第62話 リューンの特訓
ステラお使いに出ている間、リューンはベルオムの指導の下で、剣の練習に励んでいた。
リューンの血筋はエルミタージュ王国の騎士団の一員だ。そのために、代々剣術を受け継いできていた。
しかしだ。リューンはまだ幼く、父親もケガで剣の腕が鈍ってしまっている。そのために、リューンはろくに剣の練習をする事もできずに今を迎えていた。
一応ステラがある程度は面倒を見ていたのだが、そもそもステラは王女である上に武器が双剣だ。リューンの扱う武器である長剣とはわけが違うのである。
ベルオムはエルフではあるものの、意外と剣の方の扱いが慣れている。長剣、短剣、双剣と剣であるならばどれもひと通り扱える。それでいて魔法も得意な魔法剣士なのである。
そんな彼の弟子であるステラがなぜ双剣しか扱えないかというと、それはステラが持っていた装備品のせいだ。両親から受け継いだ装備が双剣であったために、ベルオムは双剣だけを教えたのである。
「さて、リューンくん。君の武器はその長剣でいいのかね」
「はい。この剣は代々家に受け継がれてきたそうです。ですので、僕の武器は長剣なんです」
ベルオムの確認に、リューンは力強く答える。その表情を見て、ベルオムは小さく頷いた。
「ならば、私も君の武器に合わせて教えよう」
ベルオムは魔法鞄から長剣を取り出す。刃の部分がベルオムの足の長さとほぼ同じのかなり大きめなものだった。
「普通の人であれば両手で扱わなければならないだろうが、私にとってはこの程度はたかが知れている」
大きい長剣を片手で軽々と振り回すベルオム。その姿にリューンは驚いていた。
地面から腰までとは言ったが、ベルオムは意外と長身なのだ。そのために短く見積もっても90cmはあるのである。それに比べ、リューンの持つ剣は持ち手部分を含めてそれより短い。明らかに長さが違っていた。
その圧倒的な姿に、リューンは呆然とベルオムを眺めるだけだった。
「この剣は重いので趣味みたいなものですよ。本当なら君と同じくらいの剣を使うのですが、まあちょっとしたハンデですかね」
軽々しく振るっておきながらハンデと言いのけるベルオムである。
これだけの長さがあると、懐に入られると対処が厳しくなるからだ。その部分を指してハンデと言っているわけである。訳が分からない。
長い剣を軽々しく振るわれると、近付くのすら困難だ。うまくかいくぐらないといけない。はたしてリューンにそんな芸当が可能なのだろうかという話なのだ。
ベルオムが少々スパルタじみた方法を取るのにも理由はある。お使いに出したステラがいつ戻ってくるか分からないからだ。
ステラが不在の間にリューンを鍛え上げて、あっと驚かせてやろうと考えているのだ。まったく、意地悪な師匠である。
「さあ、いい加減に始めるとしようかね。ステラは単独で行動させると意外と素早いからね。おそらく15日もあれば戻ってくるだろうから、それまでに驚かせるほどに成長してみせようじゃないか」
ベルオムの煽るような物言いに、リューンはこくりと頷いたのだった。
そして、リューンは剣をしっかりと握って構える。それを確認したベルオムも、しっかりと剣を構えている。
「覚悟はいいかな。王家の剣たる者の実力を見極めさせてもらうぞ」
「はい、お願いします」
言葉を交わすと、ベルオムが斬りかかる。重そうな長剣を持っているにもかかわらず、その動きはかなり速い。油断するどころか、ちょっとした隙でも見せれば斬り裂かれてしまいそうなくらいだった。
それでも、リューンの方だって負けてはいない。ステラからの指導も無駄ではないのだ。しっかりとベルオムの剣に対して反応している。
とはいえ、今のリューンではまったくベルオムの相手になっていなかった。なぜなら、500年以上生きるベルオムと10年程度のリューンでは経験の差が明白だからである。
たとえベルオムが無防備に構えていようとも、リューンは軽くあしらわれてしまうのだ。
これだけ強いというのに、ベルオムは魔法をも使いこなす。今の段階では、どうやってもリューンに勝ち目はないのである。
当然ながら、初日はまったく歯が立たずに完全に弄ばれてしまったのだった。
「さあ、日も暮れてきたし、今日はこのくらいにしておくとしようか。いいところがなかったからとはいっても落ち込む必要はない。私と君とでは生きてきた時間も経験も違い過ぎるんだ。私と戦う中で、何を掴むか、それが大事なのだよ」
「は、はい……」
ベルオムからフォローをされても、リューンの落ち込みようは激しいものだった。そのくらいにまったくいいところがなかったである。
しかし、ステラと旅に出るにあたってリューンは決意をしてきたのだ。この程度でへこたれてなるものかと、どうにか気を取り直していた。
ベルオムとの特訓はまだ始まったばかりなのである。
ステラが戻ってくる頃には、リューンははたしてどのくらいまで成長できるのだろうか。
立ち上がったリューンの姿に、ベルオムは小さく笑ったのだった。




