第83話 ステラの反省会
その日、ステラは部屋に閉じこもって出てこなかった。部屋にやって来た者は、たとえベルオムやリューンですら対応しなかった。そのくらいにこてんぱんにやられたのがショックだったらしい。
「やれやれ、うちのお姫様は拗ねてしまっているようだ。これは放っておくしかあるまい」
さすがのベルオムも放っておかざるを得ないようである。
「ステラさん、大丈夫なんですかね」
「どうだろうね。君は目の前で見ていたのだろう? ステラがこてんぱんにされるところを」
心配になるリューンだったが、ベルオムにそう問われて、おとなしく首を縦に振る。
リューンの反応を見て、納得したように笑みを浮かべるベルオム。その様子を察知したのか、扉がわずかに開く。そこにはじっとベルオムを睨むステラの姿があった。
「師匠の非常識。こういう時は弟子を慰めるものではないのですか。非常に不愉快です。私はもう寝ます」
そうとだけ愚痴っていくと、再び部屋の扉は固く閉ざされてしまった。
こうなってしまうと、ステラは恐らく意地でも扉を開けてくれないだろう。ステラの性格をそこそこ把握しているベルオムは、リューンを連れて部屋へと戻っていったのだった。
部屋の中では、ステラが寝間着に着替えて枕を抱きかかえながらベッドでゴロゴロとしている。
馬子にも衣裳というのだろか、フリルの多い寝間着を着ているとさすがのステラもお嬢様のように見える。まあ、実際に一国の王女ではあったのだが。
そんなステラは実に不機嫌そうに枕を抱えたまま、天蓋を眺めた状態でようやく転がるのをやめていた。
「なんて強さなのかしら、コリーヌ帝国の皇帝は……」
ぼけっとした顔で天蓋を見つめながら、ステラは昼に戦ったアンペラトリスの事を思い出していた。
長剣と双剣という、戦闘スタイルの差はあるとはいえ、あそこまで一方的な戦いにされるとは思ってもみなかった。500年間にも及ぶ冒険者としての経験が、一瞬で打ち砕かれた気分だ。
「天才というのは、居るものなのですね。その天才が努力まで重ねてきたのです。おぼろげに生きてきた私では、到底敵わないというわけですか……」
とはいえ、ステラは冷静に敗因を分析していた。
強くなるため、覇者となるため、そのための努力を惜しまなかったアンペラトリス。
おぼろげに、とにかく生きるためだけに技を身に付けてきたステラ。
目的とそこに向けた意識の違い。それが両者の力の間に、はっきりとした差として現れたのだろう。最終的に、ステラはそう結論付けたのだった。
(そうなると……。私が皇帝に勝つには、エルミタージュ王国復活に対して、本気になるしかない。そういうことでしょうかね……)
ごろんと寝返りを打つステラ。
そこで、以前会った自分の先祖で魔道具師であるグラン・エルミタージュの事を思い出す。
(そういえば、頼って欲しいような事を仰られていましたね……)
目を閉じながら、ステラはその時の会話を思い出していく。
(ですが、困りましたね。今の捕らわれの身の状態では、こっそりと向かって戻ってくる事もままなりません。メスティというメイドですが、結構勘が鋭いようですしね)
ヌフ遺跡で手に入れた転移装置。それがあれば気付かれる事なくディス遺跡のグランの居る部屋まで跳んで、この部屋に戻ってくる事ができる。
しかし、それを実行できない理由が、メスティの存在なのだ。
彼女はアンペラトリスの命令でステラの侍女となっている。つまり、バリバリに皇帝の息がかかっているので、信用ならないというわけなのだ。
もし、ステラが消えた時に彼女に見つかるような事があれば、アンペラトリスに密告される可能性が十分にある。そうなると、ベルオムとリューンに危害が及ぶ恐れがあるのだ。
(うん、八方ふさがりって感じですね。となると、当面は帝国に従順なふりをして、メスティとの間で信頼関係を結ぶしかありませんね)
目の上に腕を横たわらせて、大きなため息をつくステラ。
この分では、コリーヌ帝国での滞在が長引きそうなのは必至である。この分ではエルミタージュ王国を再興して元の体に戻るというのは、夢のまた夢ということになってしまいそうだ。
現状では、その再興を果たせる相手というのがリューンしか居ない。リューンの父親は所帯持ちだし、リューン以外のエルミタージュ王国の血を引く者の存在が分からないのだから。
(……もう落ち込んでいるわけにはいきませんね。なんとしても強くなって、コリーヌ帝国の支配から抜け出しませんと)
ステラは天蓋に向けて腕を突き出し、ぐっと拳を握る。
「とはいえ、今日は疲れましたね。早いですけれど、もう眠ってしまいましょうか」
寝間着に着替えてしまっているステラは、辺りを見回す。窓からはまだ日の光が差し込んでいる。
「ステラ様、お夕食の時間ですが、いかがなさいますか?」
メスティが扉の外から声を掛けてくる。
「今日は要りません。早いですけれど、眠らさせて頂きます」
「畏まりました。夜中であってもお呼び頂ければいつでも駆けつけますゆえ、ごゆっくりお休み下さいませ」
「ええ、ありがとうございます」
廊下を歩いていく音が聞こえる。メスティは部屋から遠ざかったようだ。
だが、眠ると宣言したステラは、ついつい大あくびをしてしまう。
(本当に眠くなってきましたね……。無理せずに眠りましょうか)
シーツをかぶったステラは、その日はそのまままどろみの中へと落ちていったのだった。




