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41 葛藤と共闘

 早坂は駅前の喫茶店にいた。

 背後からはオレンジ色の光が差し込み、テーブルを照らす。店内は落ち着いたBGMと静かな話し声が心地よく響いていたが、早坂の席には小さな緊張が漂っていた。


 目の前に座る本田は、寂しげな笑顔を浮かべて早坂を見ていた。

 早坂はその顔に微かな不安を覚え、その気持ちを押し流すようにココアを飲んだ。

「あちッ」

「早坂さん、大丈夫?」

 本田が苦笑すると、早坂は涙目で俯き気味になる。


 早坂はちらりと本田を見て、視線を落とした。

「私、あろまんを困らせちゃったんです。ヲガワさんの動画で、実験のことを言ったのは……あの子を助けようと思ってやったことなのに」

 早坂は無表情で口を開いた。ココアのカップを持つ手は細かく震え、声は掠れていた。

 本田はしばらく早坂を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。


「早坂さんは、頑張ったね」

 本田の優しい声が早坂の胸に刺さる。

 早坂は喉が締め付けられるような感覚に襲われ、肩を震わせて嗚咽した。

 本田は早坂を見守りながらコーヒーに口を付け、熱いため息を吐く。

 早坂を見つめる顔がだんだんと苦い表情になり、本田は唇を噛んで黙っていた。


 早坂の心を逆撫でするかのように、店内のどこかで高い笑い声が響いた。追い打ちのようにBGMが盛り上がり、早坂は思わず耳を塞ぎたい衝動に駆られる。


 早坂は声を震わせて言った。

「何も分からない。あろまんが本当に実験を続けたいと思ってるかどうかも、最近体調が悪そうな理由も、六条という人が救ってくれそうって言ってた理由も。あの子が本当は何に苦しんでいて、何に救いを求めているのか。……普段一緒にいるのに、私は、何も知らないんです」


 本田が口を開きかけると、早坂がそれを遮るように続ける。

「何も知らないのに、知ってるつもりで動いてたんです。あろまんのこと、分かった顔して。そのせいで、あろまんを傷つけてしまった」

 早坂はそこから言葉を詰まらせた。


 本田はしばらく早坂を見つめ、ぼそりと零した。

「……まあ、板垣さん、私たちが知りたい部分をあまり喋ってくれないもんね」


 早坂は驚いた表情で本田を見る。早坂の顔を見て本田は苦笑し、続けた。

「早坂さんがヲガワさんの動画で実験のことを話してくれた後にね、私も板垣さんと直接会って話したんだよ」

 早坂は目をぱちくりとして本田を見つめた。

「本田さんが、あろまんと……」


 本田は眉を寄せて息を吐く。

「でも、板垣さん、研究室のこと、あんまり苦しいと思ってなさそうだったんだよね。実験にも協力的だったし、あそこの人間たちとも仲良くやってたっぽくて」

 早坂は歯を食いしばって俯いた。

 本田の言葉は予想外――いや、信じたくないものだった。


 早坂はしばらく俯きながら、最近の板垣の様子に思考を巡らせた。

 板垣の手首に着けられた怪しいスマートウォッチ、授業中にぼーっとしている板垣の姿。

 そして。

「……じゃあ、なんであろまんは、学校で貧血みたいになって倒れるの……」

 早坂がぽつりと呟くと、本田の表情が固まった。

「何それ。板垣さん、そんな話してなかったけど」

 早坂と本田は怪訝な顔で見つめ合った。


 本田はしばらく考え込み、小声で呟く。

「何か、都合が悪いことを隠しているのか?」

「っ……」

 早坂は握り拳でテーブルを強く叩き、声を荒げた。

「そんな子じゃありません! 勝手に決めつけないでください!」


 本田はしばらく驚いた顔で早坂を見た後、目を伏せた。

「うん。ごめんね。そうだよね」


 早坂は俯き気味に本田を見ていた。

 視界に映る本田の姿がゆらゆらと揺れ、耳に入り込む店内の雑踏が遠ざかる。

 早坂の頭が脈打つように痛み、冷たくて浅い息が喉に込み上げた。


 口の中が塩っぽくなり、早坂はココアを飲んで誤魔化した。

 ココアは温くなり、甘さも分からなくなっていた。


 早坂の口から震えた声が溢れる。

「あぁもう……。何だってするのに。何をすればいいのか、わかんない」

 早坂は俯きながら呟いた。

「私は、あろまんの敵になったとしても、あろまんに嫌われてしまっても……。あの子が、普通の高校生として生活できるようになれるなら、何だってやります。だから……」

 その声は震え、鼻声が混ざっていた。

「だから、あろまんを返して欲しい。実験とかじゃなくて、ただの、あろまんを……」


 本田は黙って早坂を見た。西日が早坂の背中から照らし、その眩しさに思わず目を細める。

 本田がゆっくりと早坂の手を取ると、早坂の手は冷たく小刻みに震えていた。

 早坂が驚いて本田の方を見ると、本田は困ったように笑った。


「ほんの数か月前まで普通に暮らしてきた普通の高校生が背負うには、荷が重すぎるんだよ。正直、早坂さんが何も失わずに板垣さんを救えるのかは、分からない」

 早坂は小さく頷いた。


「でも。早坂さんと出会ってしまった大人として、一つだけ約束するよ」

 本田はまっすぐ早坂を見つめた。

「早坂さんが、どんな立場になってしまっても、大事なものを失ってしまっても。……私は、絶対にあなたの味方でいるから」


 早坂の瞳が一瞬ちらりと揺れた。


 本田は微笑した後に続けた。

「まずはさ。早坂さんが行動できるように、私が手を汚してみるか」


 その軽やかな声に早坂は呆然とし、「はえ?」と間抜けな声を零した。


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