なにぃ⁉転生したら大盗賊で勇者にざまぁしてしまっただとぉ⁉
「やあやあ、我こそは! 天下無双の大盗賊! 泣く子も黙るカクール様とは、俺のことだぁ‼」
彼が私たち勇者パーティの前に現れたのは突然だった。
高らかに名乗りをあげた彼は、なぜか右手を前に出してポースを取っている。
私、僧侶ヨムは彼を見るなり言葉を失った。だって彼は私の幼馴染み、村の炭焼き職人の息子カクールだったからだ。
カクールは私には見向きもせずに続けた。
「俺はすごいスキルを持っている! 俺を仲間に入れろ! 絶対に役に立つ!」
はぁ? 私が知る限りカクールに特別なスキルは宿っていなかったはずだ。
対して私はスポーツ万能、成績優秀。村で才能を認められ、十四の時に王都の魔法学院に入学した。そこで僧侶の資格を得て、学院での優秀さを認められ、勇者様のパーティに抜擢されたのだ。
勇者様はこの国の第二王子。一緒にいる戦士ギラ、魔法使いメラミも魔法学院で私と一二を争った秀才。魔王討伐は間違いないと言われている。
そこに大盗賊? いや、彼が私の知る幼馴染みのカクールであるなら盗賊ですらないはず。絶対に止めさせなければ!
しかし、勇者様はなぜか彼に興味を持ってしまった。
「ふっ。天下無双の大盗賊か。大きく出たな。いいだろう。そのスキルとやらを見せてみろ。」
「ゆ、勇者様⁉ 危険です! こ、こんな、どこの馬の骨とも知らない……!」
「ヨム。いいじゃないか。誰にでもチャンスは与えられるべきだ。」
「し、しかし……。」
勇者様は私の忠告など聞き入れもせず、カクールの前に陣取る。
カクールは私の方をチラリと見たが、また勇者様に向き直ると、前に出していた右手を大きく広げてニヤリと笑って言った。
「よし、そうこなくっちゃあ! さあ、さあ、お立ち会い! 今から見せるのは種も仕掛けもない、正真正銘、俺のスキル!」
いったい何をするつもりなの⁉
やめて! 万が一、勇者様を傷つけるようなことでもしたら! 命がないのはカクールの方なのに!
私の不安をよそに、カクールはスキルを発動してみせた。
カクールの右手が光り、たしかにスキル発動の証が見られる。
まさか、あのカクールが本当にスキルを使えるようになっているなんて!
「どうだ‼」
「……んん?」
カクールのスキルによって現れたのは小さな緑色の帽子の妖精だった。
妖精は踊りながら私たちに挨拶をした。
「おいら、森の妖精さ! おいらのダンスを見ておくれよ!」
妖精はとんがった目でそう言うと、その場で奇妙な踊りを踊り出した。
「ぷっ……はっはっはっは! なんだこれは! 確かにすごいスキルだ! こんなスキルは見たことがない!」
戦士ギラがたまらず大笑いをする。
つられて魔法使いメラミも高笑いをする。
「ふっ。」
と勇者様も笑ってカクールに聞いた。
「これがお前の言う天下無双の大盗賊のスキルか? 大道芸人になった方がいいんじゃないのか?」
「ち、違う! これはその、手元が狂っただけだ! もう一度……!」
「くどいぞ。」
取り乱すカクールに勇者様が非情な宣告を下す。
「お前はせっかく与えられたチャンスをものにできなかった。魔王の前にもう一度はない。一度のチャンスをものにできないのであれば死ぬだけだ。諦めろ。」
こうして私たちは打ちひしがれた様子のカクールをその場に残し、討伐依頼を受けた村に向かった。
少し可哀想ではあったし、正直カクールが召喚スキルを使えるようになってるなんて驚いたけど、結果的にこれでよかったのだ。だって魔王討伐の旅は命がけ。そんな危険な旅にカクールを巻き込みたくはない。
その夜、私たち勇者パーティは魔物の討伐依頼を終え、助けた村長の好意で村の宿へ泊まることになった。
宿は勇者様が一人部屋。あとの私たちは男女で分かれたはずだったが、魔法使いメラミは戦士ギラのところに行ってしまった。あの二人付き合ってるのよね……。
私が一人で宿の灯りを頼りに聖書を読んでいると、部屋の隅に動く影があった。
「誰⁉」
「おいらさ! 森の妖精さ! おいらのダンスを見てよ!」
「な、なんで、あんたがこんなところに⁉」
カクールが召喚した妖精! ついてきてたの⁉
私は持っていた聖書を妖精めがけて投げつけた。
「う、うわぁ! あ、危ないなぁ! 当たったらどうするんだい⁉」
「当てるつもりで投げたわよ!」
信じられない。こんな得体の知れないやつ、魔法使いメラミに、いや勇者様に見つかったら即刻消されてしまうだろう。
「どっか行きなさい!」
「ひぇえ。カクールに聞いたとおりの女の子だなあ。おいらビックリしたよ。」
「……カクールに?」
カクールが私のことをこの妖精に話したの?
幼馴染みのカクールは昔からバカで、どこにでも私を引っ張り回して、私が嫌だっていったこともやるし、私がやってほしいことは何だってやるし、私のことを一番に考えてくれる。私の大事な幼馴染み。私は小さい頃からカクールのことが好きだった。
こんな風に離れてしまって、何年ぶりかの再会があんなものになるなんて思いもしなかった。でもカクールは私のことを忘れたわけではなかったんだ。
「ねえ、カクールはどこ?」
「さあ、おいらは知らないよ。おいらはどこにでもいるただの森の妖精だから。」
「どこにでもいる妖精は召喚されたりしないのよ! あなた、いったい何者で、なんでここにいるの⁉」
「それはおいらのダンスを見てもらうためさ!」
「はぁ⁉」
もう! こいつ、話にならないんだけど!
その時、部屋の外からコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「少し話せるかな、ヨム。」
「勇者様⁉」
勇者様がこんな夜に私の部屋を訪ねるなんてどんな用事だろう。私は慌てて部屋の扉を開けて勇者様を招き入れた。
「ありがとう、ヨム。今は一人?」
「あ、はい……。メラミはあの……夜風にあたるって……。」
「ははは、さっきギラの部屋からメラミの声が聞こえてきていたよ。」
「そ、そうですか……。」
勇者様はその金色の髪をかきあげて私に微笑んだ。
私をベッドに座らせると自然な動作で隣に腰掛ける。
「ヨムと初めて会った日、憶えてる?」
「え、えーっと……。」
勇者様が私の手の上に手を重ねる。
あ、あれ……? これ、口説かれてる?
確かに勇者様は第二王子だし、カッコ良くて素敵だとは思うけど、私は勇者様のことをそんな風に見たことはない。
え? ど、どうしよう⁉ 勇者様がまさか私なんかに? そんな、私どうすれば⁉
その時、布団が私たちに覆い被さった。
「う、うわっ! なんだ⁉」
誰かが私の腕をつかみ、布団の外へと私を引っ張り出す。
「誰⁉」
「俺だよ、カクールさ!」
「カクール⁉」
ベッドを見るとさっきの妖精が布団の上でダンスを踊っていた。
布団はあんたの仕業なの⁉ このいたずら妖精!
「お、お前、さっきの! いったい何のつもりだ⁉ ヨムの手を離せ!」
ようやく布団から這いでた勇者様が乱れた金髪でカクールに言う。
カクールはあろうことか私の腰に手をまわすと勇者様に言った。
「やだね! ヨムは俺がいただくよ。なんたって俺は天下無双の大盗賊だからな!」
「ちょ、ちょっと、カクール⁉」
私の抗議も聞かず、カクールは私を抱きかかえると宿を飛び出した。
「待て!」
私とカクールの後を勇者様が追いかけてくる。
嘘でしょ⁉ なんでこんなことになってるわけ⁉
「待って、カクール! なんでこんなことを⁉」
「ヨム、俺の言うこと信じられないかもしれないけど、俺はこの世界に転生してきたんだ。元の世界では、この先の勇者パーティがどんな目に遭うのかがわかってる。残念だけどあの勇者は主人公じゃない。主人公は別の奴だ。俺は主人公の旅の仲間になる予定の盗賊ジョブだったんだ。」
「え? 転生? 主人公? な、何を言ってるの?」
「今はわからなくてもいいよ。ただ、ヨムだけは救い出す必要があった。そして出来たら俺と一緒にパーティを組んでほしい。」
「……カクール。……信じていいの?」
「ああ、俺を信じろ! この将来の天下無双の大盗賊、カクール様を!」
「うん。わかった。私、カクールを信じる。」
私は強くカクールに抱きついた。
きっともう離れない! 私はカクールと一緒に行く!
「よし、それじゃあ、俺のとっておきを見せちゃおうかね! さあ、さあ、お立ち会い! 今から見せるのは種も仕掛けもない、正真正銘、俺のスキル!」
カクールが勇者様に向けて右手を掲げる。
「いでよ! トリの降臨!」
カクールの右手が光り、召喚スキルが発動する。
私たちのいる場所に天から光がふりそそぐ……。
それは神々しいとはいいがたい丸い容姿に小さな翼で舞い降りた。
「やっほ〜。カクヨムの『トリ』だよ〜」
「ふはは! 今度は成功だぜ!」
トリは私たちと勇者様の間に降り立った。その背丈は私たちの倍くらいあり、勇者様を見下ろしている。
「な、なんだ、お前は? 召喚獣なのか?」
「ううん、トリはトリだよ。」
「ちっ。もう少しだったのに。おい、ヨムを返せ! ヨム、今助けるからな!」
「ごめんなさい、勇者様。私はカクールと一緒に行きます。」
「……は? な、何を言ってるんだ、ヨム。俺と一緒になれば将来は第二王子の妃も可能性がある。一生贅沢に暮らせる。魔王討伐なんて本当にやらなくてもいいんだ。適当に魔物を狩っていればそれでみんな納得する。適当なところで引退することだって——。」
「ちょっと黙って。」
そういうが早いか、トリは勇者様をくちばしで素早くつかみ、そのまま飲み込んでしまった。
「あっ。」
トリの喉のあたりがぐっぐっと動いたように見えたあと、トリは「んべっ」と勇者様を吐き出した。
吐き出された勇者様はよだれまみれになって気を失っており、なんとも無様な姿を晒していた。
はぁ……こんなのをカッコいいと思っていたなんて。
こうして私は勇者パーティに別れを告げた。
正直、カクールの言っていたことの半分も理解できていないけど、結局私はカクールと魔王討伐の旅を続けることになった。
「ねえ、カクール。どうして私だったの?」
「え? いや、それはその……。」
「まあいいけど。こうしてまたカクールと一緒にいられるわけだし。」
「ヨ、ヨム? それってどういう……?」
「ん? どういうって?」
カクールが立ち止まって私に聞く。
気付くとカクールは耳まで赤くなっている。
あ、あれ……? もしかしてこれってそういう場面?
まさか私、ここでカクールと……。
二人の間に流れる沈黙を緑色の妖精がぶち壊した。
「待って、おいらもいるよ! おいらのダンスを見てよ!」
もう! 邪魔しないでよね! このいたずら妖精!
——おわり。