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13 接点を取りに

「行ってきます」

 早坂はいつも通りに家を出た。 

 駅に着くと、いつもと違う電車に乗った。


 人混みの中、リュックの中から『AI総合展』の入場券を取り出す。そこに印刷されたQRコードが、彼女に日常とは違う世界をちらりと窺わせていた。

 不意に電車が揺れ、早坂は慌てて吊り革を握りしめる。

 電車が進むたびに、窓の外の景色が日常から遠ざかっていく。

 サラリーマンに押しつぶされそうになりながら、早坂は吊り革を握った拳に力を込めた。


「あ、もしもし。1年2組の早坂琉実です。……今日、体調悪くて。欠席します」

 乗換駅のホームで学校に連絡を入れたとき、小さな覚悟が胸の中で弾けるとともに、緊張と罪悪感がよぎった。

 もう戻れないところまで来てしまった気がした。


 やがて最寄駅に着くと、ぞろぞろと会場に向かう大勢のビジネスマンに驚きながら、早坂もその流れに溶け込むように歩き出した。

 屋外に続く長い通路を歩き、存在感のある形状をした建造物が近づいてくる。

 長い階段を上り、ようやく会場に辿り着いた。


「……もう、疲れた」

 早坂は入り口のロビーでしばらく座っていた。ビジネスマンたちの落ち着いた雑踏に囲まれながら、深呼吸する。いつもと違う空気が鼻を通り、少し目が覚めた。

 入館証を持ち、ビジネスマンに囲まれた制服姿の自分という場違い感に不安を抱えながら、受付へと向かった。受付スタッフも早坂を見て一瞬固まっているようだった。


 受付を通り抜けて展示ホールに入った瞬間、立ち並ぶ企業ブースと大勢の人の圧に早坂は一瞬怯んだ。

 人のざわめきと眩しいほどの照明を浴び、ガラスやモニターが反射した無機質な光に包まれる。しかし、祭りのような熱さがそこらに漂っていた。


 早坂はその空気に圧倒され、しばらく立ち尽くしていたが、パンフレットを取り出し、『G-Dテック講演』のプログラム情報を探す。

「もうすぐ、か」

 早坂は手元のマップを見ながら、おぼつかない足取りで講演場所へと向かった。



 やがて『G-Dテック』の特別講演が始まった。

 ステージにスーツ姿の若い女性社員が登壇する。彼女は冒頭で『RD部ITヘルスケア課の本田』と名乗り、落ち着きながらよく通る声で講演を始めた。

 人間の感性データをAIと複合して活用するための解析技術の概要説明が始まると、早坂は口を半開きにし、最初の3分で思考を放棄した。


 しかし、本田の口から『文永大学 六条研究室との共同開発』というワードが飛び出した瞬間、早坂は身体を固める。

 続いて紹介される実験装置や小難しい解析手法のスライドを見ながら、早坂は背中に汗を滲ませた。

 その説明に板垣の気配はなかった。だが、なぜか、その場所で板垣の心が“冷たい何か”に晒されている――そんな予感がした。


 講演は終盤になり、本田は締めの言葉を放つ。

「我々は、ウェルビーイングの向上に貢献すべく、人の“感性”、と向き合うことに、真摯でありたい、という姿勢で……共同開発を進めております」

 早坂はその話し方に妙な違和感を覚えた。今まで整然と話をしていた本田が、ここで急に何か言い淀んだような気がしたのだ。


 しかし、聴講者たちは何事もなかったかのように拍手をし、本田の講演は終了した。

 早坂はしばらく本田の様子を眺めていた。


 ――あの人に、話を聞かなきゃ。さっきの嫌な予感が、本物なのかどうか。


 早坂はその足でG-Dテックの展示ブースに立ち寄ろうとした。

 大きな企業ロゴに、白と銀を貴重としたスタイリッシュなブースは開放的な雰囲気を放っていた。しかし、そこには人だかりができ、威勢の良い社員のガラガラ声が響き、思わず足が遠退く。


 早坂はその人だかりの中に、本田の姿を見つけた。本田は登壇後のせいか人気者のように囲まれていた。

 ――本田さんと話したい、のに。

 早坂はビジネスマンの群れに圧倒され、立ち尽くすことしかできなかった。


 しかしほんの一瞬、その人だかりの隙間で本田と目が合った気がした。


 早坂は何も言えないまま視線を外し、G-Dテックの展示ブースを後にした。



 早坂は展示ホールの外に出て、休憩スペースに座る。

 時計を見ると夕方4時だった。

 早坂はリュックに大量に溜まった企業のパンフレットを眺めながら、ため息をつく。

「何もできなかった……」

 展示ブースで無理にでも本田に話しかけに行けばよかった、という後悔が胸をよぎる。でも、そうしたところで、何を聞けばいいのだろう?

 早坂は唇を噛んで俯いていた。


 その時、横から女性の声がした。

「高校生? 展示会に来るなんて珍しいね。今日、学校じゃないの?」


 振り向くと、本田が立っていた。

 本田は講演の時よりも柔らかい表情をしていたが、どこか探るような目をしていた。

 早坂は驚き、小声で答える。

「高校生、です。学校はサボりました」

 本田は小さく笑う。

「学校サボってまで来てくれるなんて、すごいな。AIとかに興味あるの?」

 早坂は自分の行動の異様さを自覚し、本田の言葉がチクリと胸に刺さる。

「AIは、そんなに……」

 俯きながら勇気を振り絞るように手を握る。


 小さく息を吸い、早坂は意を決して尋ねた。

「あの。本田さんって、文永大学の六条研究室のこと、詳しかったりしますか?」


 本田は眉をぴくりと動かす。

 少しの間沈黙し、本田は答えた。

「ちょっと、話そうか」



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