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第5話 弟子入り

「ほら、そこですよ」


「たああっ!」


 ザシュッ!


 少年の剣がワイルドラットを捉えて斬り伏せる。

 ワイルドラットを討伐した少年は、完全に息が上がっている。よく見れば、剣を持つ手が震えていた。おそらくは剣が少年にとって重かったのだろう。ステラは立ち尽くす少年をじっと眺めている。


「剣は武器としてはスタンダードですが、君にはまだその剣は重いようですね。振り回しているというよりは、振り回されています。軽い武器に変えるか、もっと体を鍛えるかしないと厳しいでしょう」


 ワイルドラットの討伐を終えた少年に近付きながら、ステラは評価を下していた。

 少年は息が上がっていて、ステラの言葉に反応できずにいた。少年の疲労はそのくらい酷いのである。しかし、剣を支えにせずに立っているあたりは、少しは見込みがありそうな感じである。


 さて、なぜこんな事になっているかというと、昨日のできごとが原因である。

 ミュスクとのやり取りを見ていた職員に、少年の面倒を押し付けられたのである。

 バナルの街の冒険者組合は、近隣が平和なのもいい事に、冒険者の育成に関してはかなりいい加減なのだ。

 実のところ、バナルの街の近隣が平和になった原因はステラであり、巡り巡って面倒事がステラの元にやって来るとは皮肉なものである。

 とはいえ、流れはともかくとして引き受けてしまった以上、ステラは少年の指導をせずにはいられなかった。真面目な性格なので、今更断れなかったのだ。


「さて、無事にワイルドラットが倒せたようですし、少し休憩としましょうか。その状態では動けないでしょうし」


「は、はい……」


 ステラはワイルドラットの解体に取り掛かる。解体してから持っていくと解体費用が掛からない。つまり、それだけ引き取り価格が上がるのである。

 ワイルドラットとはいっても、ちゃんと処理してやれば毛皮も肉もしっぽもいい素材になる。ちなみに討伐証明は前歯なので、それも忘れずに剥がしておく。


「さて、解体が終わりましたよ。十分休めましたか?」


 処理を終えたステラだが、少年はまだ座ったままで回復していなかった。思ったより体力がないのかもしれない。

 だが、そうやってゆっくりしている場合ではなかったようだ。


「血のにおいにつられましたか……」


「ひっ」


 そこへやって来たのはウルフが3匹。地味に目が血走っているので、相当に気が立っている状態のようだった。

 少年は動けない状態にあるのせいでかなりびびってはいるが、ステラはまったくもって落ち着き払っていた。


「君は経験が少ないから怯えているようですが、ウルフは素早いだけで初心者向けです。実はワイドラットよりも簡単なんですよ」


 座り込む少年に告げると、ステラは背中から双剣を取り出す。そして、あっという間にウルフを斬り裂いてしまっていた。目にも止まらぬ早業である。

 あまりにも一瞬の出来事だっただけに、少年は驚いて口を開けていた。


「ウルフなんていうのは、このくらいに弱いんですよ。今程度の攻撃で耐える魔物なんて、あちこちに居ますからね」


 しれっというステラだが、今の少年にそれを理解することは不可能だった。


「えっと、ステラ……さんは、僕とは同い年くらいですよ……ね?」


 つい尋ねてしまう少年だが、ステラはそれに答える事はなかった。無視するかのように黙々とウルフの解体を行っていた。


「一体、どこでそんな技を身に付けたんですか?」


「……そんなの、どこでだっていいじゃないですか。その技術のおかげで君は助かっている、それで十分でしょう?」


 あっという間に解体を終えてしまったステラが立ち上がって少年を睨む。仮面のせいで表情はまったく見えないが、声が低く鋭いので、怒っているのがよく伝わってくる。


「……そういえば、君の名前を聞いていませんでしたね。いい加減に君呼びも疲れましたし、面倒を見る事になった以上、恥ずかしくない冒険者にしてあげますからね」


 解体したウルフを処理すると、ステラは少年の正面に座る。

 仮面越しとはいえ、じっと女性に顔を見られた少年は、つい視線をすっと逸らしてしまう。恥ずかしいのだろう。


「こっちを見なさい。私たちは師匠と弟子です。顔も見れないような人を弟子にするつもりはありませんからね」


 ステラは本気で怒っていた。


「わ、分かりました」


 こう言われてしまっては、少年も退けないとばかりにステラの顔をしっかりと見る。


「よろしい。私は今日から君の師匠になるステラです。あなたの名前を教えなさい」


 ステラの言葉に、今度は少年は目を逸らす事はなかった。


「僕はリューンといいます。家が貧乏なので、冒険者になって家族を支えたいと考えています。どうぞよろしくお願いします」


 リューンはしっかりと頭を下げている。さっきまでとは違った様子に、ステラは何かを感じたのか腕を組んで軽く顎を引いていた。


「事情は分かりましたけれど、私は手加減をしませんよ。ダメだと思ったらあっさり見捨てますので、そのつもりで覚悟して下さい」


「……分かりました」


 ステラの宣言に、リューンは少し戸惑ったものの受け入れる事にした。

 冒険者というものは、そのくらいに危険な職業なのである。生半可な覚悟ではやっていけないのだ。

 その覚悟を見届けたステラは、もう少し休んだ後でリューンを連れて冒険者組合へと戻っていったのだった。

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