第71話 拘束
「覚悟するのだな、ステラリア・エルミタージュ」
ステラに向けて指を差すアンペラトリス。
部屋の中に静寂が漂う。
しばらくすると、ステラが口を開いた。
「何を仰ってられるのですか。ステラリア・エルミタージュとは一体誰の事なのでしょうか。まあ、私はステラと申しますので、名前は似ていますけれど」
鼻で笑うかのようにごまかすステラ。
ところが、アンペラトリスは強い口調でステラに迫ってくる。
「とぼけても無駄だぞ、ステラリア・エルミタージュ。私の勘が強く告げているのだ。だから、お前が本人で間違いないのだ」
ずいぶんと無茶苦茶な論法である。どうやらアンペラトリスは、ステラがステラリア・エルミタージュと確信しているようである。
酷い絡まれように、ステラはドン引きしている。
「おほん、ではお聞きします。私がそのステラリア・エルミタージュだったとして、あなたは一体何を望まれるのですか?」
ステラが強気に真意を尋ねると、アンペラトリスはにやりと不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「知れた事よ。エルミタージュ王国が滅びてから久しいというのに、この大陸の設備のほとんどがエルミタージュ王国の支配下にある。私が望むのはその支配権だ」
アンペラトリスの告げた答えは、ステラにとってもベルオムにとっても意外なものだった。長きを生きる二人ですら、その事をまったく知らなかったのである。
二人の反応を見たアンペラトリスは、大きなため息をつく。明らかに失望した表情を見せていた。
「やれやれ、長寿たるエルフすらもそんな事を知らぬとはな。ちょうどいい、我々が調べ上げた事を教えてやろう。そこな商人も協力者だ、聞けることを光栄に思え」
アンペラトリスは自慢げな態度を取りながら、エルミタージュ大陸に関して知った事を話し始めた。
その内容は、ステラもベルオムも知らなかった、驚愕の数々だった。
「この大陸にある組合連中が使っているシステムだが、あれもいまだにエルミタージュ王国の支配下だ。我が帝国内で見つかる遺跡の類の調査が進まないのもそのせいだな」
「お聞きしますが、その支配を奪って、あなたは一体何をなさるおつもりなんですか」
ステラが険しい声で質問を投げかける。
すると、アンペラトリスは笑いながら答える。
「愚問だな。私の望みはこのエルミタージュ大陸の支配だ。エルミタージュ王国以来の統一国家を築くことが目的よ」
その答えに、つい力が入ってしまうステラである。
「そのために邪魔になるのが、今だもって支配を続けるエルミタージュの幻影というわけよ。特に、情報網を掴んでいるステラリア・エルミタージュがね!」
アンペラトリスが叫ぶと、部屋の中にぞろぞろと兵士が入ってくる。
「くっ、囲まれてしまっていたか」
ベルオムの表情が歪む。そして、コメルスに視線を向ける。
だが、コメルスの表情もあまりよろしくない。どうやら兵士まで連れてきている事は知らされていなかったようだ。
「さあ、一緒に帝国まで来てもらおうか。なに、悪いようには扱わないから安心しろ」
剣に手を掛けている兵士たちに囲まれ、アンペラトリスから圧力を掛けられるステラたち。
正直言って、このくらいの兵士なら強引にでも抜けられそうなのだが、まだ未熟なリューンに加え、丸腰のコメルス、それとコメルスの娘や商会の人たちもいる。
それに加えて、今居る場所はかなり狭い部屋だ。動き回るのもかなり厳しい状況なのだ。これでは抵抗するのは得策ではないというものである。
「身の安全は保障してもらえるのだろうかな。私の事を下手に扱えば、ボワ王国との戦争になりかねないからな」
「それは無論だ。私の目標はあくまでも大陸の統一だが、戦争を望んではおらぬ」
疑わしく厳しい視線を向けるベルオム。それに対してアンペラトリスも鋭い視線を返す。
長く続くかと思われた睨み合いだが、ベルオムが先に視線を外した。
「私は魔道具に興味がある、研究をさせてもらえるのならついていってもいいかもしれないな」
ベルオムの言葉に、ステラが酷く驚いている。
「師匠、本気ですか。得体の知れない国に行くことになるんですよ?」
「ステラ、逆に言えば、よく知る事のできるいいチャンスです。ここはおとなしく乗っておきましょう」
「ぐぬぬぬ……」
ベルオムの変わり身の早さに、ステラは怒りが収まらないようだった。
「まあ、そう怒るな。これはリューンくんの身を考えての事だよ。下手に抵抗すれば彼の身が危険なのは分かり切った事だからね」
「ぐぅ、それは確かに……」
ベルオムの指摘を受けて、ステラはリューンの方を見る。
そして、ステラもついに観念したのだった。
「分かりました」
そう言ってステラはアンペラトリスの方を向く。
「抵抗はしませんので、連れていくならご自由にして下さい」
「そうか、理解してもらえてありがたいよ。……連れていけ」
アンペラトリスが命令を下すと、兵士たちがステラたちを連れていく。
「丁重に扱うのだ。一応お客様なのだからな」
「はっ!」
兵士たちが出ていき、部屋の中はすっかり静かになる。
「ご協力感謝するよ。約束通り、コリーヌ帝国内で自由に商売をしてもらって構わない。では、失礼したな」
アンペラトリスはそう告げて部屋を出ていく。コメルスは押し黙ったまま、その姿を見送ったのだった。




