないね!」
レイジは意を決して実力行使に出た。拳を振りかざし、詰め寄る。腕力は並だったが、女に負ける気はしなかった。
女の足が腹にめり込んだ。レイジは呻いて転がった。
「知らないだって? 大物じゃなかったかい」
見てわかるほど、肩を落としていた。
「うるさい」
レイジのアイモニタから警告が消えた。情報が抜き去られ、通信が完了していた。
「しょうがないわね。あんたのデータに、宝が眠っていることを期待するよ」
彼女は店長に札束を放った。店長は「ありがとうございました」とお辞儀をした。
「待て!」
女はドアの前で振り返り、丁寧に腰を折って礼をした。頭を上げた彼女の顔が真っ青になった。
「なに、なんなの!」
アイレンズに警告表示が浮かび上がっていた。
「畜生! 誰よ、誰なの」
コンソールに自己崩壊プログラムのカウントダウンが始まっていた。あわててコマンドを打つが、強制終了は受け付けられなかった。
「何がどうした」
痛みを堪えて立ち上がったレイジのコンソールに、通話アプリケーションのアイコンが点滅した。
アキラだった。レイジはイヤホンマイクを拾い上げた。
『レイジ、大丈夫』
「あ、ああ」
『よかった。急に通話が途切れたから、何かあったと思ったの』
アキラは乱れた髪を撫でつけて、薔薇を挿し直していた。額がじんわりと汗ばんでいた。何か必死に作業していたことが窺えた。
「そうか、あれはお前がやったのか」
ローグアライアンスの女は、パニックになっていた。
『うん。何か情報が盗まれたようだったから、危ないと思って。あ、中身は見てないよ』
「何でアクセスできるんだ? ルータの接続は切ったはずなんだが」
『えと、タウンのネットワークを借りて……』
アキラは言葉を濁した。レイジの顔から血の気が引いた。
ネットワークには、インターネットに包含されるタウンネットワークと、カフェなどの小さいネットワークがある。それらは、お互いに干渉しないように分けられていた。ネットワーク資源の有効活用とセキュリティの確保のためだ。
両者を結ぶのがルータである。レイジが接続を切ったのは、カフェの外側にあるインターネットだ。そうすることで、インターネットからカフェに通信ができなくなる。だが、今は遙か遠いところにいるアキラとレイジの間で、通話が成り立っていた。
『急いでたんだもん。ちょっとくらい、繋げてもいいと思うの』
「いじったのか」
ルータを介さずに、インターネットとカフェのネットワークが接続されていた。本来の設定を変更し、同じ条件にすることで、同一のネットワークになる。通話ができているのはそのためだ。
「なんてことをしたんだ」
アキラはタウンのネットワークをいじった。本来の機能は消失している。
タウンネットワークは、店などの小ネットワークを統括する役割がある。広い意味でのインターネットに属しており、街と街のネットワークの仲立ちもしていた。それが使えないとなると、大規模なネットワーク障害に発展する。
『しかたないじゃない。情報を盗まれてもいいの? アライアンスの情報漏洩なんかあったら、レイジ兄ちゃんのクビじゃすまないよ』
「ううむ」
言われてみれば、妹のしたことのほうが被害は少ないかもしれない。アライアンスの情報は機密性が高く、部外者の目に触れたら一大事だ。
「わかった。あの女のコンソールを無力化したら、すぐに元に戻してくれ」
『はーい』
レイジは、罪悪感を感じてなさそうな妹に頭を痛めた。
技術はあるが、倫理観が乏しい。そんな妹に、彼は嫉妬していた。自分より数段上のスキルを持っていて、判断力もある。向こう見ずではあるが、自分にできないことを平然と行う妹を羨ましく思っていた。
『そうそう、今度、動物園に行きたいんだ』
あどけない笑顔がこぼれていた。ご褒美を欲しがる子供の顔だ。
レイジはたまらず顔を綻ばせた。彼女の顔を見ていると、自分の暗い感情が馬鹿らしくなる。妬みは霧散し、羨望は尊敬に変化する。
「ああ、そのうちな」
妹とのデートは、アライアンスへの申請が必要だった。今回の失態で、レイジの評価が下がるのは避けられない。しばらく時間を置かないと、申請書の提出は無理だ。それが残念で仕方がない。
「待てよ」
もっと悪いことがあった。妹の行為がアライアンスの知るところになれば、何らかの処分が下されるおそれがある。彼だけでなく、アキラにも不利益になる。
アキラは許可がない限り、ネットワークに接続することを禁止されていた。肉親に会うだけなのに、レイジはその都度、申請書を提出していた。それがアライアンスとの取り決めだ。
今、彼女は無許可で、しかも不正アクセスをしている。このことがばれたら、ただではすまない。
「アキラ、すぐにセッション切るんだ。ログとかの痕跡も、完全に消しておくんだぞ」
隠さなくてはならない。そうするには、妹の実力が頼みだ。彼女ならば、ひとつの痕跡も残さず、事実を隠蔽できる。
『え、いいの? そんなことしたら』
「兄ちゃんが許可する」
『わかったー。じゃ、またね』
「ああ、またな」
レイジは明るく返事をするアキラに手を振った。
素直な妹だ。素直で正直すぎる。だから、彼女は罪を負った。
国家的重要人物の著作権侵害をあばき、大手サイトの掲示板に掲載してしまったのだ。名誉毀損で訴えられたアキラは、人里離れたエリアに収監され、現在に至る。
「早く自由にしてやるからな」
レイジはアライアンスでの出世を望んでいた。地位が高くなれば、発言権も強くなる。そして、アキラの刑罰を緩和する権力を握ることができると信じていた。
レイジはショックで項垂れたままの女を拘束した。アキラにクラックされて、彼女のコンソールは完全に破壊されていた。
実績をあげることが出世への近道だ。ローグアライアンスと名乗った女のコンソールを解析すれば、彼らの組織の技術がどの程度かわかるはずだ。評価もあがるはずだ。
「大物だといいんだけどな」
どこかで聞いた科白だと気づき、レイジは眼鏡を揺らして笑った。
わかりずらい話だったかもしれませんが、
最後まで読んでいただいた方がいましたら感謝いたします。
ありがとうございました。




