第54話 今と過去と
グランは腕を組んでステラの事を見ている。あまりにも真剣な表情ゆえに、ついつい身構えてしまうステラである。
『ほっほっほっ、そこまで警戒せずともよい。幼かったがゆえに伝えられなかったエルミタージュのあれこれを話すだけじゃよ』
「ああ、そうなのですね」
ステラは安心したかのように警戒を解く。
『うむ、あの11歳の誕生日はいろいろと特別な意味のある夜だったはずなのじゃがな。無粋な外の大陸の連中のせいで全部台無しだったのう』
盛大なため息を吐くグランである。
しかし、グランの言う特別の意味というのは一体何なのだろうか。
『あんな事があったがゆえに、祝福は呪いとなって、これ程の期間ステラリアを悩ませる事になるとはのう……。いやはや、世の中は思うようにはいかんものだ』
重苦しい空気がグランから漂ってくる。そのために、ステラとリューンは雰囲気に飲まれて何も発言できなくなってしまった。
『とりあえず順を追って説明しようか。まずはステラリアに掛けられた魔法からにしようか』
グランはまず、ステラに掛かっている不死の祝福についてから話し始めた。
『その魔法は、エルミタージュ王家に何かあった時のために、一人だけに掛ける事のできるいわば最終手段の魔法だ。時の国王夫妻は、ちょうど誕生日であったステラリアに魔法をかけることを選んだのだろうな。子を守る親の姿……、考えただけで胸が痛むわい』
グランがこう呟けば、ステラは自分の目の前で炎に包まれていく両親の姿を思い出してしまう。思わず泣きそうになるステラを、リューンはただ黙ってみることしかできなかった。
『いや、つらい事を思い出させてしもうたものじゃな。すまなかった』
「いえ、もう昔の事です。もう……大丈夫ですから」
ステラは涙をぐっとこらえて、笑顔を見せながらグランに言葉を返した。
その姿は、実に心を締め付けるものだった。
「それで、その不死の魔法って解く事はできるのですか?」
リューンはあえてグランに問い掛ける。
『うむ、解く事はできる。エルミタージュ王家が滅ぶ可能性がある時の緊急の魔法じゃからのう』
「その方法は何ですか?」
グランが快く答えていると、ステラが横から食いついてくる。
『簡単じゃよ。エルミタージュ王家の危機が去ればよいだけじゃ』
「えっ、それって……」
『うむ、そういうことじゃよ』
顔をしかめるステラに対して、グランは少々はぐらかしたように言う。
リューンは分かっていないようだが、11歳で見た目の年齢が止まったステラとはいえ、ここまで500年以上生きてきたのでピンときてしまったようである。
『何にしても、お前さん次第じゃな、ステラリア』
「……そうですね」
含み笑いのグランに、眉をぴくぴくと引きつらせるステラだった。
さすがにそのステラの状況にはグランも気が付いたようだ。なので、さっさと話題を切り替えることにする。
『まぁ、それはさておきとしてじゃ……。王家再興のためとなると、もうひとつ条件があるのは分かるな?』
続いて出されたグランの質問に、ステラはこくりと頷く。
「拠点となる場所、王城の再建ですね」
『うむ、その通りじゃな』
ステラの呟きを、グランはしっかりと肯定していた。
『エルミタージュの城の跡地は、今は森になっておる。滅亡させたあの火災は、あの石造りの城を崩壊させるほどの激しいものだったのだからな。ステラリアもおそらくはその城の燃え尽きた跡を見たはずじゃな』
グランがこう言うと、ステラは目を閉じて必死に思い出そうとしている。
しかし、しばらくしてステラは厳しい顔をして首を左右に振っていた。
「ダメですね……。あの頃は相当に精神的にきつかったですし、思い出せませんね……」
『そうか。……それもそうじゃろうな。自分の両親や親しい者たちをみんな失ったんだからのう』
当時のステラの心情を慮るに、グランは胸が痛くなる限りだった。既に死んではいるのだが。
『そうじゃ。ヌフ遺跡に行ったのなら転移装置があったはずじゃ。わしの子孫であるウティが作ったやつがな』
また衝撃的な事を言うグランである。
ヌフ遺跡に遺言を残していたウティ・マシーヌ。彼もまたグランの子孫だというのだ。
『それを使えば、ここにも戻ってくる事はできる。その時は、ステラリアに触れていれば他人も連れてこられる。そのための設定を教えよう』
なんと、ひとつ目玉としてヌフ遺跡から持って帰ってきた転移装置の扱い方を教えてくれるらしい。さすがは魔道具のエキスパートである。
自信たっぷりのグランの手によって、転移装置には帰還場所が2か所記録される事となった。
ヌフ遺跡のウティの部屋。それと、ディス遺跡のグランの部屋である。
『これでいいじゃろう。困った事があればいつでも相談に来るとよいぞ』
「ありがとうございます。ですが、これは今を生きる私たちの問題です。できれば、あまり頼りたくはありませんね」
胸を張って言うグランに対して、ステラは笑いながら返していた。
『いや、素直に頼って欲しいものなのじゃがなぁ……』
明るく笑うものだから、グランはショックを受けていたようだった。
グランと話をしたステラは、少し希望を持てたようだった。
「それでは、私たちは師匠のところに戻りましょうか」
「はい、ステラさん」
そう言うと、ステラは髪と瞳の色を変装状態に戻し、仮面を着ける。
「それではグラン様。もしもの時はまたお邪魔致します」
『うむ、いつでも待っておるぞ』
そう会話を締めくくると、ステラたちはベルオムの待つ外へと戻っていったのだった。




