大好きな幼馴染が見知らぬ男とラブホに入るのを目の前で見た
タイトルはBSS、NTR風ですが、ハッピーエンドのお話です。
俺の名前は上野葵。高校2年生だ。今俺は家の仕事の手伝い中でありながら、頭を鈍器で殴られたような感覚に陥っている。それは俺の大好きな幼馴染が見知らぬ男と腕を組みながらラブホに入ろうとしてるのを目の前で見ているからだ。
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自分の親が何の仕事をしているかっていうのは子供の時に知ることが多いと思う。特に自営業だったり、会社を経営しているとなると子供の時から手伝わされたりすることもある。
俺の場合はまさにそれで物心がついた時には親の仕事場にいてそこで過ごしていた。親からは「ホテルをやっている」ということを聞いていた。
俺は事務所の中でじっと過ごすのが嫌でホテル近くの公園によく遊びに行っていた。そして5歳の時、ホテルがどういうホテルなのか知ることになる。
ラブホテルだと。
公園で遊んでいるとうちのホテルへ男女が入っていくのをよく見かけた。公園で仲良くなった友達の中には小学生とかもいて、どうしてホテルに男女で入っていくのか聞いた。
少しおませな彼らからうちのホテルがラブホテルでどういうことをする場所なのかを教えてもらった。
俺はそれを理解した瞬間、恥ずかしくて仕方なかった。その時は具体的にどんなことをするとか分からなかったけど、エッチなことをするためのホテルって聞いただけでヤバいところなんじゃないかと思ったわけだよ。
自分の親は頭がおかしいんじゃないかと思った。今となってはそういう場所が必要だというのは理解している。だけど知ったばかりの時は何か悪いことをしているという気がして、
「悪いことをしてるの?」
「悪いことしちゃいけないんだよ」
とか親に言ってた。親は困った顔をしていたのをよく覚えている。結局は話をはぐらかされて悶々とした気持ちでいた。
幼稚園や保育園には行かず、ほぼ毎日をラブホの事務所と公園で過ごした。
小学生に上がると、自宅とラブホの場所は離れているので公園で知り合った友達はおらず、集団生活も初めてな俺は大いに戸惑った。
その時に声をかけてくれたのが幼馴染となる三船亜弓だった。登校班が同じで家が向かいの女の子だった。クラスも同じで困っていた俺をよく助けてくれた。友達もできて楽しい学校生活を送れたのは彼女のおかげだ。
そんな彼女のことをすぐ好きになった。見た目も可愛く俺みたいな困った人を放っておけない優しい性格。彼女と仲良くなればなるほど、彼女のことを知れば知るほど彼女への恋心は深まっていった。
楽しかった学校生活の中でも困ったことが多々あった。亜弓を含めた友達から親が何をやっているかと聞かれた時とか授業で親の仕事についての発表をする時なんかだ。
友達の親はみんなサラリーマンとして働いていると言っていた。そこでうちは特殊な仕事をしているんだということを改めて知った。
俺は自分の家がラブホをやっているとは言えなかったから自営業をやっていると濁していた。ちなみに高校生になった今もラブホをやっているなんて誰にも言ってない。
低学年の時は学校から児童館へ通っていたから児童館組の亜弓達と遊ぶことができた。ところが高学年になると児童館へ通う友達も減ったから俺も児童館へ通わなくなった。
児童館へ通わなくなるとラブホの仕事を手伝わされるようになった。主にベッドメイキング。親がラブホをやっているから自然とそういう知識は身についていて、清掃時は行為の後片付けをするわけだから嫌悪感がひどかった。
手伝わされると言っても毎日な訳ではないから、手伝いのない日は家が向かいだったこともあって亜弓と一緒に過ごすことが多かった。
※
「中学に入ったらさ、同じ部活に入ろうよ!」
小学校6年生になり、中学校へ進学をすることを意識し始める秋ごろ、亜弓からそう言われた。
俺と亜弓は体を動かすことが大好きだったから同じ部活で一緒にできる運動部となると俺達が行く中学校には陸上部か剣道部しかなかった。あとは男女で別れる形になるから剣道部にしようって決めた。
ところが親は中学に上がったらラブホの手伝いをしろと言い出しやがった。思春期に突入した俺にとってラブホのベッドメイキングはもうやりたくなくて仕方がなかった。
多分だけどこの時期の男っていうのは性に関して興味を持つだろうし、そういうことを想像して行為をしてみたいと思うようになってると思う。
多分というのは俺に全くそういう気持ちがないから分からないんだ。ベッドメイキングで部屋に入った時、あまりにも酷く汚れていたなんてこともある。その生々しさを見たからか行為に対して拒否感みたいなものがあった。
俺は手伝いをしないと全力で反対した。親も断固として譲ることはなかった。そのまま話し合いは平行線を辿り、結論が出ないまま卒業目前と迫っていた。
「お前が中学で部活がしたいというのは分かった。だが俺も中学からホテルの手伝いを始めたんだ。だから部活は平日週3日、それ以外は手伝いをする。これでどうだ?」
父親から折衷案を出され、俺はそれを了承した。それと高校に入ったら完全にラブホの手伝いをすることを約束させられた。
そうして中学に入り、亜弓と一緒に剣道部に入った。ちょうど赴任した顧問の先生が全国大会出場に何度も導いた名監督だったので、練習はめちゃくちゃきつかった。
俺の場合は週3日しか参加できなかったけど、土日も休みなく部活をやっていた亜弓はめきめきと実力をつけていった。
めきめきと実力をつけながら元々可愛かった亜弓の顔は美しいと言った表現の方が似合うくらいに凛とした女性へと成長を遂げていった。
もちろんそんな彼女だから告白されるなんてことも多々あった。亜弓はその悉くを断り、俺との週3日しかない部活と下校の時間を大事にしてくれた。
特に下校の時間は俺にとって癒しの時間だった。ラブホの手伝いは慣れたのもあるのかそこまで嫌悪感はなくなっていたけどそれでも嫌なことには変わりなかった。
下校時はいつも亜弓と二人だった。周りにも生徒がいなかったこともあって亜弓はよく甘えて腕を組んだりして密着してきた。そんな二人だけの世界はラブホの手伝いの嫌な気分を忘れさせるくらいに幸せだった。
他の男からの告白は断り、俺との時間を大事にしてくれる。そんな状況を考えれば俺のことが好きなんじゃないか?と思うのは当然だと思う。告白はしてないけど、俺の中では付き合ってるのと同じだと思っていた。
今この目の前で亜弓が見知らぬ男とうちのラブホに入ってくるのを見るまでは。
※
彼女は中学最後の大会で団体戦で全国大会に出場し、ベスト4に入った。それで推薦で剣道の強い県立高校へ進学した。俺はそれに合わせるように勉強をして同じ高校へ進学した。同じ高校に進学できたことを亜弓は大変喜んでくれた。
父親との約束で俺は高校では部活に入らずラブホの手伝いに専念することになった。ベッドメイキングもあったけど、受付業務をやらされることが多くなった。
うちのラブホはタッチパネルで部屋を選んで入るシステムのホテルではなく、受付で部屋を選択して鍵を渡すというシステムになっている。
学校が終わればすぐにラブホへ直行。受付業務を高校生が働ける時間ギリギリまでやらされるという毎日。
亜弓とは1年でも2年でも違うクラスになった。それに加えて高校の剣道部は朝練もあるから登校時間が一緒になることはない。そういうことで彼女との接点がほとんどなくなってしまった。
それでも亜弓と学校で会った時は笑顔で挨拶はしてくれるし、テスト前なんかはさすがに手伝いよりも学業を優先してくれるので二人で一緒に勉強して時間を過ごしたりなんかした。
そんな彼女の様子は中学の時のままだった。だからこそ、今目の前の亜弓に愕然としている。
今日は日曜日。おそらく今日は部活が休みだったんだろう。私服姿の亜弓を見るのは随分久しぶりだ。服装もかなり気合いが入っている感じだ。
俺の知らない間に男を作っていたのか……。毎日部活で忙しいはずなのにそんな時間があったんだろうか。そうなると男は剣道部のやつか?でもあんな男はうちの学校で見たことがないからそれも違う。それにしてもえらいイケメンだな。悔しくて仕方ないけど勝てる気がしない……。
亜弓が俺のことを好きだとか付き合ってるようなものだと勘違いしていた自分が情けない。そもそも亜弓は俺なんかには興味がなかったってことにショックがでかすぎる。
俺は普段から身バレするのが怖いから帽子を目深に被っているので亜弓が俺に気づいている様子はない。ものすごいルンルン気分で男の腕にしがみついている。
これから彼女はこのイケメンと行為に及ぶ。しかもうちのホテルで。
高校に入ってからはある程度ラブホに愛着が湧いているので、なんだか自分の家を好きな女と見知らぬ男に汚されるような気分になった。
俺は彼女たちが選んだ部屋の鍵をさっと渡した。彼女たちは部屋へと向かって行った。その後のことはよく覚えていない。気がつけば自分の部屋のベッドで涙を流して天井を見つめていた。
※
次の日、俺は学校に行く気がしなかったけど、親にちゃんと行けと言われて渋々従った。学校に着き、上履きに履き替えるために靴箱を開けるとそこには一通の封筒が入っていた。
封筒にはハートのシールが貼られているのでラブレターだというのは分かった。
『放課後屋上へ来てくれますか?大事な話があります。来てくれることを祈ってます』
中身を見るとあっさりとした内容だった。多分告白だろうな。昨日のことがあったから正直行きたくもない。だけど俺を想ってくれている人が少なからずいるってことだ。そんな人に失礼なことはしたくない。
放課後までの間、俺は昨日のことと放課後のことで頭がいっぱいで授業どころではなかった。気づけばあっという間に放課後だった。
俺はラブレターの約束通り、屋上へ向かった。屋上にはすでに人がいて、背中を向けて立っている。だけど俺にはそれが誰だか分かった。今一番会いたくない亜弓だ。
「葵君、来てくれてありがとう。大事な話をしたくて呼びました。聞いてくれますか?」
なるほど、と俺は悟った。大事な話というのはあの男と付き合っているという話だったわけでラブレターでもなんでもなかったんだ。また俺の勘違いか……。
「ごめん。亜弓が他の男と付き合うことになったなんて話なんて聞きたくないよ」
踵を返して立ち去ろうとしたら、手を亜弓に捕まれた。
「待って!私が他の男と付き合うってどういうこと?私は葵君のことが好きだから付き合ってほしいって告白するつもりでここに呼んだんだよ!」
は?俺が好きだ?告白?昨日うちのホテルで楽しんでた癖に何言ってんだ!?てことはあれか、嘘告ってやつか?
「ふざけるな!男がいる癖に告白だ?俺のこと弄んでそんなに楽しいか!?」
「男がいるってどういうこと?それに葵君のこと弄んでなんかいないよ!」
「まだ白を切るのか!昨日お前が男とラブホに入るところを見たんだよ!」
「え!?」
「腕を組みながらルンルンで入っていったのをちゃんと見てるんだよ、こっちは!」
「ちょっと待って!あれは違うの!あれは——」
「言い訳なんか聞きたくねえよ!あの男とよろしくやってろよ!じゃあな!」
俺はこれ以上亜弓と話をしたくなくて走って階段を降りていった。これ以上話せば彼女のことをさらに幻滅する。せめて優しくて俺の好きな亜弓でいてほしかった。それなのに嘘告する奴だなんて思ってもみなかった。
それから2週間近く亜弓は俺に接触してこようとした。大量のメッセージと着信があったからメッセージアプリもSNSもブロック。着信拒否にもした。朝練があるはずなのに俺と登校しようとした。休み時間、昼休みも声をかけてくるので一切無視。放課後は部活があるから絡んではこなかったけど、俺の手伝い終わりに家の前で待ち伏せなんてこともしてきた。
その後、彼女からの接触は全くなくなった。ようやく諦めたかと安堵した。
※
「上野君、ちょっといい?」
亜弓の嘘告白から1カ月が経ち、季節もそろそろ冬に差し掛かり始めた昼休み。一人寂しく中庭で弁当を食べていた時、女子生徒に声を掛けられた。
女子生徒の名は都築恵。亜弓と同じ剣道部でよく一緒にいるところを見かけたことがある。こんな寒くなってきた中、中庭までわざわざ来るなんてどう考えても亜弓のことだろう。
「何?亜弓関連の話だったら聞く気はないよ」
「まあ亜弓関連っちゃあ亜弓関連になるんだろうけど、そのことは置いといて、今度の土曜暇かな?」
「土曜は午後からなら空いてるけど、俺と亜弓を引き合わせようとかするつもりなら拒否するよ」
「大丈夫!亜弓は来ないから安心してよ。ちょっと私の用に付き合ってほしいんだけどいいかな?」
「本当に来ないんだね?待ち合わせ場所に行ったら亜弓がいたとかだったら普通に帰るからね」
「大丈夫大丈夫!ちゃんと私が行くから。13時に駅前のカフェの入口付近の待ち合わせでいいかな?」
「分かった。じゃあその時間に行くから」
約束を取り付けることができた都築は嬉しそうに去って行った。女子と休日に会うってことはデートになるのかな?本来だったらテンションが上がるんだろうけど、俺はまだ亜弓のことを引き摺っているせいで気分が乗らない。
正直なところ、この1カ月何も手がつかないでいる。授業の内容も頭に入ってこないし、ラブホの手伝いも気がつけば勤務時間終了になっている。宿題なんかもやっていない。出口の見えない暗いトンネルをひたすら歩いている感じだ。
いつになれば出口が見えるんだろう。もう一生このまま暗いトンネルの中を歩き続けるんじゃないのか。そんなことを思いながら迎えた土曜日。
この日もボーっと受付をしていたので気がつけば12時50分。もうとっくに手伝いの時間も終わっていて気が付かなかった。「誰か教えてくれよ!」って言ったんだけど、どうやら交代するって話を聞いていなかった俺が悪かったみたいだ。
急いで待ち合わせ場所まで走っていったけど、結局着いたのは13時30分。30分も遅刻したんだ、当然ながら都築の姿はなかった。その代わりに会ってはいけない人物が目の前にいた。
あの日、うちのラブホに亜弓と一緒に入ったイケメンの男だ。俺と目が合うなりこちらを睨みつけながら俺に近づいてくる。
イケメンは俺のことなんて知らないはず。なのになんで俺のところへ向かってきてるんだ?俺の後ろ側に誰かいるのかもと思って振り返るけど誰もいない。
ああ、亜弓がイケメンに俺に無視されてるとかチクったんだな。それで俺の写真なんかを見せたんだろう。でもそれがイケメンを怒らせるようなことになるか?むしろ邪魔する男がいなくなって喜ぶんじゃないのか?
「上野君遅い!女の子を30分も待たせるなんて男として失格だよ!」
「は?えっ?……は?」
ただでさえ頭が混乱してるのにさらに混乱する。女の子ってお前男じゃないか!でも声は女性の声だった。頭がおかしくなりすぎて幻聴が聞こえたのか?
「すみません、亜弓の彼氏さんですよね?俺に何か用があるんですか?」
「何言ってるの!私だよ私!都築恵だよ!」
確かに言われてみれば都築の声だ。見た目と一致しないと分からないもんなんだな。
「本当に都築なのか?見た目が違い過ぎて訳が分からない」
「これはコスプレ!私の好きなアニメのキャラクターなんだ!この格好で来たのは上野君の誤解を解くためだよ」
「えっと……、つまり、あの日亜弓と都築でラブホに入ったってことなのか?」
「そういうこと!ていうか私達かなり警戒して周りに人がいないのを確認して入ったのにどこから見てたの?」
またもや俺の勘違いだった。俺はどれだけ勘違いすれば気が済むんだよ……。それはともかく、俺の家がラブホをやっているってことは伝えたくないな。でも俺の勘違いで亜弓を傷つけてしまったし、都築にも迷惑をかけたわけだから、ここは誠意をもって正直に話した方がよさそうだ。
「実はさ、俺の家、あのラブホの経営をやってるんだ。俺はその手伝いで受付業務をしてるんだよ」
「あー、そういうことだったんだ。なるほどね、それは盲点だったよ」
「誰にも言ったことがないからできれば周りに口外はしないでほしい。それでどうして二人でうちのラブホに入ったんだ?あ!もしかして——」
「違う違う!また誤解しそうだから言っとくけど私達は二人とも恋愛対象は異性だからね!ここじゃなんだし、カフェで話そっか」
頭が混乱していたから忘れていたけど、ここ駅前のカフェの入口なんだった。二人でカフェに入ると暖かい店内が俺の心を落ち着かせる。二人掛けの席に座った時にはだいぶ冷静になれていた。
「まずは待ち合わせ時間に遅れてごめん。30分も寒い中待たせてすまなかった」
「本当だよ。次からは気をつけるんだよ。その様子だとだいぶ落ち着いてきた感じだね」
「ああ、だいぶ冷静になれたよ。それでさっきの話の続きを聞かせてくれる?」
「うん、分かった。あの日は久々の部活の休みでさ、ちょうどコスプレのイベントがあったの。私は見て分かると思うけど、コスプレが趣味だからどうしてもそのイベント行きたくて亜弓を誘ったの。亜弓も久々の休みだからどこか行きたいと思ってたみたいでOKしてくれたんだ」
なるほど、それで都築はあのイケメンのキャラクターのコスプレをしていたという訳か。
「イベント終わりに少し時間があったからファミレスに行ったんだけど、その時に亜弓が上野君に告白したいって相談してきたの。上野君は知らないと思うけど、上野君は結構女子から人気があるんだよ。だから早く告白した方がいいって話になって次の日にすぐってことを決めたんだ。そこから二人で色んな妄想してたらエッチな展開になったらどうしようとか話になったわけ。ちょっとテンションがおかしくなってたと思う。それで一回ラブホテルってどんなとこか見てみない?って、ちょうど私男装してるし行こう!ってなったのがあの日のいきさつだね」
ちょっとテンションがおかしくなってっていうかかなりテンションがおかしくないとそんな発想にはならないと思うんだけどな。
「そうだったのか。告白された日、亜弓が言い訳しようとしていたのをちゃんと聞いてればよかった」
「でも上野君の気持ちが分からないでもないよ。普通にあの現場見て告白されたら怒りたくもなると思う。亜弓はなんとか誤解を解きたくて頑張ったんだけど、無理だったから私が誤解を解くのを協力したの。元々私にも原因があるしね。多分この姿を見せないと納得してもらえないと思ったからこうやって来てもらったってわけ」
都築の言ってることは尤もだ。学校であのイケメン私でしたって言われても納得しなかったと思う。
「俺、亜弓に謝ってくる。それとちゃんと亜弓に俺の気持ちを伝えるよ」
「今日は1ヵ月ぶりの休みだから亜弓は今剣道部の仲間と遊園地に遊びに行ってるよ。なんでも夜のイルミネーションが始まったみたいでそれを楽しみにしているみたいだよ」
「分かった!ありがとう!これで好きなもの頼んでくれ!」
俺は5千円を机に置いてカフェを飛び出した。今から遊園地に向かえば夜のイルミネーションが始まる前には着くはずだ。改札口を通って遊園地方面への電車を待った。
※
遊園地なんていつぶりだろう。小学生の時に亜弓の家族と一緒に来て以来だ。まだ日が沈んでいないからイルミネーションは点灯していない。無事間に合った。
ここからが問題だ。広い遊園地の中で亜弓を見つけないといけない。イルミネーションが点灯する前に。
電車に揺られながら考えていた。もしあの時告白を受けて付き合っていたら、今日の部活休みに俺と亜弓はこのイルミネーションを二人きりで見に行ってたかもしれない。
それにこんなイルミネーションの中で告白するなんてなかなかロマンティックじゃないかと。一緒に点灯するところを見て告白したい。
今俺の中にある思いは「好き」だ。この1ヵ月上の空だったのも亜弓のことをずっと考えていたから。彼女への好意も怒りも未練もその他諸々全部含めて。
もちろん、彼女のことを傷つけてしまったわけだから振られる可能性も十分にあるということは分かっている。だからこそ、成功率を上げるために電車の中でプランを考えていたんだ。
おそらくこれから園内を探し回れば時間が間に合わない。俺は案内所へ走った。
ピンポンパンポーン
『お客様のお呼び出しをいたします。三船亜弓様、三船亜弓様。上野葵様がお待ちです。案内所までお越しくださいませ』
迷子のお知らせなんかで使う呼び出しだからめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、これに賭けるしかない。亜弓が来てくれることを祈って待つ。もうイルミネーションも点灯の時間が近づいている。
5分後、亜弓が息を切らして案内所までやってきた。走って来てくれたんだろう。
「はあはあ、葵君急にどうしたの?ていうかどうして私がここにいるって分かったの?」
「説明はあとで全部する。だから今は何も聞かずに俺と一緒にイルミネーションが点灯するのを見てくれないか?」
数舜の沈黙があったが、亜弓は笑顔で「うん!」と言ってくれた。まずは断られずに済んだ。急に緊張してきた。亜弓の隣に立ち、手を差し出す。亜弓は察してくれたのか手を握ってくれた。
手を握ったのは中学の下校の時以来だ。あの時は当たり前のように手をつないでいたけど、今はドキドキしている。
イルミネーションのメインとなるモミの木の前に到着する。まだ早いけど、クリスマスを意識し始める時期でもある。完全に暗くなったわけじゃなく、空はほんのり赤みがかっている。
「それでは点灯まで10秒前!9!8!7!」
点灯のカウントダウンが始まる。カウントダウンが0に近づくにつれ、幻想的なイルミネーションへの期待が高まりつつ、同時に緊張感が増してくる。
パッ!
遊園地全体がLEDライトに包まれる。まだ暗くなっていないにも関わらず、十分な美しさを放っている。
「きれい……」
隣で亜弓が呟く。俺は覚悟を決めて亜弓に話しかけた。
「亜弓、俺、勘違いしてた。都築から話を聞いたよ。それで亜弓のこと傷つけてしまった。本当にごめん」
亜弓の方をちらっと見ると亜弓も正面を向いたままだった。
「ううん、私が葵君に誤解させてしまったんだから私が悪いよ。ごめんなさい」
俺は亜弓の方に向き直り、亜弓の肩を掴む。
「この1ヵ月、何も身が入らなかった。ずっと亜弓のことを考えていた。俺がもっと早く告白していればとか、なんであんな奴と付き合ったんだとか、色んな感情がごちゃ混ぜになっていたんだ」
「うん……」
「さっき都築からの話で勘違いだったことが分かった時、情けなかったのとホッとした自分がいたんだ。ごちゃ混ぜになった感情がなくなって『好き』という感情だけが残った。都合がいいと思われるかもしれないけど、亜弓のことが好きだ!もしよければ俺と付き合ってください!」
顔が熱い。こんな人が沢山いる中での告白。恥ずかしさでいっぱいだ。亜弓の目からは涙がすっと頬を伝っていった。
「私もね、この1ヵ月葵君にこのまま嫌われたままなんじゃ……って思うと何もやる気が起きなかったの。誤解が解けただけじゃなく告白までしてくれるなんて夢みたい!しかもこんな素敵な場所で。こんな私でよければよろしくお願いします!」
周りからパチパチという拍手が起こっている。嬉しい反面、恥ずかしい。亜弓も顔が真っ赤になっている。多分俺もなっていると思う。
「と、とりあえず園内のイルミネーション見てまわろうか」
「うん、そうだね!」
再び亜弓と手を繋ぐ。指を絡めた恋人繋ぎで。もう絶対に彼女を離さないという誓いを込めて。
僕の実家は自営業で小5の時から仕事の手伝いをしていました。
もしそれがラブホ経営だったらどうなっていたんだろうかと考えて書いてみました。
感想をいただけると幸いです。