子守唄と暖かな寝床。
手を伸ばす。髪に触れる。真っ直ぐで絡み難い性質の髪は梳いていく指の隙間を流れ落ち、間から覗く耳は赤く染まっていた。照れながらもどうして良いか解らずに、わたわたと手を動かしたり無駄に力の入った肩が楽しかった。自分より小さいのは良い。それだけでこちらに余裕が出来るし、何より一方的に顔が見れる。手を離す時は名残惜しさを掻き消す為に、わざと髪を掻き交ぜてクシャクシャにしてやる。
そして、頬を染めて怒り出す姿に笑った。
なのに。
「……何でこんなに無駄にでかくなったんだろーなァ?」
アドバンテージを奪われた気分だ。
「? 何か言った?」
髪に頬を擦りつけたり背中から腹に廻す手は緩めずに、尋ね返された。
「いや? 別にうぜェとかうぜェとかうぜェとかは思ってねェよ?」
聞こえなかったらしい言葉を消去して、だからとっとと放せというニュアンスを強く持たせた言葉に変更してみた。拘束されながらも偉そうな言い方が可笑しかったのか、軽く苦笑するように吐き出された吐息が首筋に掛かった。
思わず躯を震わせる。失敗した。ここまで密着していたら直に伝わってしまう。案の定耳元へ降りてきた唇からはからかうような声が紡ぎ出された。
「昔みたいに頭撫でてくれないの?」
大好きだったのに、と嘯かれる。ムカつく。
「そーだなー…。昔みたいに小さくて可愛かったら撫でても遣りたくなったが、――生憎こんな莫迦デカイ野郎相手は触りたいとも思わねェよ」
「酷いなー。幾ら僕でも傷付くよ?」
「嘘こけ。なら、お望み通りその頭グチャグチャにして遣るからとっとと放せっつーの。慰めてやるよ」
「ヤダな、もうちょっと動かないでてよ。もう直ぐ雨降ってくるから、そしたら寝ちゃっても良いからさ」
ぎゅぎゅー、と肩に顎を置きながら、体重をヴァインディエタの躯を曲げるように掛けてくる。自然、躯同士がくっついて心音すら判りそうになった。
「雨の音も僕の心臓の音も、聞いてると眠れる気がしない?」
セオの、ヴァインディエタより一廻り大きな腕に一緒に掴まれた手が僅かに動いた。
「…眠れる気が、しない?」
(…もしかしなくても、)
気付かれてたか。ここ暫く寝付きが悪く、無条件で眠りに着ける雨を心待ちにしていた事を。常と変わらないように気を付けてはいたのだが。
何時の頃からかこの、図体ばかりデカくなった犬ッコロみたいな男は、ヴァインディエタの不調に気付くようになった。初めの頃は不用意に口に出したお陰で喧嘩を勃発させたりして余計な体力を使わせたりしていた癖に、今では気付いている事を匂わせながらも、過度の干渉はしてこなくなった。
(何処までが本当か判らない嘘は、俺の持ち味だった筈なのになァ)
一番騙し通したい奴が真っ先に気付き、それでも好きな様にさせてくれている状況というのは、何だか面白くない。掌で踊らされているような、遠くもなく近くもない絶妙な距離で見守られているような気分だ。
(コイツが)
無駄にデカくなるのが悪い。ほんの少し前までは自分の態度に一喜一憂していたのに。今まで加護をしていた手が、今では自分に向けられている気がする。
(もっと小さくいれば良かったのになァ)
そうすれば、からかうような態度でこちらの本心を見せないまま、勝手に安心していられたのに。
(頭触りてェ)
でも触ってやらない。喜ばせるのはしゃくだ。正しく言えば、触る事が存外好きな自分をを喜ばせている事で喜ばせるのは。
「きっと、雨音を聞きながら寒い中で寝るよりも、暖かい所での方が良く眠れるよ」
「こんなクソ重い躯乗っけたまま寝られる程、寝付きは良くねェの」
言いながらぐぐぐぐ、と背を(体重を預けていたセオごと)反らして、よりかかる、というより寧ろ毛布代わりに寝ッ転がっている様な態勢を作った。
「じゃあお言葉に甘えさせて貰うが、手ェ出したらぶん殴るからな」
「え」
「夕食はシチューとアイスが良い」
「ちょ、」
「…ちゃんと出来たら、ご褒美に頭撫でてやるよ」
「それは嬉しいけどっ、」
「じゃァ、俺は寝るから。起こすなよ」
夕食のリクエストに応えるには、先ずはヴァインディエタの下からどかなくてはならない。ご褒美を取るか美味しいシチュエーションを取るか、ジレンマで苦しめば良いのだ。
報復の為に慣れないながらも強請ってみせた所為か、僅かに体温が上がった。背中と腹と手が温かい。
「……お休み」
終劇 (041028)。