35 決意と独走
板垣が登校し、教室の席に着いた瞬間、早坂から声を掛けられる。
「おはよ。あろまん、この前のヲガワさんの動画、出来上がったんだって。一緒に確認しよう」
「お、見たい!」
板垣はちらりと時計を確認すると、8時過ぎだった。
「ホームルームまで間に合うかな?」
「動画、20分くらいらしいから、ギリいける」
早坂は手早くスマートフォンを操作し、ヲガワから送られた動画を再生した。
二人は息を吞んで動画を見守る。
動画では、会談の内容でほとんどの部分がカットされずに流れ、自然な形で繋がっていた。テロップも見やすく、話の内容を意図的に捻じ曲げられるような様子もなかった。
動画の最後は、板垣が『普通の高校生』として過ごせている温かいエピソードが語られ、SNSや発信との向き合い方についてヲガワが熱弁して締めくくられた。
動画が終了すると、板垣は小さく拍手した。
「いいじゃん!」
板垣はニコニコとしながら早坂に言った。早坂も表情を緩ませて頷いた。
「さすが、ヲガワさんだな。この内容だったら荒れなそう――」
早坂は言いかけて、一瞬息を詰まらせた。
――荒れないことが大事なんだっけ?
早坂が首を傾げていると、朝のチャイムが鳴り響いた。
昼休み開始のチャイムが鳴ると、早坂は「あろまんたち、先にお昼食べてて」と言い残して教室を出た。
早坂は階段を駆け下り、昇降口前の静まり返ったスペースに行く。
空いたベンチに座り、朝の動画を再び再生した。
「うん。問題ない、はずなんだけど……」
早坂は息を深く吸ったあと、呟いた。
「あろまんが、“完全に救われた人”になってる」
早坂は息を止めた。
――この動画、私があろまんの実験を告発した流れが、全部カットされてるんだ。
「ヲガワさんは、あろまんを“救われた人”にしたいのかな? やっぱり、発信者って……自分の“理想”とか“思想”の形に整えて、伝えたいんだろうか?」
早坂はしばらく頭を抱えた。
ヲガワとのDMを開き、震える指先を動かす。
『動画確認しました。問題ありません。』
メッセージを送信しようと親指を動かしたが、タップできずに止まる。
早坂は入力したメッセージを消して、再び指を動かした。
『カットされた研究室のくだりを、動画に入れていただくことは可能でしょうか?』
心臓がうるさく鳴り、呼吸も早くなった。
震える指で、送信ボタンに触れた。
――ヲガワさん。あなたは、発信者として、どう在りたいんですか?
メッセージに込められた問いかけが、早坂の胸の中で反響し続ける。
その思いが祈りのように、早坂のスマートフォンへと落ちていった。




