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19 本当の声を届けよう

 騒がしい教室の隅で、板垣はスマートフォンを取り出してSNSを見ていた。

 そこで拡散されている動画に思わずスクロールの手が止まる。


 動画では、早坂がぎこちなく言葉を繋ぎ、板垣のことを伝えていた。

 やがて、懐かしい顔や声が登場した。戸村、千葉、陸田――中学時代の同級生たち。

 笑った姿は当時のままだった。


『あろまんは、人を傷つけるような人じゃない』

『中学のとき、困ってる子に一番最初に声をかけたのは彼女だった』

『被害者は、他校の不良グループと関係があって……事件はそっちの筋かもしれない』

『今は精神的な不安定さもなくなって、ちゃんと元気に生きてる』

『もう、あろまんが悪いって決めつけるのはやめてほしい』


 板垣は、ただ画面を見つめた。

 窓から頬をなぞる光が、ほんの少しだけ暖かく感じた。

「これ、るみたちが?」

 板垣は思わず隣の早坂に声を掛ける。

 早坂はびくりと首を揺らして板垣を見た。

「うん。みんなで話し合って、アップした」

 板垣は目に涙を滲ませる。

 動画のコメントには、板垣を応援するメッセージが多数寄せられていた。有名動画配信者も好意的なコメントをつけて拡散していた。

 だが何よりも、早坂や友人たちが、板垣のことを思って行動に出たことが、板垣にとっては温かかった。


「ありがとう……」

 板垣が呟き、潤んだ目をスマートフォンに向けていた。しかし、しばらくするとその目が一点を捉え、顔に緊張が走る。

 動画のコメント欄には、好意と同時に、憶測や攻撃的な言葉も混じっていた。


 このままでは、板垣本人の輪郭だけがぼやけていく気がしていた。


「ねえ、るみ」

 板垣は画面から目を離さずに言った。

「私、このまま黙ってて……いいのかな」


 早坂は目を見開いて板垣を振り返った。


 板垣はちらりと早坂を見る。

「私のこと、みんなが勝手に作って、勝手に守って、勝手に叩いてる。それを、ただ見てるの……ちょっと、怖い」

 板垣はスマートフォンを握りしめた。

「私のこと、自分の声で伝えないと、るみたちを嫌な空気に巻き込んじゃう気がする」


 早坂はしばらく口を半開きにしていたが、ゆっくりと息を吐いてから静かに頷いた。

「ありがと。……私も、あろまんに、そうして欲しいって思ってたんだ」



 放課後、板垣はいつものように荷物を手早くまとめて席を立とうとした。すると、クラスの女子が数人、板垣を取り囲むように寄ってきた。

「板垣さん。ちょっと、話せない? ……その、私たち、今までのこと謝りたくて」


 板垣は驚いて立ち尽くしていた。横で聞いていた早坂が板垣の背中をぽんと叩くと、板垣は「わっ」と声を上げてその女子たちを見た。


「板垣さん、今まで酷いことしててごめんね。ほら、この前の席替えとか……」

「ずっと味方でいてくれるの、早坂さんだけで、心細かったよね。ごめんね」

「板垣さんのこと、勝手に怖い人だと思ってた。勘違いしててごめん」

 女子たちは順番に頭を下げていく。

 そして教室の隅から空気を読んだように「私も無視しててごめーん!」と声が飛び、周りで小さな笑い声が湧いた。


「い、いいよ。でも、これからは、仲良くしてくれると、嬉しいな……」

 板垣は小声で言いながら、ぷるぷると肩を震わせていた。


「ほいじゃ、あろまんはこれから用事があるから」

 横から早坂が言うと、板垣はきょとんとした顔のまま早坂に引っ張られる。

「そうなんだ。二人とも、また明日ね」

 クラスの女子たちに見送られながら、板垣は「るみ、腕痛いって〜」と小声で叫んでいた。



 早坂は空いたカウンセリングルームに入り、板垣も思わずついて行く。

 部屋に入るとすぐ、早坂は板垣の方を向いて言った。

「早速だけど、動画撮ろ」

「今!?」

 板垣は裏声で叫ぶ。


「うん。私、さっきあろまんが『自分のことを伝えないと』って言ってくれた時、嬉しかったんだ。……やっと、本物のあろまんを知ってもらえるかも、って」

 早坂の目はまっすぐだった。


 板垣はその瞳に映る光に、懐かしい光景を思い出した。

 中学の時、孤立していた早坂に声を掛けた日。

 あの時と違って、目の前の早坂は何か決意を持っている。その頼もしさが少し眩しく、板垣は思わず目を細めて深く頷いた。


 撮影はカウンセリングルームの隅で行われた。

「……急に言われても、うまく話せるか、分からないよ」

「大丈夫。私がいる。失敗してもやり直せばいい」

 板垣は口を尖らせながらも、緩やかに笑った。


 早坂が板垣に向けてスマートフォンを構え、カメラを起動する。

 その構図に思わず過去に散々浴びてきた無数の視線を重ねてしまい、板垣は一瞬慄いた。

「あろまん」

 早坂の声を聞いた瞬間、板垣は息を整えてスマートフォンをまっすぐ見た。


「……私、板垣あろま、です」

 スマートフォンに向けて、ゆっくりと語り始める。

「私……いろんなことを言われてきました。正直怖かったし、逃げたいと思いました」

 一拍、息を整える。

「でも、本当のことは、誰にも分かってないと思います。私は、人を傷つけたくて何かをしたわけじゃありません」

 板垣の表情がふと緩み、しおらしくなった。

「……その、私、喧嘩とかほんとに苦手で。すぐ泣くし……」

 板垣は深呼吸をした。その息が、微かに震える空気を押しのける。

「でも今はもう、大丈夫です。だから――もう、誰も傷つけたくないし、誰にも傷つけられたくない。これからも、普通に生きたいです。それだけなんです」


 録画が止まった瞬間、早坂がそっと板垣の手を握った。


 板垣は肩から力が抜けたように息を吐いた。

 早坂は柔らかく微笑んだ。

「ちゃんと、言えたじゃん」




 投稿から一晩。

 朝、ベッドの上でスマートフォンを開いた板垣は、思わず息を飲んだ。

 再生数、いいね、コメント――

 その数は、恐ろしいほどの速度で増えていた。


『泣いた。』

『強く生きててえらい』

『どう考えてもこの子が殺したとは思えない』

『あの事件、やっぱりおかしいと思ってた』


 無数の“声”が、画面の向こうから押し寄せる。


 板垣は、スマートフォンを握る手を震わせた。

 画面の中で流れていくコメント。知らない人から送られる“いいね”の反応。


「こんなにも簡単に、人の心は動くんだ……」


 板垣の心に一筋の光が差したようだった。

 それと同時に、深く伸びる影の気配を感じていた。



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