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かくして、魔法少女になるための厳しいレッスンが始まった。
「はい、ワンツー、ワンツー! 来るッと回ってターンッ!」
「はぁはぁ。なぜ私がこんな目に……」
「ひえぇ。きついですぅ……」
ピンクと青の魔法少女服を着た二人が、俺の手拍子に合わせて踊っている。
ピンクはどんくさいが素直。青は動きにキレがあるが表情が固い。
だが、共通して圧倒的に足りないものがある。
「息が合ってない。全然なっていない」
「無理言わないでよ! 会ってまだ数時間よ⁉︎」
「泣き言を言うな。強くなりたいんだろう?」
「強くはなりたいけど……、なんかやっぱりおかしい気がする」
ビキニアーマー女改め青い魔法少女(仮)のアンはいぶかしんでいた。
無理もないが、最近の魔法少女にはダンスと歌唱力が必須だ。
まるでアイドルのように、戦いの後に歌って踊るのが様式美となっている。
主にエンディングで。
「エンディングってなんですかぁ?」
「お前たちが歌ってる歌がバトル後に流れる。なぜだか俺にも分からん」
本当に、なぜなのかは誰にも分からない。
だが奴ら、魔法少女たちは毎度のごとくキレッキレで息の合ったダンスを、戦いの後に必ず披露するのだ。
きっとそこに強さの秘密があるに違いない。
「多分違うような……」
「だまれ。俺に逆らうな。さあ、もう一回行くぞ」
「ふえぇ。休ませてくださーい!」
ミラがへたり込んだ。全くもって体力がない。
「情けない。これだから最近の若い奴は」
「そんなこと言われても……。ところでザークさんは何歳なんですかぁ?」
「む? 数えるのをやめたが、数百年は生きているな」
「えぇ! そんなにお年をめされてたんですか……」
ミラがびっくりした顔をしている。
そもそも人間と魔族は寿命が違うのだから、おかしくはないのだが。
「それにしても腰に手を当てて説教始める姿とか妙に……年長者感があるのよね」
「おい手下B、いったい今何を言いよどんだ。何の言葉を選んだ」
「いや別に。でもすぐに最近の若い奴はって言うのやめた方がいいと思うわ」
「なんだ、今すごく屈辱的なことを考えられた気がするぞ……」
練習の間のちょっとした会話。
悪の魔法少女計画を進めるたびに、幹部としての威厳が失われている気がする。
再び威厳を取り戻すため地獄のレッスンを開始しようとした、その時だった。
――ガサガサ。
茂みから武器を持った輩たちが現れた。
「ぐへへへ。なんだァこりゃ。いい女がいるじゃねぇか」
「なんだ貴様ら。神聖な儀式の邪魔をするつもりか?」
「なんだこいつ、頭いかれてんのか……? まあいい。おいお前ら、出て来い!」
丸ひげの男が叫ぶと、四方八方からぞろぞろ盗賊団が姿を現した。
アンが魔法少女服を脱ぎ、ビキニアーマー姿で剣と盾を構える。
「この辺に盗賊団が出るって噂は本当だったようね。ここは私が!」
「脱ぐな。露出狂」
「違う! これは戦闘に適した……」
「その数少ない利点をお前の片手剣装備が潰しているんだろうが。さっさと魔法少女服を着て下がっていろ」
俺は脱ぎ捨てられた服を叩きつけるように返し、盗賊たちを睨んだ。
人数はざっと20。アンの格好を茶化す声があちこちから聞こえる。
俺の部下にもいたが、こういうのはだいたい決まってザコだ。
「消えろ。デス・レイン」
空へ放った魔弾が黒い雨となって降り注ぎ、盗賊団は瞬く間に壊滅した。
「ぐげえ!」「ぐあらば!」「ひでぶ!」
そして、まったく反応が昭和だ。
「さ、さすがザークさん……」
「ふん。この程度造作もない。……うん?」
その時、焦げた盗賊の頭上から小さな金髪の子供が降ってきた。
「いてっ」
「マ、マルク!? お前、隠れてろ!」
「やだ! 俺も戦うゾッ!」
震えながらもナイフを握る姿。
どう見ても小僧だが、気配遮断はできるようだ。
「……俺としたことが、一匹取り逃がしたか」
魔力を収束させかけた俺を、ミラが止める。
「待ってくださいザークさん! 相手は子供ですよ!」
「ふん。こいつ、生意気にも気配遮断のスキルを使っていた。俺の目をかいくぐるとは、生かしてはおけん」
「でもちょっと訳ありなようですし、お話を聞いてもいいのでは?」
どうやらこいつにも正義の心が育ってきたらしい。
魔法少女として、これは喜ばしい兆候だ。
善性が育てば育つほど、反転して悪となった時の反動は大きい。
「よし。ならばそこの小僧、言い訳を言ってみろ。つまらなかったら殺す」
「もう! すぐにそうやって殺すって言う!」
ミラが怒っているが、マルクは静かに語り始めた。
森で両親に捨てられ、山賊に拾われて育てられた。
自分を育てた人たちだから、恩義がある。
「だから俺は、誇り高き盗賊なんだゾ! 変な格好の連中になんか絶対負けない!」
「そんなボロ布を着ておいて誇り高きとは笑わせる。だが、いいキャラだ」
悲しき過去持ち。そして変な語尾。
魔法少女にありがちな王道パターンだ。
俺は満足げにうなずき、マルクに服を差し出す。
「さあ、これを着ろ」
「これは……?」
「魔法少女服(黄色)だ」
「「えっ⁉︎」」
ミラとアンが信じられないものを見る目をしているが、そんなものは悪の組織幹部であるこの俺に通用しない。
「これを着れば、命は助けてやる。ついでにそいつらも解放してやる」
「……分かった。俺、着るゾ!」
マルクはその場で着替えた。驚いたことに、実によく似合っている。
最近男の魔法少女もいるそうだし、男の娘という属性も世間にはあるようだ。
例え女でなくても何の問題もないだろう。
「では行くぞ。新たなるしもべよ」
「分かったゾ。おっさん」
こめかみがピクリと動く。なんだその語感。
気のせいかもしれんが、誇りというか威厳というか何というか。
魂がダメージを受けた気がする。
アンとミラが口元に手を当てて、「あ、言っちゃった」というような顔をしている。
「おいお前、その呼び方を……」
「くっ、マルク! やめろ、そいつの口車に乗るな!」
訂正させようと思ったところに、丸髭の親父が口出ししてきた。
「父ちゃん、今まで育ててくれてありがとう」
「マルクーーー‼︎」
実に感動的なシーンだ。だが無意味だ。
呼び方を訂正させるタイミングを逃してしまったが、まあいい。
俺たちは新たな魔法少女(仮)(?)のマルクを引き連れ、森をあとにした。