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29 ズレていく居場所

 昼のチャイムが鳴り、教室のざわめきが一斉に溶けだした。


 板垣はクラスの女子たちと廊下のベンチに腰掛け、テーブルに弁当箱を広げた。テーブルの上には5人分の昼食がひしめき合い、それを見て板垣はふと口元が緩んだ。

 窓からは柔らかい光が差し込み、穏やかで温かい空気が5人を包んでいた。


 板垣は思わず目を細める。

「ピクニックみたいだねえ」

「ほんとそれね。今日は早坂さんと余部(よべ)っちがいるから大所帯よなー」

 加藤の声は楽しげだった。

「余部っち、くそうるさいから気をつけてね」

 和田がさらりと板垣に言うと、余部が「だまれ」と呟いて和田の脇腹をどついた。


「そういえば昨日のドラマ見た? あの彼氏、マジで地雷過ぎて笑った」

「あれな! 浮気したくせに、別れるってなった途端に『君がいないと無理!』とか、ナヨすぎて引いたわ」

「大人ってみんなあんな感じなのかなー」

「んなわけないだろ」

 加藤たちの明るい声と笑いが飛び交う中、板垣は箸を動かしながら小さく笑った。久しぶりに耳に飛びこむ世間話に、胸の中で懐かしさと新鮮さが混ざった。


 加藤がわざとらしく眉を上げる。

「そういえばさー、あろまんって彼氏とかいるのー?」

 板垣はびくりと身体を震わせて箸を止めた。

「いないよ」

「えーほんと? じゃあ好きな人は?」

「ほえ!? ……いないよ!」

 板垣は心臓をバクバクさせながら膝をぷるぷると震わせた。覚束ない手取りで弁当の卵焼きをつつく。


「あろまんは、まじでそういうのないと思うよ。今大学行って実験の手伝いしてたり忙しいから」

 早坂が横から口を出すと、板垣は「うぉ」と間抜けな声を漏らして箸を止めた。

「実験の手伝い?」

 和田が目を丸くする。


 板垣は困ったように肩を震わせると、それを見た早坂が代弁するように続けた。

「あろまん、最初『やばい子』みたいに言われてたじゃん。その誤解を解くために、あろまんに起こってたことをちゃんと調べようって思った大学の先生がいたらしくて。それの協力してんだよ」

 板垣は首を縦にこくこくと振った。


 早坂は微笑しながらため息をつくと、和田たちは尊敬の眼差しを板垣に向けていた。

「板垣ちゃん、なんかかっけえことしてるね」

「実験の手伝いってことは、大学生とも会ってるの? やっぱクラスの男子より大人っぽい?」

 余部が興奮気味に尋ねると、板垣は余部を見て苦笑した。


「うん。なんか、タバコ吸ってそうな人もいるし。……あ、でもみんな優しいよ」

 板垣の言葉に、余部はうっとりしながらため息をついた。

「うわー。大人の世界っぽくて憧れるわー」

 加藤が冷めた目線を余部に向ける。

「余部っち、地理の歴山先生リアコ勢じゃなかったん? 大人なら誰でもいいんか?」


「誰でもいいわけじゃないが!? でもさ、カッコイイだけの人よりも、支えてくれたり、ほよよ力? ってやつがある人のほうがいいってお姉が言ってたからさ」

「包容力な」

 早坂が即ツッコミを入れ、笑いが起こる。

「でもそれ分かる気がするー。同学年の男子ってこっちが気を遣ってばっかで疲れて別れたくなるんよな」

「え、かとちゃん彼氏いたん」

 取り留めのない会話を聞きながら、板垣は小さく笑って箸を進めた。


 和田は笑い交じりに板垣の背中をぽんと叩く。

「板垣ちゃんにはさ、ほよよ力あるような優しい人が合うと思うよ!」

「おい、その言葉擦るなや」

 板垣は背中の衝撃に思わず「わ」と小さな悲鳴を上げ、和田を見つめる。


「優しい人かあ」

 そう呟きながら、ふと六条の姿が板垣の脳裏を掠めた。板垣の心臓が一瞬跳ね、小さく首を横に振る。

 ――いやいやいやいやいやいや。さすがに先生は好きとかそういうやつじゃないし……。


 板垣は困ったようにため息を吐くと、隣で和田が笑いかけた。

「まあ板垣ちゃんは、その『実験の手伝い』ってやつが終わったら、好きな人つくろ」


 その言葉を聞いた瞬間、板垣は胸の中を冷たい空気が通り抜ける感覚がした。

 ――あ、そうか。研究室の生活って、いつか終わっちゃうんだ。

 一番居心地のいい場所なのに。

 終わったら、私はどうなるんだろう。


 箸を持つ手が細かく震え、口元にぎゅっと力が入る。

「うん、そうする」

 板垣は目を細めて口角を上げ、声を絞り出した。


「よっしゃ。いつか板垣ちゃんの恋バナ聞きたいわあ」

「え、うちの恋バナは!?」

 軽い笑い声の中で、板垣の心は静かに沈んでいった。


 その輪の外側から、早坂は刺すような視線を板垣に向け、やがて無言でそっと弁当箱を閉じた。


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