7 結婚の条件
「わ、わざと負けろとは、一体どういうことなのですか?」
コンラートの真意が分からず、ソフィーが聞き返した。
「元々、我が公爵家の先祖は南の強国の出身。南方騎士団が何度も戦ってきた南の強国のとある侯爵家は、我が公爵家の遠縁に当たるのですよ」
コンラートがそう言うと席を立った。火かき棒で暖炉の火を整えながら、話を続ける。
「その侯爵家から私に内々に相談があったのですよ。侯爵家の嫡嗣に戦で手柄を立てさせたい。何とか南方騎士団を抑えてくれないか、とね」
「そ、そんなことのために私と婚約を?」
驚くソフィーの方を向いて、コンラートが笑った。
「ははは、大貴族の結婚は政治そのもの。貴女と結婚すれば中長期的に南方騎士団をコントロール出来るんです。素晴らしい結婚になりますよ」
コンラートが火かき棒を置くと立ち上がった。
「王国の南方騎士団と敵国の侯爵家の戦いを上手く操り、双方に手柄を立てさせ、両国内の権力基盤を固めていく。大規模な戦争に発展させて、武器や食糧の売買で利益を上げてもいい」
コンラートがソフィーの方へゆっくりと歩きだした。
「情勢によっては、南方騎士団を使って侯爵領を占領させてもいいな。その後、王国からの独立を仄めかせた上で、両国の王族や大貴族を牽制してもいい。いや、その場合は、いっそ独立させるのもアリか……」
コンラートが妄想でニヤニヤしながら、椅子に座るソフィーを見下ろした。
「ソフィーさん。私と一緒に、より高みを目指しませんか? 貴女と南方騎士団が手に入れば、私は宰相、いや、新たな国の王になるのも夢じゃない」
「そのために、領地の皆を犠牲にしろと?」
ソフィーが怒りに声を震わせて言った。
それを聞いたコンラートが、きょとんとした顔をした後、笑った。
「ははは、犠牲? 何の犠牲があるのですか? いち領地の領民が多少死ぬでしょうが、こんなもの、犠牲とは言いません。我々大貴族に利益が出れば何ら問題ない」
ソフィーは椅子から立ち上がった。コンラートを睨み付け、静かに言った。
「結婚の件はお断りさせていただきます。ウィル、帰るわよ」
それを聞いたコンラートが、口元を歪めて言った。
「バカな女だなあ。ここまで聞いて帰れると思うか?」
その直後、応接室のドアが開き、剣を持った5人の男が雪崩れ込んで来た。服装からすると、どうやら傭兵のようだ。
ウィルが咄嗟に暖炉の近くに置かれていた予備の大きな棒状燭台を片手で掴み、もう一方の手でソフィーの手を引いて、応接室中央に走り出た。
「ははは、従士君は機転が利くようだな。だが、か弱いご令嬢を庇いながら、この人数を相手に出来るかな? この傭兵達は強いぞ?」
暖炉の前に立ったコンラートが嘲笑した。
剣を持った傭兵達が横に広がり、ジリジリと応接室中央に近づいてきた。ウィルが棒状燭台を槍のように構えて傭兵達を牽制しながら、小声でソフィーに言った。
「私が時間を稼ぎます。お嬢はその間に窓から逃げてください」
「分かった……と言いたいところだけど、このまま逃げるのは癪だわ。ひと暴れしてから一緒に逃げるわよ」
ソフィーが笑顔でウィルにそう言うと、ウィルの腰に下げられていた細身の剣を引き抜いた。
「承知しました。それじゃあ、ひと暴れしますか!」
ウィルがほほ笑み返すと、傭兵達に向かって叫んだ。
「おい、お前達! 我々が南方騎士団だと知った上で戦いを挑もうとしているのか? まして、こちらのお方は南方騎士団長のご令嬢。もしこのお方に指1本でも触れてみろ。荒くれ者揃いの南方騎士団が黙ってはいないぞ!」
南方騎士団の名前を聞いた傭兵達が動揺した。その隙に、ウィルは棒状燭台を床に立たせると、近くにあった椅子を両手で持ち上げ、後方の窓に放り投げた。
激しい音を立てて窓が割れた。それが戦いの始まりの合図となった。