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スピンオフ:第4話 若き将軍、ユリヴァルの前に散る。

舞踏会の夜、広間の片隅で軍事系の将官たちが群れていた。

彼らは基本的にこうした華やかな場を好まない。

戦場の泥と硝煙に慣れた彼らにとって、煌びやかな照明や甘ったるい香水の匂いは馴染まぬものだ。

それでも――名誉元帥ヴァルター・フォン・ロゼンクロイツとひとことでも言葉を交わせるならと、犬のように隅で待って待って、延々と機会を窺っている。


ルーカスは、その姿を何度も見てきた。

(……俺はああはならない)

胸を張り、若さと地位を武器に、正面から話しかける機会を掴んでみせる――そう心に決めていた。


彼はまだ若いが、すでに将軍の地位を得ている。

家柄も軍事畑で、そこそこの名のある家系。

見目にも自信があり、一張羅の礼装を身に纏えば、場違いに見られることはないはずだった。

しかもこの夜は、ある戦術書を抱えている。

古典的でありながら、いくつもの局面に応用できる名著――自分でも答えを出せなかった箇所をいくつも付箋で挟み、しおりを入れた。

ヴァルターなら、きっとその解釈を聞かせてくれる。


やがて、広間の中央付近にその姿が見えた。

紅と黒の礼装をまとい、背後には黒衣の殿下。

二人並んだ姿は、遠目にも場を支配する威圧と美を放っている。

軍事系の将官たちが遠巻きに見守る中、ルーカスは一歩を踏み出した。


(今だ……)


若さの勢いに背を押され、分厚い戦術書を抱えたまま、殿下とヴァルターの前に立つ。

「あ、あの……この場面は――」


蒼い双眸がゆっくりとこちらに向いた。

殿下は言葉を発さない。

ただまっすぐに見据えるその視線が、喉元に刺さるようだった。


ヴァルターが静かにルーカスの手元に視線を落とす。

「……その本は――」

眉がわずかに動き、それが戦術書であることを一瞬で察したようだった。

だが、そこで言葉を切る。


殿下を待たせることはしない――それがヴァルターの在り方だった。

黄金の瞳がルーカスに向けられ、すぐに殿下へと戻る。

その瞬間、ルーカスは理解する。

(……今は、自分のための時間ではない)


それでも、諦めきれなかった。

思わず、ヴァルターの礼装の裾を掴んでしまう。


周囲の空気がわずかに張り詰めた。

ヴァルターは足を止め、視線を落とす。咎める色はない。

ただ、困ったような、それでいてどこか甘さを含んだ微笑を浮かべた。


「……離してもらえるか」

穏やかな声。だが否応の余地はなかった。


はっとして手を放すルーカス。

次の瞬間には、ヴァルターは何事もなかったかのように殿下の隣に戻っていた。


「……ヴァルター、奴はなんだ?

今後の出入りを禁じろ」


殿下の低い声が落ちる。

広間のざわめきに紛れても、その響きははっきりと届いた。

近衛の視線がすでに動き始めている。


「御意」

ヴァルターは短く答えるだけで、感情を挟まない。


周囲の軍事系の将官たちは、一瞬だけ視線を交わした。

(……ルーカス……やっちゃったな……)

誰も口に出さず、ただその目が語っていた。


舞踏会を好まない彼らは、犬のように待ち続けることで、少なくとも場を追われることはない。

ルーカスはそんなやり方を軽んじ、突撃こそ正しいと思っていた。

だが――最適解は、結局あの待ち続ける姿だったのだ。


ヴァルターは何も思っていないように見える。

殿下の隣に戻った彼の黄金の瞳は、淡々と前を向いていた。

……ただ一瞬だけ、ルーカスの抱えていた戦術書の背表紙を思い出す。

あれは自分も好ましいと思っていた一冊だ。

解釈を語り合えば、有意義なやり取りになったかもしれない――そう、ほんの少しだけ思う。


まあ、軍を首になるわけではない。

また話す機会もあるだろう。

殿下がそれを許すかは、わからないが。


ヴァルターは未練を手放し、主と歩調を合わせた。



……その様子を、会場の端から見ていた筆頭書記官レオンは、目を細めて鼻で笑った。

……ヴァルター閣下にとって、軍事なんて“ただ出来るだけ”の芸当でしかない。

あの方にとっては、戦場も戦術も、やると決めたら当たり前にできてしまうことなのだ。


けれど、今あの人の心を本当に震わせるものは――殿下の御心。

その傍に立ち、望まれる時にそのかんばせを見せること。

それこそが、あの人が動く唯一の理由だ。


そして、それを一番近くで観測できるのが、私レオン。筆頭書記官。

本当はちょっと、すごい文官なのだけれど……まあ、自分で言うものでもない。


「……どんな時でも殿下が最優先。あれこそが国のヒモの芸当ですよ」

そう呟いて、グラスの酒を一口。


広間の向こうで、意気消沈しているルーカス将軍が見える。

突撃玉砕とは、若い。

「ま、いい勉強になったでしょう。……次は犬仲間としてお待ちしましょうか、将軍殿」


舞踏会の灯は揺れ、音楽が流れている。

わたしの呟きは誰の耳にも届かず、ただ空気に溶けていった。

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本編も宜しくお願い致します。

風邪をひいて何日か更新おやすみ中il||li(っω`-。)il||li

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