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18 ヒトは、感情で動くもの

 早坂が自室の勉強机でスマートフォンを開くと、戸村(とむら)からメッセージが来ていた。

「え、なんで急にトムから……」


 そのメッセージを見た瞬間、早坂は口を開けた。

『この動画のコメントにるーちゃんの本名晒されてるけど大丈夫?報告はしといたんだけど』


「は?」

 声が喉で引っかかり、一瞬息が止まる。


「動画……? 私の、本名……?」


 メッセージに添付されたリンクに飛ぶと、『平安寺』というユーザーの動画だった。動画を再生した瞬間、あのキャップの男の顔と声が蘇る。

 動画が進むと、板垣と早坂がモザイク無しでばっちり映っていた。


「撮影許可出してないんだけど!」

 早坂は叫び、息を荒げた。戸村のメッセージを思い出し、急いでコメント欄をスクロールした。

 そこには、板垣を犯罪者と断定するような書き込みが延々と続いていた。

「なんで……酷い……」

 さらに下へスクロールした瞬間、目に飛び込んだ文字列に釘付けになった。


『早坂琉実って被害者にいじめられてたらしい』


 自分の名前を見た瞬間、胸の奥が一気に冷える。

 画面の向こうにあるはずの悪意が、急に部屋の中に入り込んだような感覚がした。


「は!?」

 早坂は裏声で叫び、スマートフォンを机に放り投げた。ゴンという鈍い音の後、動画の音声が部屋に響く。


『彼女は本当に殺したのかもしれません』


 平安寺の声に、早坂はびくりと首を伸ばす。

「ふざけるな。何も知らない奴が勝手なこと言いやがって。人をオモチャみたいに……」

 しばらく机に顔を伏せていると、平安寺に捕まった時のざわめき、笑い声、突き刺さる視線が頭の奥で膨らむ。


「ああ、もう!」

 早坂はスマートフォンに手を伸ばし、戸村宛てのメッセージを開く。

『話がしたい。あろまんのこと』

 入力する指は小刻みに震えていた。




 翌日。

 近所のファストフード店で、早坂と戸村が向かい合って座っていた。

 早坂は戸村を見て弱々しく言う。

千葉(ちば)ちゃんと陸田(りくた)にも声掛けたんだけど……、来てくれると思う?」

「来るよ、あの二人なら。こういうとき放っとけない性格でしょ」

 戸村の言葉に、早坂は小さく頷いた。


 ほどなくして店のドアが開き、二人の高校生が駆け込んできた。

「ごめん遅れたー。陸田が担任に捕まって」

「大丈夫よ」

 戸村は笑いながら遅れた二人を迎え入れたが、早坂は表情を曇らせたままプラコップに刺さったストローを弄んでいた。コップの中で氷が鳴る音が大きく響く。


「てかさー、うちら会うの久しぶり?」

 陸田は指を折りながら声を上げる。

「1、2……半年ぶりぐらいじゃん! 二人とも元気?」

「陸田声でけーよ」

 陸田と千葉はそれぞれ空いたイスに座り、四人でテーブルを囲んだ。


 早坂の顔にようやく薄っすらと笑みが浮かんだ。

 陸田の言うように、このメンバーが集まるのは久しぶりだった。


 早坂は思わず戸村たちと出会った日を思い出した。

 中学2年の春、教室の隅で一人うつ伏せになっていた早坂に、声を掛けてくれたのが板垣だった。そして、その輪の中にいたのが戸村、千葉、陸田だったのだ。

 思い返せば、板垣が繋いでくれた最初の友達だった。


「るーちゃん、本題入ろっか」

 戸村が優しく早坂に話しかけると、早坂ははっとして顔を上げた。


「あのさ、あろまんの事件のことなんだけど」

 早坂は店内の周りを見回しながら声を落とした。

「昨日、トムから動画送られてきて。これ、私とあろまんが高校の帰りに急に撮られたやつなんだけど、許可もしてないし、コメントも酷くて」


 早坂は平安寺の動画をミュートにしながら再生する。

「これ見たわ。やっぱ許可無しだったのか。コメントもひどすぎだよね」

 千葉が眉をひそめて言う。

「あたしも見たそれー! るーの本名コメントしてた奴いたよなー? あれ通報したわー」

 陸田が髪を弄りながらやや大きな声で反応すると、千葉が慌てて陸田の背中を叩いた。

「だから声でかいって!」

「だってムカつくじゃんアレ!」


 戸村が苦笑しながら言う。

「それでさ、ムカついてる君らに相談なんだけど」

「私らで、その……動画、出さない?」

 早坂が食い気味に続いた。言ってから、早坂は自分の声に驚いた。


 しばらくテーブルに沈黙が落ち、通りすがりの高校生の笑い声が通り過ぎる。


「え、やろうよ。協力するよ」

 千葉が先に口を開いた。

「“あろまんの本当の姿!”っていうショート動画かなあ? あたしフォロワー多いから拡散もできるよー」

 陸田が続く。

「よし、まずは四人でショート動画作るか! あろまんのこと……陸田の言葉を借りると、“本当の姿”ってやつを伝えよう」

 戸村は真面目な顔で話をまとめた。


「……っはあーーーー。よかったぁ……」

 早坂は深いため息をついて両手で顔を覆った。千葉と陸田は驚いたように目を見合わせる。

 三人の様子を見て戸村が笑った。

「るーちゃん、二人が来る前、『協力してくれるかなあ』ってすごい心配してたんだよ」


「まじ? 早坂心配症すぎん?」

「るーとあろまんのためなら、あたし何でもするのに」

 早坂は千葉と陸田の言葉を聞き、目にうっすらと涙を浮かべながら机に突っ伏した。



 その足で四人は戸村の家のリビングに集まった。

 テーブルを囲んで円を描くように座り、テーブルの上にはスマートフォンが並べられていた。

「で、どんな感じにするん?」

 千葉がスナック菓子をつまみながら尋ねる。

「まずは、『あろまんは悪い子じゃない』って伝えたい。あとは……あろまんが偏見のせいでたくさん傷ついてることも」

 早坂はスマートフォンを握りしめながら言う。


「うん、るーちゃんの言葉で言った方がいいね」

 戸村が軽く頷き、スマートフォンで構成を打ち込み始めた。

 千葉が部屋を見回す。

「背景、シンプルな方がいいかも。そこの白壁とか?」


「あと、これ言っていいか悩んでるんだけど……」

 戸村が表情を曇らせる。

「『被害者』の沼野のこと……。あいつ、色々と訳アリだったじゃん。他のトラブルに関係してたことをやんわり言うの、どうだろう?」

 戸村が恐る恐る言うと、千葉は「ああ、確かに」と小さく呟く。


 早坂は『沼野』の名前に顔を強張らせた。


「え、言っていいんじゃない? 実際、事実っぽい感じするし。私ら、あろまんを守りたいだけだもん」

 陸田が明るく言って笑うと、空気が少し軽くなった。

 戸村は早坂の顔をちらりと見て呟く。

「……言い方は、慎重にした方がいいと思う」


 四人で動画の構成を確認した後、千葉がスマートフォンを構えた。

「じゃ、撮るよー」


 スマートフォンの前で、制服姿の早坂が緊張した面持ちで立つ。

 短く息を整えて、まっすぐレンズを見た。


「私たちの友達、板垣あろま――あろまんは、人を傷つける子じゃありません」

 声が微かに震える。

「彼女は、もしかしたら一時的に追い詰められたのかもしれません。でも、今は、ちゃんと元気に、普通の高校生をやってます」

 早坂は小さく肩を揺らしながら続ける。

「それでも。世間の偏見が、あろまんを苦しめています。彼女のことを、少しでも理解してあげてください」


「うん、OK」

 千葉の掛け声と同時に早坂は大きく息を吐いた。


「お疲れー。るー、めっちゃええ感じだったよー」

 陸田がグーサインを作って笑うと、早坂もつられてニッと笑った。


 撮った動画を戸村と陸田を中心に編集し、ついにショート動画が完成した。

 四人は出来上がったショート動画を見る。


「いいじゃん!」

 千葉が拍手すると、パラパラと部屋の中で四人の拍手が響き渡った。


「みんな、ありがとう」

 早坂は照れくさそうに呟いた。


「これでいいのかな」

「炎上しない?」

「今さら心配してもどーしよーもないじゃん!」

 戸村たちは思い思いの声を上げるが、最終的には早坂を窺うように見つめる。

 早坂は三人の顔を見て、深く頷いた。


 指先が投稿ボタンに触れる。

 胸の中には温かい達成感と、もう後戻りできないという不安が同時にちらついた。




 翌日の昼休み。

 早坂は教室で伸びていると、教室の隅からクラスの女子が走ってきた。

「もしかしてこれ、早坂さん?」

 クラスの女子の片手に握られたスマートフォンに目をやると、昨日作ったショート動画が流れていた。


「うわ……」

 早坂が思わず声を漏らすと、クラスの女子は興奮気味に続けた。

「なんか回ってきて……。いろんな人に再投稿されてるっぽいよ」


 早坂は焦って自分のスマートフォンを取り出すと、多くの通知が届き、コメント欄が埋まっていた。

 そのほとんどが知らないアカウントからの反応だった。


『これ見て泣いた。あろまんって子、学校でいじめられてないといいな。』

『偏見で叩くのほんとやめてほしい』

『マスコミもクソ配信者も、ちゃんと調べろ』

『被害者の悪口言うとか最低。遺族の気持ちも考えろ。』

『事実確認とれてんの?』

『善人アピールw』

『どっちの言い分も証拠がないからなんとも言えん』


 そしてかつての同級生と思しきアカウントからのコメントが付いていた。

『板垣さんと被害者の沼野の同級生でした。正直、沼野は他校の不良ともつるんでてトラブルも多かったです。だからといって本当に何があったかは分からないですけど……』


 コメントを巡って、さらに言い合いのようなコメントが続く。そして動画の再投稿数がその場でじわじわと増えていく。その様子は、炎が静かに燃え広がるようだった。




 翌朝になると、早坂たちのショート動画はさらに再生数を伸ばしていた。

 早坂は電車の中で、茫然とスマートフォンの画面を眺めていた。


 有名動画配信者もSNSでこの動画を拡散していた。

『正直この事件、報道だけじゃ分からないことが多い。当事者が声を上げることって大事だよね。』

 このポストには“いいね 5千件”の数字が付いていた。


 胸が熱くなる。

 ――やっと、届いた。


 そして止まらない通知を見ながら、その速さに少しだけ怖さを覚えた。


 スマートフォンを持つ手が細かく震える。スクロールする指が止まらず、つられるように鼓動も加速する。


 早坂はその動悸の理由が、胸の高鳴りなのか、それとも不安なのか、分からなくなっていた。


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