6 応接室
「食事はお口に合いましたか? ソフィーさん」
最後のデザートを食べ終わり、コンラートがナプキンで口を拭くと、ソフィーに聞いた。
「ええ、素晴らしい料理の数々。とっても美味しかったです。コンラート様」
ソフィーが笑顔で答えた。コンラートに勧められて慣れないお酒を多く飲んでしまい、少し頭と体がフワフワするように感じた。
「ソフィーさん、私たちの今後について、少し込み入った話が出来ればと思いまして。私と2人で向こうの応接室にいかがですか?」
コンラートがチラリとウィルを見てから、ソフィーに提案してきた。
……もしかすると、婚約に向けた話? このチャンスを逃さないためにも、コンラート様の機嫌を損ねないためにも、2人きりで話をした方がいい?
ソフィーは、一瞬悩んだが、今日馬車に乗る前のウィルの言葉を思い出した。
『今日は執事としてではなく、南方騎士団の従士として参加し、お嬢を守り、お支えいたします』
……まあ、ウィルがいた方が何かと心強いし、コンラート様も優しい人だし、そこまで気分を害さないわよね。
少し酔った頭でそう考えたソフィーは、申し訳なさそうにコンラートに言った。
「申し訳ありません、コンラート様。実は、この従士を傍から決して離さないよう、父から厳命されておりまして……私が夜に寝ているときでさえ、彼が寝室内を警護している程なんです」
実際のところ、ソフィーの父はそんなことは言っていなかった。
宿代を節約するため、ソフィーの提案で部屋を1室だけ借りることにし、ソフィーがベッドで寝て、ウィルがマットレスを部屋の入口近くの床に置いて寝ることにしたというのが真相だ。ウィルは、ソフィーと同じ部屋で寝ることにかなり緊張していたようだが。
ソフィーが申し訳なさそうに話を続けた。
「この従士の口の固さは私が保証します。ですので、コンラート様。どうか彼の同席をお許しいただけないでしょうか」
ソフィーの話を聞いたコンラートは、笑顔のまま言った。
「そうですか。分かりました。では、その従士君も来ていただいて結構ですよ」
そう言うと、コンラートが広間の壁際に待機する執事達に声を掛けた。
「おい、聞いていただろ。応接室には、ソフィーさんの他にこの従士君も入るそうだ。すぐに準備しろ」
執事達が頭を下げ、広間を出て行った。
コンラートが執事達に命じている間に、ソフィーが後ろを振り返って小声で言った。
「という訳でよろしく、ウィル」
「承知しました」
ウィルが少し嬉しそうに小さく頷いた。
† † †
ソフィーとウィルは、コンラートに案内されて、応接室へ入った。
入室の際、ウィルは執事の一人から携帯している剣を預けるよう言われた。
少し悩んだウィルは、自分の剣を執事に預けた。
ソフィーの細身の剣については「これは儀礼用。刃はない」と説明し、剣を鞘から少し出して見せた。ソフィーの細身の剣は、刺突に特化した特注のもので、先端は鋭利だったが、刃はなかった。
こういったタイプの剣は、王国には他にない。執事がチラリとコンラートの顔を見た後、「儀礼用とのこと、承知しました。そのままお持ちになって結構です」と引き下がった。
応接室は、先程の大広間に比べると小さかったが、それでもソフィーの住む館の一番大きな部屋より広かった。
ドアの正面は、庭園を臨む窓がいくつか設けられていて、左側の壁には暖炉が設けられていた。暖炉を囲むように上等な椅子がいくつか並べられている。
部屋の中央には大きなローテーブルと上等な椅子が置かれていて、部屋の右側は、壁一面に書棚が取り付けられていた。
部屋の壁際には、人の背丈ほどの高さのある棒状の大きな燭台がいくつか置かれていて、落ち着いた明るさで部屋を照らしていた。
コンラートが部屋の左側へと進み、暖炉を囲む椅子のうち、暖炉に向かって右側の椅子に座った。
ソフィーは、コンラートに促され、暖炉に向かって左側の椅子に座った。ウィルはソフィーの左後方に立った。
「春分を過ぎたとはいえ、少し冷えてきましたので、火を入れさせておきました」
暖炉の火を見つめながら、コンラートが言った。
「ソフィーさん。確かソフィーさんは一人娘でしたね。南方騎士団長の跡継ぎ問題でお困りではないでしょうか」
「ええ、おっしゃるとおりです」
ソフィーも暖炉の火を見つめながら、正直に答えた。それを聞いたコンラートが、しばしの沈黙の後、ソフィーに言った。
「私なら、貴女の悩みを解決できます。貴女が私の妻となればね」
「よ、よろしいのですか?」
ソフィーがコンラートの顔を見た。コンラートは、暖炉の火を見たまま話を続けた。
「ええ、貴女がよろしければ、すぐにでも婚約しましょう。ただし、条件があります」
コンラートがソフィーの方へ顔を向けた。いつもの甘く優しい笑顔のまま、ソフィーに言った。
「近々、南部の国境を越えて、とある侯爵の軍勢がこの王国に侵攻します。その際、南方騎士団には、わざと負けていただきたい」
コンラートの横顔を暖炉の火が照らした。いつもの甘く優しい笑顔が、暖炉の火の揺らぎのせいか、ひどく不気味に感じられた。