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5 公爵家の別荘

 春分舞踏会から数日後の夕方。ソフィー達の泊まる安宿の前に、場違いなほど豪奢な馬車が到着した。公爵家の迎えの馬車だ。


 ソフィーは、領地のパーティーでよく着る落ち着いたイブニングドレス。ウィルは、執事ではなく従士の正装に帯剣姿。自分の剣だけでなくソフィーの細身の剣を腰に下げている。


 ウィル曰く「今日は執事としてではなく、南方騎士団の従士として参加し、お嬢を守り、お支えいたします」とのことだった。


 気負った真面目な顔でそう説明するウィルに、ソフィーは笑って了承したのだった。


 2人を乗せた馬車は、王都郊外へ向けて走り出した。



 † † †



「ソフィーさん。我が公爵家の別荘へようこそ」


 日が暮れた頃。馬車から降りたソフィーを玄関で出迎えたコンラートが、嬉しそうに言った。


 コンラートは別荘と言ったが、ソフィーの領地の館よりも何倍も大きく、贅の限りを尽くした豪奢なのものだった。


「本日はご招待いただき誠にありがとうございます。コンラート様」


 ソフィーが両手でイブニングドレスの裾を軽く持ち、恭しくコンラートに挨拶をした。そのソフィーの後方に控えるウィルを見て、コンラートが少し驚いた顔で言った。


「ん? ああ、君は先日の執事か。いやはや、何とも勇ましい姿じゃないか」


「南方騎士団長の忠実なる従士にして、ソフィーお嬢様の護衛役、ウィルと申します」


 ウィルが凛々しい顔で敬礼した。


「なるほど、単なる執事ではなかったということか……さあ、ソフィーさん、こちらへ」


 コンラートがウィルを一瞥すると、笑顔でソフィーの手を取って建物の中へ案内した。


 一行は、厚い絨毯が敷き詰められた大広間に入った。


 白い天井には大きなシャンデリアがあり、木をふんだんに使った内装を明るく照らしていた。


 部屋の中央には赤いテーブルクロスが掛けられた長テーブルがあり、正面奥には大きな暖炉。その上には、これまた大きなタペストリーが飾られていた。


 タペストリーには、公爵家の紋章が大きく描かれていた。そして、その右下には、口から炎を吐く翼のあるドラゴンが小さく描かれていた。


「あれは、飛炎竜……」


 ウィルが小さく呟いた。それに気づいたコンラートが後ろを振り向き声を掛けた。


「よく知ってるね、従士君。飛炎竜は我が公爵家の(いにしえ)の紋章だよ。今は国王陛下から授かった、あの大きく描かれている紋章を使っているけどね」


 飛炎竜は、王国の南にある強国の、とある侯爵家の紋章。ここに飾られているものは、それとデザインが異なっていたが、その侯爵家は、南方騎士団が幾度となく戦ってきた宿敵だ。


 ウィルは心がざわつくのを感じたが、そのざわつきが何なのかは分からなかった。


 コンラートがそのタペストリーを背に席に着いた。コンラートの右手側、右斜め前の席に、ソフィーが座った。ソフィーの後ろにウィルが立った。


「では、2人の出会いに乾杯」


 コンラートが果実酒の入ったグラスを掲げ、(あお)った。ソフィーもそれに倣う。体がお酒で少し火照った。


「ソフィーさん。確かご両親は領地にいるということでしたが、南方騎士団は、この従士君の他にも誰か王都へ来ているのですか?」


 前菜を食べながら、コンラートが尋ねてきた。ソフィーが笑顔で答える。


「いえ、領地から来ているのは、私の他に彼だけですわ」


「そうですか。たった一人の従士を連れてくるなんて、彼は相当強いのでしょうね」


「そうですね。騎士団の中でも1、2を争う強さですわ。ね、ウィル」


「恐縮です」


 ウィルの方を振り返ったソフィーに、ウィルが真面目な顔で答えた。


「それは頼もしいことだ」


 コンラートがグラスを手に取り、果実酒を一口飲んだ。


「コンラート様のお父様、公爵閣下は、確か北海守護騎士団長も務めていらっしゃるとお聞きしましたが、やはりお強いのですか?」


 ソフィーが前菜の後に供されたスープを一口食べてから聞くと、コンラートが笑いながら答えた。


「ははは、父は剣術を嗜みますが、趣味程度ですよ。私も近衛師団の騎士を務めていますが、あくまで称号だけ。戦うのは下級の騎士や雑兵どもであって、私は命じるだけです」


「そうですか……」


 ソフィーは再びスープに口をつけた。ソフィーの父は、いつも先頭に立って敵と戦っていた。共に戦う領民の従士を「仲間」と呼んでいた。


 ソフィーはチラリと横目でウィルの顔を見た。ウィルは、コンラートを見つめ、冷たく微笑んでいた。


 コンラート様にとって、共に戦う兵は「仲間」ではないのか……そう思ったソフィーは、改めてコンラートの顔を見た。


 コンラートは先程と同様、優しい笑みを(たた)え果実酒を飲んでいたが、その笑みに何か違和感を感じたソフィーだった。

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