1 南方騎士団長のご令嬢
ソフィーは「南方騎士団長」を代々務めるケトラル家の長女として生まれた。
南方騎士団長は、王国南部の街道沿いに小さな領地を有する騎士身分。「騎士団長」とは言うものの、南方騎士団の騎士はソフィーの父のみ。残りは従士を兼務する領民だ。ケトラル家は、その領民とともに質素な暮らしをしていた。
本来、王国では騎士身分は一代限りとされていたが、南方騎士団長は国王から特例的に世襲が認められていた。
また、騎士身分は王国の貴族の中で一番下の身分だったが、南方騎士団長については、「王の盟友」として宮中席次を伯爵家相当とする特別な扱いがされていた。
このように、南方騎士団長が何かと特別扱いされているのは、南方騎士団、すなわちケトラル家とその領民が、過去に何度も王国の南にある強国の侵攻を食い止めた功績によるものだった。
「我がケトラル家のご先祖様は、元々この地方の農民で、盗賊の親分みたいなことをしていたそうだ……」
南方騎士団長であるソフィーの父は、お酒が入ると、暖炉の上に飾られた初代南方騎士団長の筋肉ムキムキ髭モジャ姿の肖像画を眺めながら、そう言って話し始めるのが常だった。
「……それで、縄張りに入り込んでくる敵国の兵士をボコボコにしていたら、当時の王様から騎士に取り立てられたそうだ。まあ、今も南方騎士団は半分盗賊みたいな荒くれ者ばかりだがな」
ソフィーの父親は、そう言って筋骨隆々の大きな体を揺すりながら豪快に笑うと、幼いソフィーを膝に乗せ、様々な武勇伝を聞かせてくれた。
ソフィーは、いつも目を輝かせながら、その武勇伝に聞き入っていた。そして、領民の男の子に混じって剣術や槍術等を習うようになった。
ソフィーは、両親や領民に温かく見守られながら、すくすくと元気に成長していった。
† † †
「お嬢、参りました! 降参です!」
ケトラル家の館の質素だが綺麗に手入れされた庭先。ソフィーから細身の剣の剣先を喉元に突き付けられて、執事のウィルが剣を下ろした。
「ウィル、最近手を抜いてない? あと『お嬢』はやめてって前も言ったでしょ? ここ最近は『深窓の令嬢』で通してるんだから」
「すみません、お嬢……いえ、お嬢様。つい癖で」
ソフィーに指摘され、ウィルが苦笑した。つられてソフィーも笑う。
18歳になったソフィーは、特注の細身の剣を使った突き重視の剣術で、荒くれ者ばかりの領民からも一目置かれるまでに強くなっていた。
持ち前の明るさと気さくな性格もあり、領民からは「お嬢」と呼ばれ親しまれていた。
一方のウィルは、ケトラル家の数少ない家事使用人の1人。ソフィーと同い年で、幼い頃からの遊び相手だ。
ウィルは、荒くれ者ばかりの領民の中では小柄で細身だったが、ソフィーとともに剣術や槍術の鍛練を続けた結果、今は領内で1、2を争う槍の使い手だ。執事兼従士兼ソフィーの護衛役という形で、ケトラル家の館で働いている。
「いよいよ舞踏会まであと10日ですね、お嬢……様」
ウィルがソフィーの視線に気づいて慌てて「様」を付け足した。ソフィーが笑いながら応じる。
「そうね。私の務めを果たすためにも、南方騎士団を大切にしてくれそうな良い人を見つけないとね」
ソフィーは一人娘。ケトラル家に他に男子はおらず、王国では婿養子は認められていない。ソフィーの父が亡くなると、南方騎士団長の騎士身分は国王に返上、領地は国王直轄地となるのが原則だ。
ただし、ソフィーがどこかの貴族と結婚し、2人の間に男子が生まれれば、例外的に、その男子が父親の爵位とともに南方騎士団長の騎士身分及びその領地も継承できることとされていた。
「盗賊の親分だったご先祖様がたまたま貰った騎士身分だ。返すときは返せばいい」
と、ソフィーの父はいつも笑って言っていたが、ソフィーの母の意見は違った。
「ソフィー、お父様がああ言うのは、私やあなたに負担をかけないためよ」
ある日、ソフィーが母と2人きりになったとき。ソフィーの母は、毅然とした、しかし、少し悲しそうな顔でそう話し始めた。
「でも、お父様の優しさに甘えてはダメ。領地の皆を守るため、我々ケトラル家の女性は務めを果たさなければならない……私はあなたが生まれた後に体を壊したことがあって、もうその務めを果たすことは出来ないけど、あなたには出来るわ。ソフィー」
ソフィーの母は、ソフィーの両肩に手を置いた。毅然とした表情のまま、話を続ける。
「ソフィー。南方騎士団長を、そして領民を託すことのできる、素晴らしい貴族の嫡男と結婚しなさい。そして、こればかりは神様の思し召し次第だけど、男の子を授かって、その子に南方騎士団長を継がせ、立派な男に育て上げるのよ」
そこまで言うと、ソフィーの母は表情を崩した。ソフィーの両肩から手を離し、ソフィーの頬を優しく撫でた。
「まあ、色々言ったけど、無理はしなくていいからね。お父様には思いっきり長生きしてもらいましょう」
「お母様……私、頑張る! どこまで出来るか分からないけど、務めを果たせるよう頑張るわ!」
ソフィーは笑顔で母に言った。そして、王宮の「春分舞踏会」に参加することにしたのだった。