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俺たちは冒険者ギルドに到着した。
ミラによれば、異世界では冒険を始める前に登録とやらが必要らしい。
「新規登録ですね。ではこちらに名前と職業を書いてください」
そう受付嬢が紙とペンを差し出してきた。
俺は素直に自分の名前と元いた世界の職業をそのまま書いた。
「……株式会社ヤーバイゼ幹部ですか? 前例はありませんが、登録は可能です。初級者ランクでの認定となります」
と銅色のギルドカードを渡された。名刺のようなものか。
「この俺が初級者だと? 全く舐められたものだ」
「し、仕方ないですよ。誰でもみんな初心者なんですから」
「ふん。しかしミラよ、お前のカードは銀色をしているようだが?」
「わ、私は一応これでも中級者なので」
手下の分際で俺よりもランクが上とは、笑えない冗談だ。
俺はギルドカードを受付カウンターに投げ捨てた。
「おい女。俺がこいつよりも下とはどういうことだ。今すぐこのカードを上級に変えろ」
「こ、困りますよお客様!」
「ちょ、ちょっとザークさん! ここで騒ぎを起こしたらマズいですよ!」
もめていると、奇怪な格好をした女が現れた。
「そこの魔族! 乱暴はやめなさい!」
肌面積の少ない水着のような鎧、手には剣と盾。
戦いをなめているとしか思えない服装だ。
これでは防御力も何もあったものではない。
「なんだこの痴女は?」
「マズいですよザークさん、あの方は王国の騎士です。このままじゃ逮捕されちゃいますぅ!」
またミラがべそをかき始めた。相変わらず頼りにならん。
「それで、王国の騎士がこんな下町のギルドに何の用だ」
「怪しい魔族がいると通報があったの。あなたのその青い肌、白い尖った髪、そしてその格好……。どう見ても怪しすぎるわ!」
ふむ。やたらと指摘されるが俺の格好は黒の軍服だ。
別に奇抜でもなんでもない。
少なくとも、ビキニアーマーに比べればよほど常識的だろう。
「ふん。怪しければどうするつもりだ」
「現行犯として処罰します」
女は右手に剣、左手に盾の片手剣スタイルで構えた。
その一挙手一動ごとにブルンブルン揺れる胸が、実に見ていて滑稽である。
「いいだろう。退屈しのぎに遊んでやる。こい」
「やあああ!」
速い。さっきの4人組よりはできるようだが、しょせんは人間。
魔法少女の重たい一撃と比べれば、この程度造作もない。
俺は受付に転がっていたペンをつかみ、剣筋を完全に見切って防いだ。
「なっ、私の剣が止められた⁉」
「その程度か。つまらん」
俺は女の無防備な腹に蹴りを叩き込んだ。
盾を構える暇もなく女は壁に吹き飛ばされ、そのまま気絶。
まったく軽装のくせに盾とは。重さで機動力を殺してどうする。
ちぐはぐすぎてまるで戦術として成り立っていない。
「マズいですよザークさん! 王国の騎士なんて倒したら絶対増援が来ます!」
「どうでもいい。この程度何人来ようと問題ない。それよりカードだ」
「いやもうダメですって! あ、受付さんが逃げていくぅ!」
受付嬢は血相を変えて奥へ逃げ、他の客たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
「やばいやばい、本当に逮捕されちゃいますって!」
「人間の法律など知ったことか。それより俺のランクを――」
「いいから逃げましょう! 私、前科持ちなんて絶対イヤですぅぅぅ!」
あまりにしつこくミラが懇願するので仕方なくギルドを後にする。
その背後で。
「ザーク……あなたは、一体何者なの……」
倒れた女騎士が、顔を上げて呟いた。
「な、何とか逃げ切れましたぁ」
俺たちは町はずれの森に逃げ込んだ。
野生動物やモンスターの気配はあるが、俺の気配に恐れをなしてか誰も近寄ってこない。
「ふん。軟弱者め。逃げるなどせず堂々としていればよかったのだ」
「わ、私はザークさんほど強くないんですよぅ」
「そんなことは知っている。だが俺の手下になる以上、その程度では先が思いやられるな」
「うぅ。いつのまにか手下になってる……。もうおうちに帰りたいよう」
ミラは涙目になってグスグスと半べそをかいている。
魔法少女にはこういうやつもいるとはいえ、少々臆病が過ぎる。
俺が鍛え直してやらねばなるまい。
「さて、まずはお前の魔法の腕前を見せてもらう。使える魔法は?」
「えっと防御と回復、それと光系の魔法が少し……」
「支援型か。だが光系は悪くない。魔法少女に必要な素質だ」
「そ、そうですか……?」
魔法少女は大体光属性。光が強いほど影もまた濃くなる。
つまり、闇への適性もあるということだ。
「よし、まずはそこにいるスライムに魔法を打ってみろ」
「は、はい! イルミネイト!」
ミラの杖から光の弾が放たれ、スライムに直撃。
ぷしゅっと弾け、泡のように飛び散った。
「ほう。意外とやるではないか」
「えへへ。これでも中級なので」
「だがこの程度ではまだ足らんな。魔弾とはこう打つものだ」
俺は天に魔力を放った。弾は空に向かって上昇し雲を貫く。
そして無数の光の矢となって降り注ぎ、森にいたモンスターたちを一掃した。
「ひ、ひえぇ」
「分かったか。魔法とはこう打つのだ。やってみろ」
「で、できませんよぅ」
「やれやれ。やる前からあきらめるとは、そんなことでは立派な魔法少女になれないぞ」
そう言って、俺は懐からギルドで持ってきた手配書を取り出す。
「それって、無断で……?」
「ああ。しかし全て倒したのだから問題あるまい」
「クエストは受注してなきゃ、報酬もらえませんよ!」
「なにっ!? そうなのか! ……それを先に言え」
俺は紙切れとなった手配書をビリビリと破り捨てた。
まったく人間どもは手続きばかりで面倒が多すぎる。
悪の組織であれば俺が判断すれば即座に実行できるというのに。
そんな時、茂みの向こうから声が聞こえた。
「見つけた……!」
姿を現したのは、さっき見たビキニアーマーの女だった。
「ん? 貴様はさっきの。また俺と戦いに来たのか?」
「……あなたとの実力差は理解したわ。だけどなぜ私を殺さなかったの?」
「殺す価値もなかったというだけのことだ。それより、服を着た方がいいぞ」
「余計なお世話よ! 一体何が目的なの? さっきも森のモンスターを倒していたみたいだし、話し合いで決着できるならそうしたいのだけど」
まじめで堅物、正義感の強い学級委員長タイプ。
ああ、いたな。元の世界の魔法少女にも。
「目的か。当面はこの手下Aを魔法少女に仕立て上げることだが」
「魔法少女? そんな職業、聞いたことないけど」
「まあ、貴様には関係のないこと……いや待てよ」
もしかしたらこの女、魔法少女としての素質があるかもしれん。
ククク、いいことを思いついた。
「おいお前、力が欲しいか」
「は? 何よいきなり」
「見たところお前は人間の中では実力がある。だが所詮、組織の一兵卒。俺の手下になれば、自由に力を使い正義を貫くことができるぞ?」
「あ、あなたの口車になんか乗らない!」
口ではそう言っているが興味津々な目だ。
よほど鬱憤がたまっていたのだろう、バレバレである。
「俺の手下になれば好きなだけ悪を成敗できるぞ?」
「正義を自由に?」
「そうだ。俺は嘘はつかん(本当に嘘はついてない)」
「それで、どうすれば?」
「まずはこれを着ろ」
俺は青の魔法少女服を出した。
真面目タイプには青が似合う。これは常識だ。
だが女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「な、何よその恥ずかしい服は! 私を辱める気⁉」
「いや、お前の今の格好の方がよっぽど恥ずかしいが……」
価値観が分からん。
こいつのビキニ鎧と魔法少女のフリフリ服、どっちもどっちだろう。
「着ない! 絶対着ない! ……でもどうしてもって言うなら、その。ごにょごにょ……」
「着たいのか来たくないのかはっきりしろ」
結局、女は顔をそむけながら言った。
「わ、分かったわよ! 着る! で、そのあと何をすればいいのよ!」
「知りたいか? ククク……」
ミラと女が、ごくりと息を呑む。
俺は満を持して、宣言した。
「貴様らには……、歌とダンスを覚えてもらう!」
「「……は?」」