2 春分舞踏会
「夜の王宮もカッコいいですね!」
王宮の正門前広場。少し古い執事用の正装を着たウィルが、感心した様子で月夜に照らされた荘厳な王宮の尖塔を見上げた。
少し時代遅れの純白のイブニングドレスに身を包んだソフィーが、苦笑しながらウィルに言った。
「もう、ウィルったら、そんなにボーッと眺めてると、田舎者だと笑われるわよ」
「そういうお嬢も、お昼に下見に来たときは、しばらく王宮を見上げてましたよ?」
「ま、まあ確かに……ほら、行くわよ。あ、あと『お嬢』じゃなくて『お嬢様』ね」
ソフィーが少し顔を赤らめてウィルにそう言うと、2人は衛兵に国王の招待状を見せ、王宮の立派な正門をくぐった。
春分舞踏会は、その名のとおり、春分の夜に王宮で開かれる舞踏会だ。
王国内では、大小様々な舞踏会が毎日のように開かれていたが、この春分舞踏会は特別だった。
春分舞踏会の主催者は国王で、会場は王宮にある最も格式の高いダンスホール。そこに、王国中の貴族が集まるのだ。
春分舞踏会は、王侯貴族が結婚相手を見定める場のひとつとなっていた。
結婚相手を探している男性は、胸に赤い花を着け、女性は、純白のドレスを着ることとされていた。
「やはり、お館様や奥様に無理にでも来てもらった方が良かったでしょうか?」
王宮の赤い絨毯が敷き詰められた広い廊下を歩きながら、ウィルがソフィーに小声で言った。
廊下には今日の舞踏会に出席するであろう正装の男女が数多く歩いていたが、いずれも親子で来ているようだった。
「南の強国の兵の動きが活発化してるって話だし、流石に無理は言えないわよ。それに、もし来たとしても、お父様のあの顔を見たら、皆怖がって近づいてくれないだろうし……あ、あと『お館様』は『騎士団長様』ね」
ソフィーが周りを気にしながらウィルの耳元でそう言った。2人は、王宮の使用人に案内され、廊下の突き当たり、両開きの大きな扉の中へ入った。
† † †
「す、すごいですね」
「豪華絢爛とはまさにこの事ね」
ウィルとソフィーが顔を見合わせた。
大きな長方形のダンスホールは、白地の壁に金の意匠が施され、高いアーチ型の天井には、今まで見たこともない大きなシャンデリアが何個も配置されていた。
ダンスホールの中央は空けられていて、両脇に多くの丸テーブルが配置されていた。入口近くでは楽団が準備を進めていた。
ダンスホール2階の正面には、おそらく国王と王妃が座るであろうボックス席があり、2階の左右の壁側にもいくつかボックス席が用意されていた。
ソフィー達は、王宮使用人に案内され、ダンスホール中程の壁側のテーブル席に向かった。
テーブル席は丸型で、白いテーブルクロスが掛けられていた。5、6人が座れるようだ。すでに先客が座っていて、その従者と思われる者が傍に立っていた。
ソフィーは、先客に会釈して席に着いた。ウィルがソフィーの右斜め後ろに立つ。
先客は、どうやら両親とその息子のようだ。その息子は、ソフィーよりも少し年上くらいの見た目。胸のポケットには大きな赤い花飾りが着けられていた。なかなか端正な顔立ちだ。
その息子が、ジロジロとソフィーの胸の辺りを見てくる。
その視線に困惑しつつ、ソフィーが気づかない振りをしていると、息子の左隣に座った父親と思われる太った中年の男性が、笑顔でソフィーに話しかけてきた。
「王都ではあまりお見かけしない方ですな?」
「は、はい。滅多に王都には来ないもので。初めてお目にかかります。南方騎士団長の娘、ソフィーと申します」
それを聞いた男性が、あからさまに不機嫌な顔になった。
「南方騎士団長? ああ、確か騎士でありながら何故か伯爵待遇の。そんなニセ伯爵家と同じ席とは、我が伯爵家も舐められたものだ」
それに続いて、男性の左隣に座った美人だが厳しそうな顔の中年の女性が、顔をしかめながら言った。
「ほんと、儀典官に言って席を変えてもらおうかしら。田舎騎士の娘ごときが、この由緒正しき舞踏会に純白のドレスで来るなんて。うちの子に近づかないでね」
「愛人にしてやってもいいぞ?」
男性の右隣に座った息子が、いやらしい視線のまま、バカにしたような顔で言った。
あまりの言われようにソフィーとウィルが絶句していると、王宮使用人の大きな声がダンスホールに響き渡った。
「まもなく国王陛下がお見えになります。皆様ご起立ください」
ダンスホール正面2階のボックス席に、国王が王妃を伴って現れた。
ソフィーとウィルが顔をひきつらせる中、ダンスホールに楽団の美しい音色が流れ始めた。
春分舞踏会が始まった。