正月といえども
何の前触れもなく、インターホンが鳴った。
「あけましておめでとうー! 今年もよろしくー!」
突然の来客に、気怠い頭で玄関の扉を開けると、見慣れた顔にいきなりそう言われた。
「お、おう、おめでとう……って、何でここに……?」
目の前の人物が予想外すぎて、驚きを隠せない。
「んー、新年のご挨拶に?」
一色は、何でもないことのようにそう言って、にかっと笑った。
「来ちゃった」
「……っ」
俺は、軽く頭をかいた。
逸る鼓動を落ち着けるように、深く息を吐く。
「……今日2日だけどね」
「あり? 元日は一応遠慮したんだけど、駄目だった?」
「……まぁ、駄目……ではない」
「へへ」
俺は、この笑顔に弱い。
とりあえず、こんなに寒いなか外で立ち話なんてのは忍びないので、部屋に招き入れる。
「……ちゃんと自分家帰りなよ?」
「んーどうかなー」
「……泊まっていく気かよ」
あきれたような声になってしまったけれど、悪くないと思っている自分には気づかないフリをした。
大学進学と同時に上京してきた一色も俺と同じく一人暮しで、ここからさほど遠くないところにアパートを借りている。だから俺たちはよくお互いの家に集まって遊んでいて、そのまま泊まっていくことも少なくなかった。
とはいえ、正直こんな新年早々に来るとは思っていなかったので、何だか不思議な気持ちだった。
「いいじゃんいいじゃん、唐揚げ持ってきたぞー」
一色は両手にビニール袋を持ったまま器用に靴を脱ぐと、慣れた足取りで俺の横を通り過ぎる。
「木下、好きでしょ?」
一色は、首だけで後ろに立つ俺を振り返って、黒目が見えなくなるほどグッと目を細めて、いたずらっぽく笑った。
「それは……うん」
一色が笑っていれば、すべて正解な気がした。
「ううー、さむいな」
いつも通りに部屋にあがった一色は、「これ、つけていい?」とことわってからゲーム機の電源を入れる。
俺はエアコンの温度をあげてから、一色が用意してくれた二つのコントローラーのうちの一つを手に取った。
「……」
なぜか一色がこちらを見つめていて、はやく遊びたいから座ってということなのかなと思って、一色の隣に置かれているクッションの上に腰を下ろす。
「いつもの?」
「おう」
俺が尋ねると、嬉しそうな笑顔と返事が返ってきて、胸がグッと苦しくなった。
コントローラーを操作して、いつものカーレースのゲームを起動させる。
「今日の俺は一味違うかもしれない」
「どういうことだよ」
「やればわかる……はず」
頭にハテナを浮かべている俺に構わず、一色は迷いなく自分のアバターや車を選んでいく。
俺もいつもと同じアバターと車を選んで、レースがスタートした。
しばらく走っていても特に何か起きるわけではなく、一味違う宣言がきになっていた俺が、横目でチラリと一色の様子をうかがった、そのときだった。
「うおっ、なんだそれ!?」
「はっはー! 驚いたかー! とくとみるが良い、俺の必殺技を……!」
「……っ、ははっ」
必殺技と言われた体当たりによって、俺が操作していたアバターにかなりのダメージが入った。
「やば、負けそう」
「手ぇ抜くなよ?」
「たりめーだろ」
普段は勝負事なんてどうでもいいけれど、一色にはなぜか負けたくないと思った。
俺はその一心で、目の前のレースに集中する。
一色を追い抜かそうと必死になっていると、一色のアバターが急にコースを外れた。
「……あ」
「――っしゃ!」
その隙に追い越すことに成功し、俺が一位でゴールした。
「うわあ、負けたぁぁぁ」
悔しそうな一色はそれでも笑顔で、なんだか安心する。
「ふふん、どうした急に、弱くなったな」
「え? あー……ちょっとよそ見した、かな?」
一色は俺から視線を外して、窓の外をみながら頭をかいた。
「ふうん? まあ勝ちは勝ちだ」
「うん。あーくやしい! もういっかいだ!」
「おう」
俺の返事をうけて、とても嬉しそうに笑う一色の周りには、やわらかな光が散っているようだった。
それからも、お互いが勝って、負けて、何回やったか分からないほど遊んだ。
ここがどこかも、今何時かも何もかも忘れて、熱中していた。
「はぁー、笑い疲れた……」
「だなー。なんか食べるか」
「うん。のどかわいた……」
笑いすぎたせいか、のどがカラカラだった。
「OJでいい?」
スッと立ち上がった一色が、キッチンに向かってくれる。
「オレンジジュースな。なんでわざわざ略すんだよ」
「へへ」
一色が飲み物を用意してくれている間に、俺は一色が持ってきてくれた唐揚げやお菓子をテーブルに並べていく。
「はい」
「サンキュ」
一色から飲み物を受け取って、一口飲む。
のどだけではなく、身体の隅々まで潤う心地がした。
「一色はまたりんごジュース?」
一色は、俺の家に来るときに限らず、大学でもどこかのレストランでも、よくりんごジュースを飲んでいる。
俺はあまりリンゴジュースを飲まない、というかオレンジジュースのほうが好きなので、一色が何でそんなにりんごジュースが好きなのかは分からない。
「AJな」
「なんでだよ」
俺の雑な突っ込みにも、一色はケラケラと笑っている。
「あー楽しい」
一色が笑っているのが、幸せだと思った。
「……だな」
素直にそう返すと、一色は少し驚いて、それから嬉しそうにはにかんだ。
「そいえばAJといえばさ」
「もうつっこまないぞ」
「えーそれはそれでさびしいー」
おどけたようにソファに背を預けた一色に、自然と口角が上がる。
それから俺たちは、いつも通りに、他愛のない話をした。
「まじかよ……」
何度目かのおかわりを注いで、2人分のコップを持ってキッチンから戻ると、一色がすやすやと緩んだ顔で寝ていた。
俺はそっとコップをテーブルに置いた。
起こさないように気をつけながら、寝ている一色の頭のそばに座る。
顔をのぞき込むと、一色の顔に俺の陰が落ちた。
穏やかな寝息に、笑みがこぼれる。
一色にとって、穏やかに寝られる、安心できる場所があって良かった。
そこが俺のいるところで、少なくとも俺に気を張ることはしていないということで、それが嬉しい、なんて。
気持ちのおもむくままに、そっと一色の頭に触れて、髪をさらりとなでる。
「今年もよろしく」
一色の寝息は、規則正しいままだった。




