22 火消し作業と二次災害
夕方のファミレスで、五人が集まりテーブルを囲んでいた。店内の緩やかなざわめきに包まれながらお互いに顔を見合わせる。
「あろまん、久しぶり~! 元気だった?」
陸田が甲高い声を上げて板垣を見ると、板垣は目尻を下げて笑う。
「あろまん無事でよかったぁ」
「ほんとに」
戸村と千葉が続けて言った。
板垣はゆっくりと深呼吸して、口を開いた。
「あの。みんな、この前の動画……、ありがとう。あれからね、クラスの子とちゃんと話せるようになったんだ」
板垣はやや顎を引きながら小さく笑った。四人の顔を見渡すと、早坂以外は嬉しそうに顔を綻ばせて板垣を見ていた。
「あれ、すごかったよね。めちゃめちゃ拡散されてさ。色々言われたけど、あろまんの味方がいっきに増えたじゃん」
千葉がにっこりと笑いながらオレンジジュースの入ったグラスを揺らした。
「そーそー。あと、沼野のことも言って良かったよね。同意コメント来てたし、そのおかげであろまんの誤解が解けた感じ」
陸田が明るい声を上げると、早坂がぱっと顔を上げる。
戸村が早坂を見て言った。
「るーちゃん。ずっと浮かない顔してるけど、どうした?」
早坂は「え……」と声を濁らせて言葉に詰まる。四人の視線は早坂に集まり、テーブルの上で緊張が走った。
板垣が表情を曇らせる。
「もしかして、るみ……」
早坂は小さく頷き、グラスに刺さったストローを指で回しながら言った。
「あの動画、消した方がいいんじゃないかと思って」
空気が固まる。
五人のテーブル席だけ切り離されたように、店内の音が遠のいた。
「……消す?」
千葉が曖昧な声を出した。
「やっぱ沼野のくだりが良くなかった?ちょっと炎上してたし」
陸田が眉をひそめて言う。
「うん。沼野のお母さんが、相当怒ってた。直接呼び出されて、昨日会いにいったんだけど」
早坂は目を伏せてゆっくり息を吐く。
「あろまんを守ろうとしてやったけど、他の人を傷つけてた。あろまんはもう大丈夫だと思うし、これ以上動画を残す意味ないと思う」
テーブルに沈黙が落ちる。
板垣はグラスを握ったまま、身体を小さく震わせた。中の氷がカランと小さく鳴り、思わず視線を落とす。
板垣は何かを言おうとして口を開きかけるが、口元で言葉が止まる。
肯定すると、早坂たちの努力を消してしまう。
否定すると、自己保身になってしまう。
板垣はただ歯を食いしばって黙っていた。
「沼野の話入れようって提案したの私だよね。ごめんね。……あの動画、消そっか」
戸村がぽつりと言った。
「お母さんを泣かせてまで、残すものじゃないもんね」
陸田も続いた。
誰も反論しなかった。
早坂はスマートフォンを取り出す。テーブルの中央で、画面の光が無機質に点いた。
“投稿を削除しますか?”の文字に、五人は息を呑む。
早坂は指先を震わせながら、“削除”をタップした。
動画が消えた瞬間、誰のものか分からないため息が響く。テーブルを包む空気に、寂しさと罪悪感がぐちゃぐちゃになって混じる。
早坂は作り笑いをして顔を上げた。
「みんな、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。……こんな形になって、ごめん」
「何謝ってるん。今回は誰も悪くないって。ってか、みんなに久しぶりに会えたんだから、私は良かったと思うよ」
千葉が軽い口調で言うと、テーブルを包む空気が緩んだ。
五人は互いにゆるりとした笑みを向け合う。
「なんか、SNSの闇を思い知ったわー」
陸田が愚痴のように零すと、戸村が小さく笑い声を上げた。
板垣はほっとため息をついた。中学時代に戻ったような懐かしい感覚に、じわりと胸が温まる。
板垣が早坂をちらりと見ると、早坂と目が合った。早坂の微笑みの中には、少し寂しさが浮かんでいた。
翌朝、板垣は駅のホームでスマートフォンを開いていた。
SNSのタイムラインに自分の名前が見え、ぎょっとしながら情報を追う。
『なんで動画を消した?』
『圧力?』
『被害者に忖度?』
短い言葉が何百と並び、熱を帯びていく。
「動画を消したのに、かえって炎上してる……」
板垣はため息混じりに呟いた。画面の光が顔に映り、目の下にうっすらと影を作る。
目を閉じると、沼野の母親の泣き顔と怒声が鮮明に思い出される。
板垣は肩を震わせて呟いた。
「いや。動画を残してたら、もっと誰かを傷つけてた、のかも……」
やがて目の前に電車が止まる。ドアが開く音に心の中の音がかき消され、車両の明かりに吸い込まれるように乗り込む。
電車内で何とも言えない視線を浴びながら、板垣は俯いていた。
その頃、早坂は駅に向かって歩いていた。
苛立ったような足音がアスファルトから響き、早坂は寝不足の目を血走らせながら前を睨みつける。
信号待ちの間にまたスマートフォンが震えた気配がして、早坂はスマートフォンを取り出した。
SNSのDMが届いていた。送り主の名前とアイコンを見た瞬間、早坂の指が止まる。
「ヲガワ……さん……」
ヘルスケアや人間関係、メンタルについて幅広く発信している有名な人物だった。
早坂は息を震わせてメッセージを開く。明るく微笑んだ女性のアイコンと吹き出しがいくつか縦に並び、早坂は背筋を伸ばした。
『るみ様 初めまして。ヲガワと申します。私は人間関係やメンタルケアについて発信をしている者です』
『今回の出来事について、事件のことも含めてSNSで追っていました。るみ様のアカウントで投稿していた“板垣さんについての動画”を削除してしまった経緯について、お話を伺いたいと思っています。また、もしよければ、私の動画で一連の出来事を取り上げてもよろしいでしょうか?』
『私は、あなたたちの味方になりたいと思っています。前向きにご検討いただけますと幸いです』
早坂は何度もその文面を読み返した。
画面をなぞる指が“返信”に触れかけては止まり、やがてスマートフォンを閉じる。
「私……何やってるんだろ」
早坂の呟きは、信号機の音にかき消された。
目の前の信号は青に変わったが、早坂は一歩を踏み出せなかった。




