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師匠と弟子  作者: 麻川
4/8

三千世界の鴉を殺し

朝起きたら、一番好きな人が隣で寝ていました(因みに服を着ている事は即座に確認)。

ここで思う事は。

①あれ、いつの間にこんな仲まで進んだっけ?

②あー、幸せー。起こしてもう一頑張り。

③夜ばいに来てくれるなんて嬉しいなァ。






(何だっけ、この状況) ④これは夢だ。

この雰囲気はこないだ読んだ本に書いてあった歌と似てる。確か――


『思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ、…』


(…何だっけ? まァ良いや。ふかふかだあ。気持ち良いなあ)

腕の中に在る暖かな重みに気を良くして、尚更抱き込むように力を込める。

(夢って…深層意識の表れなんだっけ。だったら寧ろ、もっとこう、密着度が高い方が、)

抱きしめる身体は暖かく柔らかだ。

(……ちょっと待って。何か、夢にしては感覚がリアルな気が…?)

背に廻していた腕を解き、その顔を触ってみる。暖かい。

(暖かい)

全ての動作が止まった。


次の瞬間、勢い良く心臓から血が流れ出した。主に顔と触れていた箇所に。

(えぇぇ待って何この状況何でこの人がこんな側に居るのさぁあ!?)

動揺の余り今だ頬を触っていた指先から振動が伝わったのか、ヴァインディエタが僅かに身じろぎ、呻き声が上がる。この時点で既に、セオの心拍数は大混乱だ。大爆走といっても良い。瞼が微かに揺れ、緩く持ち上がった。

「……」

「……」

視線が合う。が、動かない。

「……」

「えぇと、…僕何もしてないからね?」

先手必勝とばかりに早口に言ってみた。その台詞を受けて、何処か茫洋としていたヴァインディエタの眼がセオの位置で像を結んだ。ぱちりぱちりと数回瞬きを繰り返し、返された言葉は。

「……おはよう…?」

(何かこの人が異常に早起きする理由が解った気がする…)

寝起きが悪いというか、極度の低血圧なのだろう。回転数が常に比べて格段に落ちていた。こちらとしては幸いだが。それにしても掠れた声が心臓に悪い。具体的に言えば、けだる気に話す仕種ですら、顔とあと言葉には出来ない場所に血が集まって行きそうだ。

内心バクバクなセオには構わず、ヴァインディエタは再び眼を瞑った。

「ねむい…」

そうですか。是非寝て下さい、この状況を不思議に思う前に。直ぐに出ていくから、何もしないからどうぞ眠って!

「まだ、だいじょぶだろ…? おまえも、ねてろよ…」

腕が、伸びた。

(きゃー! 僕今抱き締めれてる何これむむむ胸が当たっ、!!?)

「んむ…」

セオを抱き寄せたのは良いものの寝心地が良くないのか、ヴァインディエタはセオの頭を抱くように左手をセオの頭の下にして横を向き、体勢を整えて更に眠りを貪ろうと緩く深く息を吐いた。セオが硬直している間に呼吸が深くなり、眠りに落ちた事が解る。

(どうしよう何か美味し過ぎて逆に手が出せないよー…)

取り敢えず起きてから即座に殺されないよう、少しでもこの幸福な時間に永く在れるよう(セオは自分の理性にさほど信用を置いていなかった)、戦々恐々と背に廻されている腕を解いた。

(あーあ、勿体ないなぁ…)

殺されるのは勘弁だが、それでもこのチャンスを見逃すのは勿体なさ過ぎる。鴨葱処か寧ろスリーピングビューティだ。お膳立ては何もかも整っている。障害という蔦は勝手に退き、自分は最後の鍵となるキスを贈るだけ。

蛇足ながらセオはこの話が大好きだ。実際に想いを馳せる人は自分を待ってなぞくれず、進んで自ら枷をぶち壊す気性だったので。唯一の人を待ち続けている女性という設定は何処か面映ゆい。シチュエーション等は全く好みでは無いが(百年も素直に眠り続けるなぞ考えられないし、動いて考えて生きているからこそ、その生き方共々に惹かれるのだし)。

毒喰わば皿までな心境で、少しだけ、その身体を引き寄せてみる。

(うわ…、暖かいなあ…)

顔にかかった髪を撫で付ける様に梳き、次いで頬を撫ぜて輪郭を辿ってみた。

(ちいさい…)

身体は大体十代半ば頃で止まっているのだから、当たり前といえば当たり前だがそれにしても。

(片手で顔を覆い尽くせちゃいそうだよ…?)

眠る時でも外さない、指の部分を落としてある手袋越しに体温が伝わってくる。

何故か涙が出そうだ。

(もう少しだけ)

どうか。これが紡ぎ車と蔦の魔法ならば、もう少しだけ解けないでいて欲しい。

(こういうの、何て言うんだっけ…。『果報は寝て待て』? 『待てば海路の日和あり』?)

ニュアンスは判るが、状況的には『棚から牡丹餅』だ、という突っ込みは何処からも入らない。

(もう少しだけ)

セオは静かに、眼を瞑った。



何の脈絡も無く唐突に。

「うわぁっ…!?」

ヴァインディエタは身体を起こした。セオを弾き飛ばす勢いで。その、貯めも事前動作も絶無な行動にセオは驚き、自ら寝台から落ちた。先程とは全く別の意味で心臓に悪い。落ちた際に何処かに打つけたらしく、頭が痛んだ。

(やばい、起こした? 怒った?)

くっついていても起きた様子はなかったから、その驚きは一入だ。伺うように顔を見ても、その顔は影になり、視線どころか表情も判らない。

再び石化しているセオには構わず、ヴァインディエタは起き上がりって窓を開け放つと(因みに確信犯かは判らないが、セオを踏ん付けて)部屋を出て行った。

一度もセオを顧みる事なく。


(まさか…、――無視攻撃!?)

冗談ではない。

ヴァインディエタは、基本的に余り怒らない。自分で対処出来る範囲ならば勝手にやってくれ、というスタンスだ。その代わり自分の力量を見誤り、他人というかヴァインディエタに迷惑を掛けた場合は徹底的に怒られる。罵詈雑言の限りを尽くして怒鳴り散らされ、メタメタに凹ませた後で対処の仕方を伝授する(因みに、今まで利用した事が無く方法が判らないとかそういう場合は、一度だけは説明してくれる)(その場合は特に怒鳴られたりはしない。悪しからず)。そして、二度目の場合は漏れなく報復が着くのだ。口で言って解らないならば寧ろ身体で! という理屈らしい。

食事抜き(但し買い物はさせる)・長期依頼(Sランク)・館長との茶会・ドクトルの手伝い、etc、etc…。

子供の喧嘩の様だが、セオには無視という形での報復が一番堪えた。

常にはセオ任せの食事も(自分の分だけを)一人で作り一人で食べて、会話どころか視線すら合わせてくれない。謝ろうが泣こうがヴァインディエタの気が済むまで徹底的に無視だった。未だ食事を(一人寂しく)とっているのに就寝時間だからと灯りを消された時は、思わず本気で泣いた。

その度重なる仕打ちに耐え切れず、ウィッチハウスのケーキ・菓子類を全て買い占めてヴァインディエタの目の前に据え、しかし包装は解かずに謝り倒したらあっさりと赦してくれたが。

ケーキに眼が眩んだだけかもしれないが、精神的にも金銭的にも非常に辛い事件だった。


(僕の報酬また全部お菓子に消えるの…!?)

自分では食べられないのに。甘ったるい匂いですら倦厭ものなのに。想像するだけで頭が痛む。けれど何とも皮肉な事に、甘い物を食べると浮かぶ笑みは、極上なのだ。一方的とはいえ喧嘩明けなら(喧嘩明けと言わず日常的にも)見たいに決まっている。いやしかし、極稀に見れるから希少価値が高いのだろうか、と新たな命題に取り掛かる前に思考を引き戻す。じっくりと考えてみたい気がしないでも無いが、先ずは先にやる事が在る。

謝罪と赦しだ。

(昔の人は巧い事を言ったよね。『天国から地獄』)

来たる甘い物漬けの生活はセオにとっては煉獄の底だ、オアシスのない灼熱の砂漠だ。

「辛過ぎる…!!」

頭が痛い。可能な限り素早く謝り倒して、ついでに出来れば経過説明をしてもらって、赦してほしい。財布が泣く前に。

 


「お早うございますー…」

いざ行かん、という意気込みは勇ましいが掛ける声は恐る恐るだった。

「…あれ?」

居ない。既に薬缶は火に掛けてあり、窓も全て開け放ち済みだ。新聞はテーブルの上に置いてある。洗面所だろうかとも思ったが、念の為ドアの鍵と靴を確かめてみる。どちらも昨夜のままだった。

「おかしいなー…?」

何故ドアの状態まで覚えているか少し疑問に思うが、今はヴァインディエタが先決だ。首を傾げつつリビングに戻ると、いつの間にか椅子に座った状態でテーブルに突っ伏しているヴァインディエタを発見した。

「ヴィ?」

「…」

声を掛けても返事は返らない。やはり、怒らせてしまったのだろうか。

「ヴィ、あの、」

依然として何も反応は無く、セオは思わずじわり、と涙を浮かべる。

「あの、…その、」

一歩テーブルに近付く。避けられてはいないらしく、態々席を立ちはしなかった。何を言えば良い。

(どうしよう、何て言えば良い? 一緒に寝てて御免なさい? でもまた機会が在ったら絶対やるし。触って御免ね? これだって以下同文だ。寧ろそれ以上だってしたい)

(怒ってる…よね。でも謝りたくないんだ。我が儘だよね。僕をちゃんと見てよ。僕はここに居るんだよ?)

泣きそうになりながらも堪えて近付く。考えが上手く纏まらない。頭が痛む。ヴァインディエタは、動かない。

(何て言ったら良いの)

(解らないよ)

(教えて)

(無視しないで)

その、つい先頃まで触れていた髪に、恐々と手を伸ばす。

「ヴ、」

「――うあぁッ!? 何だ誰だいきなり触るな! …って、セオ?」

跳ね起きた。先程と同じく、絡繰人形の様な唐突で不自然な動作だった。しかし珍しくも本気で驚いたのか、幾分と息が乱れていた。

「どうした、何で泣いてる」

其の声音に特に衒いはない。随分早いな? と続いた言葉にも躊躇いはなかった。ほっ、と安堵すると共に、怒りが込み上げてくる。

届かないかと思った。

「なっ、何だじゃないよ! お――、怒って、…ないんだ、ね?」

「朝っぱらから怒れるほどテンション高くねェぞ俺は。どうしたよ、…何だ、怖い夢でも見たか?」

変わらない。いつものヴァインディエタだ。巫山戯た様に、しかし少しだけ本気の色を覗かせて。

「見てないよ貴女が居るのに! でも、じゃ、あ、何で返事してくんないのさァ!?? 怒らせたかと、心配し、たの、にー!」

「あァ?」

半泣きになりながらも言葉を尽くして説明する。上手く言えた自信はないが、ヴァインディエタはどうにか理解してくれたようだ。最後まで聞き終えると、気まずそうに頬を掻いた。

「うぅ、何つーか…、」

何処か生真面目そうな顔付きを作り、困ったように言い継ぐ。

「その、どうも俺は寝起きが悪いらしくてな? アカデミーで聞かされたんだが、寝くたれてる途中に起こそうとすると、障害排除目的での攻撃か常と変わらない行動をするかはたまた何をするのか、まッッたく、予想もつかない様らしくて、…俺の知らない内に、『放って置くのが一番だー』という結論に達する程、それ位寝起きが悪いらしいんだ」

……、俺は全然解んねェんだが。悪かったよ、とあっけらかんと言い放った。

「気が付くと仕度が調ってんのは楽で良いんけどなァ」

セオの受けた恐怖と怒りを全く気にせず、寧ろ気楽そうにヴァインディエタは告げた。

「そん、な(気楽そうに)、」

言う台詞ではない。断じて。

ヴァインディエタは悪ィ悪ィと苦笑いをした後、謝罪のだろうか、いつの間にか沸いていた薬缶の湯で緑茶を淹れて一口飲んだ後で珈琲を作ってくれた。

「あー、うん。その分じゃ、よいは覚めたみたいだな。」

話が急に跳ぶのはヴァインディエタの癖だ。慣れるまでは戸惑うが、全部理解すると全て話題は繋がっている。特に気にせずに続けた方が直ぐに疑問は解決されると学んだ。

良い・宵・酔い。この場合は、酔い、だろう。余程可笑しな顔をしていたのか、また少し笑ってヴァインディエタは話を続けた。

「昨日の遅くに誰に飲まされたんだか、ぐでんぐでんに酔っ払って帰って来たんだよ、お前。しかたねェから布団に放り込もうとすれば無駄に懐くし五月蝿ェし、揚げ句一緒に寝ようときた。面倒臭くなって猫になったら赦してやるっつったら文句も言わずになったから、俺の部屋に連れてったんだ」

放心するセオは気にせずに続ける。

「…何処で飲まされたかは知らねェが、自分の限界覚えねェとどっかでカモにされるぞ」

段々と記憶が蘇る。濃密な酒の臭いと絡み付く体温。そしてそこで挙がった話題。既にカモられて、しかも酒の肴が僕とあなたの進み具合だなんて、口が裂けても言えない。因みに相手は例の三兄弟とドクトルでした。最恐タッグだ。酒に強く話しも巧い。

再び、開店以来二度目の前品買い占めという(不名誉な)伝説を作らないで済んだのは良いが、いつの間にか昨日の酒盛りは僕持ちになっていたらしく、財布は既に空だった。何もかもに愉しくなって、ご機嫌で話題を提供した後に、意気揚々と帰って来たのだ。

記憶を思い出すと比例して頭痛が酷くなり、頭が痛い病気かも看病してよと泣き付いたら、それは唯の二日酔いだ莫迦め、大人しく水分取って寝てるんだなと宣告された。

『酒は飲んでも飲まれるな』という由緒正しい格言を知らなかったツケは随分と高く着いたらしい。

手に入ったのは空の財布と酷い頭痛、握られた弱みとあの人の柔らかな感触。

 

………意外と悪くないかもしれない。

 

 

終劇 (041024)。


高杉新作/都都逸 『三千世界の 鴉を殺し 主と朝寝が してみたい』



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