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師匠と弟子  作者: 麻川
3/8

医者嫌いの真相

ある日。常の如くに目覚めたら、頭と喉と腹が痛くて、ついでに呼吸も苦しかった。

というか声を出すのも辛かった。

「…おはよー」

「…うわッ、恐ッ」

「頭が~、痛い~、よ~。…何これぇ? 眼の前がぐらぐらする……?」

「お前今日外出禁止。依頼とかはキャンセルして来てやるから、一日寝てろ。俺に近寄るんじゃねェぞ」

移したら容赦しねェ、言い放つ顔は嫌悪で満ちていた。

ああ、その表情は嫌いだな、と長閑に違う事を考えながら眼の前が暗くなる。

おかしいな、起きたばかりなのに。





眼が覚めるとルーディルーディが枕元のナイトテーブルの辺りで何かをしていた。因みに服装は動き易そうな服にエプロンで、病人相手な為か、香水は着けていなかった。

「はろーん、セオくーん。…って、なに死にそうな顔してるの? だぁいじょうぶよ、直ぐに治るから。ただの風邪なんだし」

「あれー? こんにちはー、妹さんー。……何で居るんですか?」

「あらあらご挨拶ね。仕事よ。誰かさんの病気の看病と家事をしに、ね」

これ飲みなさい、と渡されたのは温かくしたホットワイン・生姜入りだ。少しだけ口に含むと、ほんのりした温もりが喉に優しい。

「…ヴィは?」

「知らないわ。ちゃんとお金銭とかは貰ってるから、セオ君が何か心配する事は無いわよ?」

「…いえ、そういう事じゃないんですけど…」

「この家には居ないわ。治るまで付きっきりで、って事だったから、多分治るまで戻ってこないと思うけど」

「…そう、ですか」

この家で、住人以外を見るのはこれが初めてだった。何となく自分が特別扱いをされたがっていた事に気付いて、少し恥ずかしい。

聞く処に寄ると、ルーディルーディは公司に傭兵のみならず、家政婦や家庭教師としてのエージェント登録もしているのだそうだ。傭兵の他にも聖職者や発掘屋としての仕事を持つ兄達同様、副業は良い暇潰しになるらしい。

三人纏めての依頼料を払えるだけの依頼人というのは余りいない。且つ、達成率はほぼパーフェクトのチームであるからこそ依頼は選ぶのだそうだ。気に入った依頼が無い場合は、各々副業に励んでいるらしい。

「――で、家政婦として仕事をしに来たのよ。炊事洗濯掃除に看病、一通り出来るから安心して良いわ。っていうかあの阿呆よりはよっぽど安心よ」

因みに必要経費として色々買って来たわ、体温計とか。にこやかに、けれど眼は笑ってないその煌めく笑顔が素敵です。セオは体温計なる物はよく解らなかったが、ヴァインディエタが原因で怒っているらしいルーディルーディに潔く感服した。


珈琲が飲みたいです、と主張してみたら刺激物は厳禁よと笑いながらも断固として言い切られ、珈琲の代わりに、と淹れてくれたお茶で喉の渇きを癒しながら世間話(主にヴァインディエタの昔話やその他)(公司を通した依頼では無く、ルーディルーディの家にヴァインディエタが直接来たのだ、とか、長男は含みを持った笑い顔をしながら、次男はセオにワインの差し入れを持たせて、そのワインを先程使ったのだ、とか)をしていると、ドクトルがやって来た。前もってヴァインディエタが喚んでいたらしい。

ルーディルーディは往診を頼んでいる事しか知らなかったのだろう、ドクトルを見て慌てて珈琲を用意を始めた。

「ああ、お構いなく。何処かのクソ餓鬼に身内割引してくれと研究途中に引っ張り出されただけですからね、余り時間はないので」

「あら、折角お医者が来るって聞いてたから、経費でウィッチハウスのケーキ、用意してたのに要らないんですか?」

「さて、早く診察を終わらせてティータイムとしましょうか。一緒にどうです、ミズ・ルーディルーディ?」

ヴァインディエタの甘い物好きは保護者であるドクトルに似た物らしい。

「喜んで。珈琲も一等のヤツ、使っちゃいましょうね」

二人揃ってニヤリと笑い合った後、移るといけないから、とセオの部屋で診察が始まった。

「やあ、セオ君。元気でしたか?」

「お久しぶりですー。ドクトルさんこそお元気そうですねえ」

「はは。生憎と私は病原菌に嫌われているらしくてね、今までに病気という物に掛かった事はないんですよ。医者として、自分で薬の成果を試せないのはどうかとも思うんですが」

「いえ、結構辛いですから掛からない方が良いと思いますけど」

「そうでもないですよ。私はアカデミー時代に、学生ならではの仮病での授業サボリをしたかったんです。けれど、実際に症状を知らない所為かどうも下手でね。よくアリスタリア――と、解らないですね。そう、図書館の館長です。寮の監督生でもあったので――に布団から引きずり出されてましたたよ」

「――流石、ヴィの保護者ですねえ。嫌いな依頼人に当たった時と反応が同じです…」

見た目や口調は正反対だが、意外とこの保護者と被保護者は似ているらしい。常に煙草の匂いを纏っている処や甘い物好きな処、フェミニズム、ヴィの言葉の端々から察するに、鍛え方も似ているようだ。理論から実践まで余さずスパルタな処とか。然りげなく、と明白に、の違いは在るものの、真逆な様で驚く程似ている。

「………。…保護者じゃないんですがね…。ただの身元引受人ですよ」

ドクトルは反論しようと口の開閉を繰り返したが、巧い論破を思い付かなかったらしい。おもむろに持って来た鞄を開いて治療道具を取り出すと、厳かに口を開いた。

「さて、診察をしましょうか。ちゃんと具合が悪い事が解って良かったです。いきなり倒れて、下手に医者を呼ばれたら面倒でしたからね」

話を逸らす方法も全く同じだ。セオは思わぬ発見に微笑んで、しかし指摘はせずにドクトルの話題に乗ることにした。

「や、初めてでも解りますよ、これは。頭がぐらんぐらんしますし」

「――そうですよね、それが普通なんですけどね。偶に、解らない奴が居るんです。そういうのは自分の不調を把握出来なくてね、唐突に倒れるんです。迷惑極まりないですよ?」

「…実感篭ってますねー。何て言うか、身近でそんな人を知ってるんですけど…」

「ヴァンがそれですからねぇ。しかも薬が使えないのに、喚ばれた医者が投与したお陰で大騒ぎになったからなぁ」

ははははは、と妙に力の篭った笑い顔が恐ろしい。

「えーっと、ヴィは薬効かないんですかー。『この家には風邪薬とか必需品すらないのね!?』ってさっき妹さんが怒ってたんですよー」

今度はこちらが話を逸らす為に、ルーディルーディとの世間話であがった事を聞いてみた。確かに効かないならば薬は必要無いだろう。

「違う違う。逆ですよ、効き過ぎるんだ。その時は解熱剤としてアスピリンを打たれたんだけど、呼吸困難で死に掛けて」

セオには言えないが、ヴァインディエタの、人間として有り得ない骨格や染色体を調べようとしたその医者は、危うく機密保持の為に消され掛けた。保護者として喚ばれたドクトルのもっていた遺産で記憶を消し、ヴァインディエタには適切な治療を施した事なきを得たが、下手したらそのまま消されてしまう事も有り得た。職業熱心ならば特に。

セオほどではないが、彼が造られるまではヴァインディエタが第一次機密だった。失敗作だと判明していても、それ以外の実験体は全て死んでいる。よほどの過失がない限り、廃棄に反対する一派は世界政府にも公司にもいた。

「――さてと。唯の風邪のようだね。一応君には薬を出すけれど、少しでもおかしいと思ったら、直ぐにルーディちゃんに言いなさい。ヴァンは、君が治るまでこの家には寄り付かないと思うから」

「移ったら大変ですからねー。ヴィ、文句言いながらも健康に気をつけてますし。あの人の性格からして不思議だったんですよ、怪我とかはほったらかしなのに換気とか栄養配分とかは完璧なのは」

「まあ、私の調合は高いですから。あいつは合理主義でもありますし」

「無駄な事とか大ッ嫌いですからねー」


ルーディルーディと仲良くお茶をして帰ったドクトルからの治療費と、必要経費として請求されたルーディルーディの請求書に、ヴァインディエタが容赦無くセオの仕事のランクを引き上げるまで、あと一巡り。 

 


終劇 (041103)。(080406 up)




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