Investigation
「また、開かなくなったぞ」
店のドアが再び閉じられていた。鍵を差し込んでも、動かない。
「うわ、なんだ」
コーヒーメーカーからコーヒーが溢れ出していた。ジューサーが急速回転、停止を繰り返す。照明は明滅し、オーブンのスイッチがオンとオフを繰り返した。
女性客が悲鳴を上げると、子供が泣き出した。
「遮断したはずだ!」
レイジは、ルータからインターネットへの通信を切断していた。ネットワーク攻撃は無効にならないとおかしい。だが、現実に店内の機器は勝手に動いていた。
「店長」
レイジは、泡を吹きそうな店長に、ネットワーク攻撃されていることを告げた。一時的な対処はしたものの、完全には排除されていない旨を急いで説明する。
「サーバを見せてくれないか」
「しかし」
店長は疑いの表情だ。レイジを信用していいものか、判断できないようだ。ネットワークはザルだが、懐疑心はある。
「俺はこういうものです」
レイジはポケットから手帳を出して見せた。店長は眼鏡を出して、手帳に入ったカードを確認する。店長のアイモニタに、レイジの個人IDと役職が浮かび上がった。
「サイバーアライアンス!」
店長の態度が豹変した。
サイバーアライアンスとは、インターネットなどの仮想空間の治安維持を目的として運営されている組織である。
どこにでも張り巡らされているネットワークは、あらゆる犯罪の温床となる。現実と違い、距離はほとんど意味をなさないため、世界のどこからでも犯罪を起こすことが可能なのだ。
現実世界の治安は警察などが対応しているが、仮想世界では高度な技術を持つ限られた人材しか対処できない。それをカバーするために発足したのがサイバーアライアンスだ。
その名の通り、各国の警察、軍、優秀なエンジニアなどから構成された組織である。普段はそれぞれの仕事をしながらも、有事には事案に対処することを求められる。それ故の同盟――アライアンスだ。
「こちらです」
案内された部屋に、小型サーバが埃を被っていた。
「あまり良い環境ではないな」
店長は申し訳なさそうに頭を下げる。
レイジは、アライアンスのなかでも数少ない専務員だった。兼業することなく、アライアンスの中核として働いている。そのため、技術以外のものにも目を向けてしまうクセがあった。
セキュリティだ。
「ここには、誰でも入れる?」
「ええ、まあ……そういうことになりますかねえ」
店長は言葉を濁した。セキュリティの弱さを指摘され、目が泳いでいた。
レイジは腕を組んだ。部屋には鍵がかけられていない。従業員ならば誰でも入れる。身内に犯人がいないとも言えない状況だった。
「サーバを調べる」
今はセキュリティについて指摘する場面ではない。言いたいことを飲み込み、サーバの分析に取りかかった。
「ないか」
想定したのは、サーバに不正プログラムが存在する可能性だった。
インターネットが遮断されても、サーバ内に残されたプログラムが攻撃を継続する。プログラムは時間をおいて発動したり、何かを契機としてスタートするという手口もある。レイジがルータをいじったせいで、プログラムが開始されるように作り込まれていたら、知らなかったこととは言え、幇助になりかねないのだ。
幸いにして、そのようなプログラムは見当たらなかった。
「何か、わかりましたか」
レイジは指を拭った。埃まみれのサーバのキーボードはいささか不快だった。
「不正プログラムはなかった。しかし……これだ」
サーバのアクセスログを調べた。誰かがサーバを操作すれば、必ず痕跡が残る。最後に記録されているのは、当然レイジだった。その直前の時間に、別のアクセスログを発見した。
「あ」
「くそ」
突然画面が消え失せた。
キーボードを叩いても反応しなかった。サーバの電源ランプは点灯しており、ハードディスクが動いているのは確かだ。だが、画面に何も表示しない。
「都合の悪いものは見せないってことだな」
サーバの映像出力だけがカットされていた。攻撃を継続するためには、サーバは停止できない。だから、映像のみ停止したのだ。
「……犯人が絞り込めた」
「え、そうなんですか?」
店長もレイジも、通信記録に記載されていた者が誰なのかは、目で追いきれていなかった。だが、レイジはあることに気づいていた。
「犯人は、店の中にいる」
レイジはアイモニタをかけ直した。




