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正月といえども

作者: 夜星ゆき
掲載日:2026/04/20

 何の前触れもなく、インターホンが鳴った。


「あけましておめでとうー! 今年もよろしくー!」


 突然の来客に、気怠い頭で玄関の扉を開けると、見慣れた顔にいきなりそう言われた。


「お、おう、おめでとう……って、何でここに……?」


 目の前の人物が予想外すぎて、驚きを隠せない。


「んー、新年のご挨拶に?」


 一色いっしきは、何でもないことのようにそう言って、にかっと笑った。


「来ちゃった」


「……っ」


 俺は、軽く頭をかいた。

 逸る鼓動を落ち着けるように、深く息を吐く。


「……今日2日だけどね」

「あり? 元日は一応遠慮したんだけど、駄目だった?」

「……まぁ、駄目……ではない」

「へへ」


 俺は、この笑顔に弱い。


 とりあえず、こんなに寒いなか外で立ち話なんてのは忍びないので、部屋に招き入れる。


「……ちゃんと自分家じぶんち帰りなよ?」

「んーどうかなー」

「……泊まっていく気かよ」


 あきれたような声になってしまったけれど、悪くないと思っている自分には気づかないフリをした。

 大学進学と同時に上京してきた一色も俺と同じく一人暮しで、ここからさほど遠くないところにアパートを借りている。だから俺たちはよくお互いの家に集まって遊んでいて、そのまま泊まっていくことも少なくなかった。

 とはいえ、正直こんな新年早々に来るとは思っていなかったので、何だか不思議な気持ちだった。


「いいじゃんいいじゃん、唐揚げ持ってきたぞー」

 一色は両手にビニール袋を持ったまま器用に靴を脱ぐと、慣れた足取りで俺の横を通り過ぎる。


木下きのした、好きでしょ?」


 一色は、首だけで後ろに立つ俺を振り返って、黒目が見えなくなるほどグッと目を細めて、いたずらっぽく笑った。


「それは……うん」


 一色が笑っていれば、すべて正解な気がした。


「ううー、さむいな」

 いつも通りに部屋にあがった一色は、「これ、つけていい?」とことわってからゲーム機の電源を入れる。

 俺はエアコンの温度をあげてから、一色が用意してくれた二つのコントローラーのうちの一つを手に取った。

「……」

 なぜか一色がこちらを見つめていて、はやく遊びたいから座ってということなのかなと思って、一色の隣に置かれているクッションの上に腰を下ろす。

「いつもの?」

「おう」

 俺が尋ねると、嬉しそうな笑顔と返事が返ってきて、胸がグッと苦しくなった。

 コントローラーを操作して、いつものカーレースのゲームを起動させる。

「今日の俺は一味違うかもしれない」

「どういうことだよ」

「やればわかる……はず」

 頭にハテナを浮かべている俺に構わず、一色は迷いなく自分のアバターや車を選んでいく。

 俺もいつもと同じアバターと車を選んで、レースがスタートした。

 しばらく走っていても特に何か起きるわけではなく、一味違う宣言がきになっていた俺が、横目でチラリと一色の様子をうかがった、そのときだった。

「うおっ、なんだそれ!?」

「はっはー! 驚いたかー! とくとみるが良い、俺の必殺技を……!」

「……っ、ははっ」


 必殺技と言われた体当たりによって、俺が操作していたアバターにかなりのダメージが入った。


「やば、負けそう」

「手ぇ抜くなよ?」

「たりめーだろ」


 普段は勝負事なんてどうでもいいけれど、一色にはなぜか負けたくないと思った。

 俺はその一心で、目の前のレースに集中する。

 一色を追い抜かそうと必死になっていると、一色のアバターが急にコースを外れた。


「……あ」


「――っしゃ!」


 その隙に追い越すことに成功し、俺が一位でゴールした。


「うわあ、負けたぁぁぁ」

 悔しそうな一色はそれでも笑顔で、なんだか安心する。

「ふふん、どうした急に、弱くなったな」

「え? あー……ちょっとよそ見した、かな?」

 一色は俺から視線を外して、窓の外をみながら頭をかいた。

「ふうん? まあ勝ちは勝ちだ」

「うん。あーくやしい! もういっかいだ!」

「おう」

 俺の返事をうけて、とても嬉しそうに笑う一色の周りには、やわらかな光が散っているようだった。


 それからも、お互いが勝って、負けて、何回やったか分からないほど遊んだ。

 ここがどこかも、今何時かも何もかも忘れて、熱中していた。


「はぁー、笑い疲れた……」

「だなー。なんか食べるか」

「うん。のどかわいた……」

 笑いすぎたせいか、のどがカラカラだった。

「OJでいい?」

 スッと立ち上がった一色が、キッチンに向かってくれる。

「オレンジジュースな。なんでわざわざ略すんだよ」

「へへ」

 一色が飲み物を用意してくれている間に、俺は一色が持ってきてくれた唐揚げやお菓子をテーブルに並べていく。

「はい」

「サンキュ」

 一色から飲み物を受け取って、一口飲む。

 のどだけではなく、身体の隅々まで潤う心地がした。

「一色はまたりんごジュース?」

 一色は、俺の家に来るときに限らず、大学でもどこかのレストランでも、よくりんごジュースを飲んでいる。

 俺はあまりリンゴジュースを飲まない、というかオレンジジュースのほうが好きなので、一色が何でそんなにりんごジュースが好きなのかは分からない。

「AJな」

「なんでだよ」

 俺の雑な突っ込みにも、一色はケラケラと笑っている。

「あー楽しい」


 一色が笑っているのが、幸せだと思った。


「……だな」

 

 素直にそう返すと、一色は少し驚いて、それから嬉しそうにはにかんだ。


「そいえばAJといえばさ」

「もうつっこまないぞ」

「えーそれはそれでさびしいー」

 おどけたようにソファに背を預けた一色に、自然と口角が上がる。

 それから俺たちは、いつも通りに、他愛のない話をした。



「まじかよ……」


 何度目かのおかわりを注いで、2人分のコップを持ってキッチンから戻ると、一色がすやすやと緩んだ顔で寝ていた。

 俺はそっとコップをテーブルに置いた。

 起こさないように気をつけながら、寝ている一色の頭のそばに座る。

 顔をのぞき込むと、一色の顔に俺の陰が落ちた。

 穏やかな寝息に、笑みがこぼれる。


 一色にとって、穏やかに寝られる、安心できる場所があって良かった。

 そこが俺のいるところで、少なくとも俺に気を張ることはしていないということで、それが嬉しい、なんて。


 気持ちのおもむくままに、そっと一色の頭に触れて、髪をさらりとなでる。


「今年もよろしく」


 一色の寝息は、規則正しいままだった。

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