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「アイドル信仰』

Yahooのトップページのニュースを見てて思ったこと、Copilotとスパーリング(笑)して、まとめてみました。

話に普遍性を持たせるため個人名とか割とボカしますが、まぁどんまい。


さて、某男性アイドルグループのメンバーが相次ぎ結婚するってことで、SNSでは彼らに対し、(元)ファンだった方々から罵詈雑言がガッツンガッツン書き込まれたそうですよ。

なんかこう、何を勝手なことを、と思ったんですが。

というのは、90年代終わりの頃、当時人気絶頂期だった某アイドルが、某人気グループのダンサーと結婚、しかもデキ婚ということで話題になりました。

が。これ、特に女性側からは、「アイドルは結婚しちゃいけないのか」「○ッ○○しちゃいけないのか」「おめでとう!」とかね、なんかそういう世論の流れだったと記憶してます。

なんか、急に日本人、さばけたなぁ、とか思ったんですが。

で、もう一件、某アルファベット三文字のグループの一員が、規約を破って男つくったとかで、丸刈りにしたってのがありました。

これも、「彼氏くらいいいだろ」とか「丸刈りとか人権無視」とか、なんかそういう論調だった記憶。

なんかこう、規約よりも個人の事情が優先されるとか、すげー時代になったもんだ、と驚いたんですが。


ところで、私はアイドルって、「疑似恋愛の商品である」と思ってます。

まずさ、レコードなりCDなり出してるけどね、誰も真剣には聴いてないでしょ?(笑)

そういうのって、基本的にファンアイテムであって、ファンが買う商品。

一般人が買うって、そうそうないでしょう。

むしろ、出したCDがファンでもなんでもない人たちが買うようになったなら、歌手だのアーティストだのとして独り立ちできた、ってとこじゃないですかね。

80年代のアイドル、それ以前の70年代の「カワイ子ちゃん歌手」とか呼ばれてた人たちの中で、ファンという「内輪」を超えてレコードが買われてチャートランキングを上った時、スーパーアイドルとかスター歌手とか呼ばれてたと思うんですよ。

実際そこまで行くのって、一握りどころか一つまみ程度ですけどね。

それだけにそうした人たちの歌はのちの世も語り継がれ歌い継がれたりしますが。

まぁそんなわけで、ファンがどれだけそれが「イイモノ」であるかを主張したところでファンアイテムであることにはあまり変わりないだろうと思うのですよ。

話がそれましたが、「疑似恋愛の商品」になる、と決めてその道に入ったんだから、『覚悟』くらいは持って欲しいなとは思うんですよね。

「アイドル」って『偶像』ですもの、『偶像』としての矜持くらいは持ってほしいな、と。

一方で、その『偶像』は「生き物」ですから、永遠に『偶像』でいられるわけじゃない。

男だって、子孫を残すにあたり、その限界ってものがあります。

だから年取ってきたら、許してあげてはいかがでしょうか?

なんなら「アイドル定年制」とか採用してもいいんじゃないか、と。


さて、「アイドルのファンでいる」ことって、『特定の宗教を信仰する』のと変わらん、と思っています。

何しろ、少なくとも月イチくらいで関連商品が発売され、『お布施』をすることになりますし。

「コンサート」という名の『集会』もありますし。

なんなら、グッズを買ったりコンサート行ったりってのを熱心にやることがファンとしての忠誠心、みたいな感じで。

その商品の良し悪し関係なく、まず買う、とりあえず買う、と。

買わないと『裏切り』みたいな気分にもなるわけです。

こうした感覚、私自身も若かりし頃にはずっぽりアイドルにハマってたんでね、とても非常によく分かります(笑)

ただ私は、レコードだ写真集だと毎月なんかの出費があって、それは無条件に買わなければならない、みたいな状況にふと気付いてしまって、「ああ、これ宗教と同じだわ」とか思っちゃったんですね。

ときにその1年半ほど前、ほぼ騙し討ちで某宗教団体の集会に行くことになってしまって。

教義を盲目的に信仰し、熱弁する人たち。

まぁ正直なところ、気持ち悪いな、と。

これで教義が決定的に社会的間違いを言ってたら、どうすんだ?と。

もっともそれは、オウム真理教という最悪の形で表面化してしまうわけですが。

そういうことがあって、私自身、宗教というものにかなり懐疑的・否定的です。

その辺が自分の作品にも出ていますが、まぁどんまい、そういう考えを持つ人もいるんですよ、ってことで。

とはいえ人は弱い生き物、信仰に頼るというのは悪いことではないと思ってもいます。

同時に、多く宗教内に含まれる、社会的規範を守らせる強制力というのは人間社会そのものを円滑に運営する上では有効なもの、とも考えています。

昨今、日本国内で起こっている問題行動やら、そうした「宗教的規範の強制力」が弱い人、弱い地域に住む人ほど多いのではないでしょうか?

ただ、その強制力があらゆる規範に一律的で、排他的なところにまで及ぶことが問題だ、と思っているだけで。


さて話を戻して、「アイドル」という『宗教』にハマった人たち。

ずっと盲目的に『信仰』し続けられるものでしょうか?

コンサートのチケットがなかなか取れない。

グッズを買い続ける経済的負担。

心の奥では、「このままでいいんだろうか?」という疑念があったりしたんじゃないでしょうか?

でも口には出せない、行動にも出せない。

出せばファンとしての『熱』を疑われるし、今までファンでいた自分自身を『裏切る』ことにもなりかねない。

止め時、抜け時が分からないまま、ズルズルと来ちゃったわけですよ。

で、冒頭のように、「推し」の『裏切り行為』があったので、これ幸いとばかりに『脱教』できる。

「自分のせいではない。あっちが悪いんだ」、と。

昔読んだ本で『愛の試み』(だったかな?)というのがありして、その中に「愛と憎しみは同じ根源から発生しており、深く愛すればするほど、憎しみも強くなる」みたいなことが書かれていまして、これをオレ流に書き換えると、「愛と憎しみは同じエネルギー源から発せられ、その量の絶対値は同じ。プラスなのが愛、マイナスなのが憎しみ」みたいな感じですかね。

今まで強く「推し」てきていればいるほど、そこから『離脱』するのに同じだけのエネルギーが必要になる。

だからこそ、より「強い言葉」を発して自分すらも欺かないと、抜けきることができない、と。


そのように考えると、冒頭の、SNSで罵詈雑言をまき散らす人たち。

ある意味、憐れ、とも思えてきます、深く愛していたがゆえに、ですから。

だとすると言われちゃったアイドルの皆さんも、「ファンに裏切られた」と思うんでなく、彼ら彼女らが自分から『離れるために』放った言葉として、それほどまでに深く愛されていたのだ、と受け取る方が精神的に病まずに済むと思います。

逆に、そうなった以上はこれから先、未来を見据え、新しいファンを獲得する!くらいの気持ちでいた方がいいじゃないでしょうか。

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