第61話 ステラには内緒だよ
「自己紹介をさせてもらおう。タクティクの商業組合の組合長をしているヴァントだ」
「ヴァント組合長、はじめまして。私は金級冒険者のステラと申します。こちらが冒険者タグですね」
ヴァントの商会を受けて、ステラが挨拶を返す。そして、首から提げた冒険者タグを目の前に出す。
そのタグを見たヴァントは驚きを隠せない。タグとステラとの間で何度となく視線を行き来させている。ステラの見た目が少女なだけに、すぐには信じられないという感じのようだ。
「……おほん。コメルスからは伺っていたが、この目で見ても信じられないな」
「普通はそうでしょうから、私も怒りませんよ。言われるたびに怒っていたら、こっちの身が持ちませんからね」
悪気を感じているヴァントは咳払いをしながら頭を下げている。ステラの方は笑いながら対応していた。仮面をかぶっているせいで表情が見えないためだ。
それならば仮面を取ればいいというのに、素顔が素顔ゆえに取れないステラである。顔を覚えているコメルスやトレルからすれば、おそらく冒険者組合に出ている貼り紙もしっかり頭に入っているだろうからだ。そうなれば、自分がステラリア・エルミタージュだと気づかれかねないのである。
「それにしても、ステラさんはずっとその仮面を着けているわけか?」
「ええ、冒険者をやっていると怪我とか絶えませんからね。名誉の負傷とはいえ、他人にあまり見せるようなものではないですから」
ヴァントの質問に、仮面を押さえながら答えるステラ。その態度を見て、ヴァントは何かを察したように言葉を詰まらせていた。なにせ、ステラの声も重苦しかったのだから。
「まぁそんな事はどうでもいいんです。私は師匠……ベルオムさんからこの手紙を渡すように言われただけですからね」
重くなりかかった空気を振り払うかのように、一度鞄にしまい直した手紙を再び取り出すステラである。
そして、ヴァントに手紙を手渡すと、早速その手紙の封を開けて中身を読み始めたのだった。
しばらくは無表情だったヴァントだったが、次第にその表情が歪み始めていた。一体ベルオムは何を書いていたのだろうか。
「いやはや、ちょっとベルオム様とはいえ無茶がすぎないかね、これは……」
「私も読ませて頂いて構いませんかね」
「ああ、無関係ではなさそうだからな」
ヴァントから手紙を受け取って読むコメルス。すると、コメルスもヴァントと同じようになんとも難しそうな表情を浮かべていた。
「いやはや、これは……」
「だろう?」
二人の会話が分からないステラとトレルは首を捻っている。
「一体、何が書かれていたんですか?」
ステラの質問に、顔を見合わせるヴァントとコメルス。そして、二人揃って首を横に振っていた。
「すまないな。この手紙の内容で話せるのは、『ステラには内緒だ』という部分だけだ。どうもベルオム様は教えたくないようだね」
「師匠……。まったく何を企んでいるんですか。コリーヌ帝国の内情を探るとか言っていたくせに……」
歯ぎしりの音が聞こえてきそうなくらいに、なんとも怒りのこもった声である。
しかし、ステラの今の言葉で何か腑に落ちたような表情をするヴァントとコメルスである。
「まったく、無茶を言ってくれるものだな」
「ええ、まったくですね」
二人の会話がまったく分からない。実にもやもやするステラである。
(戻ったら師匠をとっちめてでも聞いてやりましょうかね)
仮面の下では笑顔を引きつらせていた。
さすがにそんなに親しくない相手に暴れるような真似はしないので、ステラのストレスはただただたまる一方である。それは真横で座るトレルが怯えるくらいだから、相当といったところだ。
「あまり怖い雰囲気を出して娘を怖がらせるのはやめてほしいかな」
様子に気が付いたコメルスから苦言を呈されてしまうステラである。
「こほん、これは失礼しました。しかし、師匠には文句の100個くらいは言わないといけないと思いますので、ご勘弁下さい」
一応丁寧に謝罪するステラだが、言葉の端々から怒りがにじみ出ている。特に文句の100個という発言は顕著だった。
しかし、この状態のステラを宥める事は、今のコメルスたちにはできそうにもなかった。
「ステラさん、とりあえずベルオム様にお伝え下さい。ご注文の内容は承りました、と」
せいぜい言えるのはこの程度だった。
「分かりました。必ず伝えます」
ステラもステラで、事務的にそう返すだけだった。
とりあえずこれでタクティクでの用事は終了となる。
ステラはコメルスとトレルたちと別れて、来た道を戻っていく。
そして、その帰路の最中、ステラは溜まったうっ憤を晴らすかのように、次々と魔物にケンカを売っては倒していた。
「帰ったら、きっちり全部吐いてもらいますからね、師匠……」
ものすごいオーラを放ちながら、ステラはベルオムの小屋を目指したのだった。
まったくの余談だが、この時のステラの様子を見た者からは『藍色の悪魔』と称され、しばらく冒険者の間で噂される事となったのだった。




